第20回 威嚇射撃
「敵の様子はいかがでしょう?」
「はっ、ここより北へ三十キロほどの所に陣を構えております」
家臣は広げられた地図の一部を指差した。
「ここは確か海流がかなり穏やかな所でしたわね!」
敵は一揆軍鎮圧戦の際に、龍星の手の内を知ったのだろう。海流を味方にできない場所を選んだものと思われる。
「動員能力はどれほどでございましょう?」
「はっ、現在はざっと二千ほどでございます」
軍事を担当する家臣の話によると、先の一揆軍鎮圧戦において、インフェリス軍が大勝利を収めたことにより、兵になりたいと志願する者が増えたとのことであった。
「元々、炭鉱夫や土木や建築の仕事をしていた者達でしたので、なかなかに腕っ節が強く、兵士として即戦力になるような連中が新しい戦力になりましてございます」
「ほほう、それは期待できそうですわね。さて、龍星様、今回はどのように致しましょう?」
「……、今回も俺が指揮を取るわけ?」
知識はあっても実践の采配を振るうのは、まだ二度目である。正直、涼夏に話を振られた瞬間、極度のプレッシャーを感じるのを禁じ得なかった。
「もちろんですわ! 前回の戦いであれほど見事に指揮を取られたのですもの」
涼夏の言葉に家臣達も頷く。期待されるのは嬉しいが、心理的な圧迫はそれ以上であった。
「仕方ないな……、相手はどんな兵科を持っていますか?」
「それが、なかなかに警備が厳しく、密偵を放ったのですが詳細までは分かりませなんだ……」
龍星は言い知れぬ不安を感じた。敵側が海流の穏やかな場所を選んだのは、涼夏が動かした主力舞台と言える、マグロ軍の動きを更なるものにさせないためだろう。即ち敵はインフェリスの内情をよく知っている、対してこちらは敵の情報を何も知らないのだ。
『敵を知り、己を知れば、百戦危うからず』
有名な孫子の言葉である。敵の力を知り、自分の力を見極める。その上で勝てそうだと判断して戦えば負けることはない。しかし、龍星には言い知れない不安があった。確かに先の戦では勝利できたものの、それだけでインフェリス軍の兵科全てを把握したわけではない。しかも、今回は反乱軍の内部情報を何も知らないのだ。
自軍の特徴をハッキリ把握しているわけでもなく、敵のことも分からない。しかも、敵はこちらのことをよく知っているわけである。状況的にいって明らかに不利であった。
「龍星様、いかがされます?」
「密偵からの情報が期待できない以上、実際に見てみるしかない。行ってみましょう!」
「メルフィ様、反乱軍がこの先におります!」
行軍を続けていたインフェリス軍。先頭をマーメイドの姿で進んでいた涼夏の元に、密偵として送り込んだ家臣が舞い戻ってきた。その知らせを聞いた龍星は、一瞬にして緊張を覚える。
「ガンファ様、ここに陣を張って頂けますか? わたくしは龍星様と一緒に敵方の偵察に行ってまいります」
龍星は自分まで行く必要がないと思ったが、まだまだ自分の居場所とは言えない軍隊内である。涼夏と一緒にいる方が、気が楽であった。
「分かりませんでしたわ……。三方を囲った山々に敵方が兵科を潜ませているように思えます」
自分の目で見たものの、やはり反乱軍は手の内を徹底的に隠しているようで、詳細は分からず終いであった。
二人で偵察を終え、現在は本陣で軍議を開いている最中であった。
「ってこたぁ、前回のように勢いに任せて突撃ってやり方は危険つーこったな」
ガンファの言葉にその場に居合わせた家臣たちの顔に緊張が走る。一行の親父的存在であるため、言葉一つ一つにも大きな影響力を持っているようだ。
「はい、足軽兵を横一列に並べている単純な陣形でしたが、それが返って不気味ですね。それにあそこは山に囲まれていますから、多人数で仕掛けると同士討ちの可能性があります」
龍星はたった今見て来たことを話した。相手が隙だらけで闘争心も感じられない、それこそ攻めて来て下さいといわんばかりの状況に妙なものを感じる。
龍星はふと大好きな竹中 半兵衛がたとえられた、三国時代の天才軍師、諸葛亮孔明が用いた、『空城の計』という作戦を思い出した。
目前にひかえる敵の大軍を前に、兵の出払った城内で琴の音を鳴らして平静を装った。その自信に溢れた落ち着きように、敵兵達は疑心暗鬼に陥り、退いたという。
だが、もう一つ気がかりなことがあった、空城の計はあくまで行う方が攻め込まれた時に用いるもの、即ち防御側が取る作戦である。今回、反乱軍は文字通り攻めて来たわけであるから、この作戦を用いるのは攻撃側という立場上、不自然であった。
「龍星、どうする? 何かいい考えはねぇのか?」
そうは言われても、こうダンマリを決め込まれていては打つ手がない。敵がどうしたいのかも分からない以上、迂闊に出るわけにはいかない。
「とりあえずこちらから仕掛けて様子を見ましょう。まずは兵科を使わず、威嚇射撃を行おうと思いますので、弓隊の準備をお願いします」
そして、涼夏とガンファによる兵の招集の元、五百の弓隊が出揃った。弓兵といっても、この海底世界での弓兵は陸上のそれとは違い、水中銃のようなもので鉄製の銛を放つ部隊を言う。
「相手の出方を見るためです。ひとまず数発撃ってみましょう」
「よし! 狙え、野郎共!」
ガンファの呼びかけに弓隊が矢を構えた。
「放てーっ!」
二度目のガンファの呼びかけに、弓隊が一斉に矢を放った。強度には定評のある鉄製の銛が反乱軍に突き刺さった。敵陣から断末魔の短い悲鳴がわずかに聞こえ、兵の何人かが倒れた。
「続けていくぞ!」
ガンファの声に第二陣が立ち上がった。そして、一陣と同じく弓矢を放つ。先ほどと同じく弧を描いて敵兵達に雨あられのごとく命中。
しかし、どうしたことあろう。これほど攻撃を受けても、反乱軍は一切の反撃をして来ない。戦が始まる前の時と同じままである。
「どういうことだ?」
龍星は眼を丸くした。敵の真意が理解できない。涼夏とガンファ、そして兵達も同様らしく、首を傾げている。しかし、敵兵達がわずかに動き始めた。敵がようやく動き出すということで、自軍に緊張が走る。涼夏など宙に漂ったまま刀を構えていた。
反乱軍が仕掛けてくる! と思いきや、兵の背後からオレンジ色の骨格をしたエビが現れただけであった。何事かと龍星は思わず身を乗り出す。
「涼夏……、あれは一体?」
「エビですわ。外骨格が強靭で防御にとても長けているものです」
エビの兵がこちらを伺うように、コソコソと頭をのぞかせている。しかし、それだけであり、特に何か仕掛けて来る気配はない。正直言って不気味である。
「龍星様……」
涼夏が不安げな顔をする。ガンファに兵を総括してもらうよう頼み、龍星達は一旦引き上げることにした。




