第21回 込み上げてくる不安
「どういうつもりなのでしょう? 反旗を翻しておきながら、攻めて来ないとは……」
本陣にて開かれた軍議で、涼夏が口を開いた。敵の動向が分からないため疑心暗鬼に陥ったのだろう、眉間にシワを寄せている。涼夏自身、強敵と出会うとウズウズするのだろう。その点は龍星も同じだった。もっとも自分の場合は高揚感ではなく、モタモタしていると自軍の士気の低下を危惧しているわけである。
「ヤケになるわけじゃないけど、持久戦というのも一つの手だよ。向こうはこっちと違って兵力が上だ。と、いうことは食料の消費も俺達と違って激しいはずだよ。えげつないやり方かもしれないけど、こっちの手の内を知られてかつ、俺達は敵の特徴を知らないという以上、どうあっても俺達の方が不利だからね。ここは長期戦覚悟で褌を引き締めて、どっしりといこう」
「残念ですけど、仕方ないですわね……」
結果的に強敵と戦うことができないわけである。涼夏のガッカリした表情が心にズシリと来たものだが、軍の勝利には変えられない。
それから丸三日が経った。反乱軍は依然、エビを防壁代わりにしたまま何もして来ない。龍星は兵を束ねているガンファの元にやってきたが―、
「声かけはしちゃいるけどよ、それもそろそろ限界が近いみてぇだ……」
少々周囲を見回しただけで、退屈そうに頬杖をついたり、世間話に興じていたり、堂々とイビキをかく者もいるくらいである。
龍星は苦笑混じりにその光景を見ているが、同時に妙な胸騒ぎに駆られた。今のインフェリス軍は、戦場でありながら刺激のない状況にダレきっている。言ってしまえば完全に無防備な様を呈しているのだ。こんな時に敵の襲撃を受けようものなら……。
一五六〇年。有名な桶狭間の戦い。天下一とも言われる強大な軍事力を誇る、今川 義元率いる今川家。京に上洛を果たすべく東海道を西に向かって進んでいた。そして、折からの大雨に遭い田楽狭間で具足を脱ぎ、丸裸状態で酒盛りをしていた。その最中、信長が奇襲を仕掛けて来たのである。泥酔していた今川軍は手も足も出ず、義元も討ち取られてしまった。
龍星は嫌な予感がした。今のインフェリス軍は当時の今川軍と同じではないだろうか? 敵が何の動きも見せないまま、ダンマリを決め込んでいるため、退屈している自軍は士気が低下している。加えて、兵法第三十六計の第七計が思い浮かんだ。
『無中に有を生ず』
後漢の時代、孫堅は劉表が治める江夏城を攻めた。しかし、城の守りが予想以上に強かったため、矢を減らす計を仕掛けた。夜陰、多くの小船に篝火をたかせ、毎夜、城に近づけたのだ。江夏城の城主黄祖は、その度に火矢をあびせたが、七夜目にして誰も乗っていない事に気付く。
その次の日、やってきた小船を黙って見物していたら、その日こそ多数の兵が乗っていて、襲撃され城を落とされてしまったのだった。
あると見せかけてない、ないと思わせてある。虚々実々の駆け引きの計である。
虚構というものはいつかバレるもの。だが、虚構と思わせて実体を持たせれば、敵の油断を引き出せる。相手の行動がハッタリなのか本当なのか? それが不明確な間は油断禁物である。
「ガンファさん、反乱軍はこうして何もしないことにより、俺達がダラけるのを待っているのではないですか? 俺達がこういう状況になるのを予め計算ずくだとしたら大変ですよ!」
「そいつぁ確かに考えられるわな。野郎共、油断するな。いつでも動けるようにしておけ」
ガンファが強弓とも言うべき巨大な弓を持って立ち上がった。しかし、ここ数日の穏やかな、それこそ閑古鳥が鳴くくらいの、戦場とは思えないくらいに平穏な時間により、兵士達の返答は明らかにダレている。それを聞いた龍星はますます不安を募らせた。
残念ながら龍星の心配は現実のものとなってしまったのである。




