最終話『愛と奇跡と熱血と』――Bパート『オトモダチから始めよう』
目に見える世界が砕けていく。
理屈は解らない。
解らないが、二人の少女が生み出した光は世界を壊しながら広がっていき――砕かれた幻想の下から元の公園が、傷一つ無いあるべき現実が姿を現していった。
『……あれはおそらく、花音ちゃんの異性を抹殺する『ユリユリフィールド』と同性を魅了する『お姉様属性』を神音ちゃんの『ノリで奇跡が起こせる能力』で融合・増幅して『全ての存在を魅了しつつ抹殺する能力』にまで昇華させているんだろうね』
「源氏様が突然バトル漫画にいる解説役のようなポジションをやり始めたのです!?」
源氏さん、今度はいままで状況分析し続けていた本領発揮!
しかし、ずっと脳内だけで処理していたためか、相方に驚かれました――微妙にショック。
「まさか、そんなワケの解らない方法で『唯一』がッ!?」
狼狽える紫門の前には、天と地を繋げる光の柱。
その輝きの中で、光を生んだとされる全知全能の神が光に溶けて消えていく。
――……でも、神音ちゃんと花音ちゃんの能力を合わせることで生まれた合体必殺技、か。ボクの能力やアイリスちゃんの能力と組み合わせたんじゃこうはいかない。いや、『唯一』を倒すにはこの組み合わせしか無いとも言える。……本当にこれは思いつきなのかな? イクサくんにはこうなることが解っていたんじゃ……。
この綺麗すぎる決着に、源氏の心は不安で揺れる。
誰もが自らの意思でこの瞬間に辿り着いたはずなのに、それすらイクサの書いたシナリオのように感じた。信じたいのに、信じ難い――素直に勝利を喜べない事が辛く、悩ましい。
そんなふうに悩む彼に……は気づかず、彼の相方は思ったままを口にする。
「……神音ちゃんと花音ちゃんの必殺技が『カノン』ってどうなのですか?」
「面白いじゃないか」
「オヤジギャグなセンスって事ですか、蔵太オジサマ?」
「……き、キミは『星書』の正典をなんて呼ぶか、知っているかい?」
「バイブルですね」
どこまでも空気読まない娘でありました。
蔵太はそんな彼女に「違うよ」と苦笑しつつ――
「カノン、っていうのさ」
そう訂正する。
葵は「やっぱりオヤジギャグなセンスなのです」と苦笑いを返そうとしたが、その顔は自然と微笑みを浮かべてしまう。その微笑みスパイラルな微笑ましい光景に源氏は――
――……うん。まあ、これがイクサくんが書いたシナリオでも別にいっか。
と、微笑む。
たとえ全てがイクサの思惑通りだったとしても、今この時に葵が笑えているならそれでいいと思えたから――自分の幸せのためだけに周りを巻き込んだ訳じゃないなら、と受け入れた。
操られた結果でも、幸せに笑っていられるなら文句をいう必要はないだろう。
文句を言う権利を持っているのは、今この場に笑顔でいられない者だけだろう。
そう――
「……そんな、『唯一』が負けるなんて」
夢も希望も打ち砕かれた者にだけに、『負け惜しみ』や『泣き言』を言う権利がある。
「……ぼ、ボクら一族の『神の愛による世界救済』が『女の子に触りたい欲望』に負けたっていうの……なんで? そんなのありえないよ」
「バカヤロ――――――――――――――っ!」
パン!
と、乾いた音が鳴り響く。
平手打ち――放心した顔で頬を押さえる紫門。その瞳には、その頬を叩いた相手が――これ以上ない真剣な顔をしたイクサの姿が映る。
「好きな娘に触りたいっていう気持ちを、『欲』だなんって決め付けんなよ!」
「――あ、……ごめん、なさい」
「男が好きな女の子に触りたいって気持ちは『欲』だけじゃなくて『愛』もあるんだ! だから……そう! 俺の気持ちに名前をつけるなら『愛欲』ッ!!」
「「「『『『もっとダメになってるぅぅ――――――――――――――――ッ!!』』』」」」
最後の最後でいろいろ台無しだった。
紫門は負けたことで精神的に弱っているから、ここで良い話の一つでもすれば確実に落ちるハズなのにこのセリフ選択……一周回って真偽を疑う。ちょっとわざとらしいかもしれない。
そんな弟子の態度に蔵太は「ヤレヤレ」と言いながらフォローを入れる。
「紫門くんには、『唯一』がどんな姿に見えていたんだい?」
愛を語るイクサの主張を補強するためには、紫門の愛する人を知るのが手っ取り早い。
そして、紫門の精霊『唯一』はその人にとっての『最愛の人』の姿に見える――つまり、たとえ本人に自覚がなくても、その姿の本来の持ち主こそが紫門の愛する人ってワケだ。
「……イクサくん、だけど」
「BL展開キタ――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!」
空気も読まずハッスルする腐女子――その名は東野葵。
語尾の『です』を忘れるぐらい興奮してました。ホント、空気読め……。
「だって、ボク……友達、イクサくんしかいないし」
「友達はイクサくんだけ! いい! いいです!! そして、その友情がいつしか愛情に――」
『葵さん、興奮してるトコ悪いけど……紫門くんは女の子だよ』
「え、うそ!? ――こんな美少年なのに!? 夏でも詰襟の学ラン着てたのに、……ですか?」
「むしろそこはツッコムべきところだろ!?」
「普段そこにツッコミを入れないイクサくんにツッコまれても説得力に欠けるのですよ!」
『ハハハ。でも、間違いないよ――この光源氏が女性を見間違えることはありえないから』
最強最悪の女タラシは伊達じゃない!
たしかにその御言葉にはビックリするほど説得力がありました――おかげで葵はあからさまにガックリと肩を落としてへこたれる。希望こそ人を絶望させるスパイス。ホント残念な娘。
そんな葵を一同は意図的にスルーして――イクサは何事もなかったように紫門の説得再開!
問題から目を逸らすためには別の問題に向かうのが一番!!
「……し、紫門……お前は『唯一』のコト、嫌いって言ってたけどさ、俺は違うと思う」
「……大ッキライだからね」
あくまで否定の姿勢を崩さない男装少女。
それでもめげずにイクサは自分の考えを言う。
「嫌いって気持ちは拒絶だから……俺はやっぱり、『憎しみ』みたいな非生産的な気持ちで精霊は呼べないと思うんだ」
「愛は生産的って言いたいの? 確かに増えるけど……赤ちゃん的なものが」
イクサの周りには真面目な話をすると、そういうネタで躱そうとする人が多すぎる。
「同性愛が非生産的とか決めつけないでよッ!」
『むしろ非生産的な愛こそ、真実の愛よねッ!』
「そうです。BLは良いものです」
百合作家とそのパートナー、ついでに腐ってる幼馴染がなんか言ってるがスルー。
もう全力全開でスルーしてやると決めて、イクサは話を続ける。
「たぶん、お前は救われたかったんだよ。大ッキライでも、それでもさ……それって、すっごく強い『願い』だと思わないか」
「……『嫉妬』を『憧れ』って言うような誤魔化し方だね」
――……まあ、キミがそう思うなら、それでいいよ。
憎まれ口だけ叩いて続く言葉は口にしない。
だけど、その顔に浮かぶ『しょうがないな~』って微笑みが、降参したことを示していた。
「……でも、イクサくんはそれでいいのかな?」
「へ?」
「ボクが『唯一』にキミの姿を重ねてたってこと、だよ」
そう言って紫門はイタズラっぽく笑う。
――……ボクは最初っからキミに救われたがってたってコトになるけどいいの?
そんな想いを込めて笑う。
その友が初めて見せた『少女』の顔に、イクサは頬を赤く染めた。
「……まあ、オトモダチって事で」
『お義兄ちゃんどいて、そいつ殺せないのデスっ!』
『ダメよ、神音! ヒトゴロシはどんな理由があってもヤっちゃダメ!! あと、「お義兄ちゃん」に戻ってわよ! 旦那様でしょ。ダ・ン・ナ・サ・マ』
紫門に本気の殺意を向ける神音を、必死に止める花音お姉様。
まあ、神音がいくら殺意を向けても紫門に危害を加える事はできないのですが……それに気づいた神音が『そうです! 人化の儀式を早くするのです。人間になってその泥棒猫をキルするのデスっ!』と言い出した事で、イクサ達はここにきた当初の目的を思い出したそうな。
●平成二十三年十月十二日(水曜)午後九時――赤月市、総合公園。
空に小さな満月が浮かぶ中、紫門の指導のもと『儀式』の準備が進められていく。
六つの台座の上にそれぞれの魔導書を乗せるというのは誰もが予想した通りだったけれど、魔法陣の中心に血を使って文様を描くとか説明なしでは絶対解らなかっただろう。
紫門が言うには、「遺伝子情報の基礎にするため」とのことだったので、イクサはとりあえず葵に頼み込んで血液をちょっぴり提供してもらいました。奇跡に頼むと、もしかしたらマズイ展開になることが無きにしもあらずなので念のため。紫門は「基礎にするだけで再構成するからインセストなタブーは気にしなくていいよ」とぶっちゃけていたが、あくまで念のため。
――……どうやら『儀式』自体は嘘じゃなかったようだね。
準備に勤しむイクサ達を眺めながら、源氏が胸を撫で下ろす。
彼は先ほどの『唯一』との戦闘中に思いついた最悪の仮説――この儀式自体が魔導書を集めるためのブラフという推測が外れていたことでようやく「ホっ」と一息つけた。
思えば、設立当初からいるという最古参のマスター・無常さんとやらだけを紫門が排除したのは、その可能性を残させるためだったかもしれない。イクサが敗北した時、この儀式自体が嘘だと告げれば……もとから希望なんて無いと教えられたほうが必要以上に絶望することもないだろうから。希望をちらつかされたほうが、挫けた時に辛いから……。
――……ホント、紫門くんはビックリするぐらい乙女だね。
今だって彼女が協力しなければ儀式は実行できなかっただろうに。
イクサのことが好きなのに、好きだからこそ恋敵を助けるような行動もとってしまう彼女は恋に夢見る乙女そのもの。すれてなくて可愛らしい……と、源氏がそんなことを考えながら紫門に熱視線向けていたら、葵に笑顔で睨まれました。
でも、そんな嫉妬の視線も心地よいと感じてしまうのが真のプレイボーイ。
彼的には大丈夫、問題ないけど、彼女的には大問題で……葵が『今回は敗けてよかった』と思ったかどうかはとりあえず謎にしておこう。
そして、全ての準備が整い――ついに儀式が始まる。
光り輝く魔法陣の中央に横たわる神音に、注ぎ込まれていく光。
その光は彼女に触れると同時に輝きを失い、引き換えに彼女の身体を確かなモノに変えていく――幻想の存在が光を受けて、大地に影を落とす現実へと変わっていくという幻想的光景。
しかし、その光景をイクサは見ることができない。
何故なら……何故ならばこの儀式はゼンラーで行われているからッ!
いまの神音は幻想的な光りに包まれつつも肌色百パーセント! そのため、男性陣はみんな後ろを向かされていた。モチロン、振り返ったら女性陣にからの私刑確定である。
背中で現在進行形で奇跡が起こっているのに振り返れない。振り返りたい、でも振り返れない……そんな悲しみを誤魔化すためか、蔵太が何気ない感じで口を開く。
「ところでイクサくん、ひとつ聞いていいかい?」
「あらたまって、なんだよ師匠?」
「結局のところ、この筋書きは君の望んだ通りなのかい――破滅の預言者くん?」
「その二つ名はマヂでヤメてッ!」
それは未来を視て、未来を操ろうとした挙句に、運命に敗北した負け犬の称号――イクサにとっては黒歴史以外何物でもない。正直、頭を抱えて転げたくなるのだが……今転げたら振り返ったと誤解された挙句に女性陣にリンチされるので全力で我慢!
「君に、未来を選ぶ能力が――紙に物語を書くように、現実で物語を綴れる能力があるっていうのは本当のことなんだろう? その能力を使って君は、神音くんを生み出し、幼馴染との関係を修復し、妹を迎えて、友達をその一族の宿命から解き放った……そうじゃないのかい?」
暗に「僕達を利用して」と言っている御様子。
ちなみに、その疑問は先ほど源氏が空気を読んで胸のうちに押し込めたものと同じゆえ、隣の源氏も興味津々。イクサはそんな野郎二人に「……まったく」と溜息をついて――
「オレは神様じゃないよ」
と、神を倒した男は静かに話し始める。
過去、自分が失敗したということを。
未来視の能力は友達の彼女に封印してもらったということを。
そして、無意識で理想の未来を選んでいる可能性は否定出来ないが――無意識なら知らないのと同じだろう、と力なく笑った。
それは以前、葵が奇跡達に喋ったのとほぼ同じ内容――源氏は既に知っていた事だが、口を挟まずに聞いていた。葵が勝手に幼馴染の秘密を話したとか思われないための配慮であろう。
「オレは、ただ全力でハッピーエンド目指してるだけの……ただの人間だから」
「……ああ、そうだね。みんな、そうだ」
能力の有無は関係ない。
誰もが幸せを求めて自分の物語を書き綴っていく。
でも、それで求める夢を掴めるとは限らないのが現実だ。
――……誰も、操られてなんかいない。
少なくとも蔵太は――おそらく葵も奇跡も、自分の物語の主人公として頑張った。
その結果、イクサは掴んで、蔵太達は掴めなかった……ただ、それだけのことだろう。
――……それによく考えたら、僕達の戦いは予知能力なんて意味なかったしな。
葵や奇跡たちとは違い蔵太とイクサは拳を交えて戦った。
痛みに耐えて意地をぶつけあったあの戦いにおいて、予知能力がどれほどの意味を持つ?
たとえ、本当に未来を知っていたとしても、それでも向かってきた勇気こそを賞賛すべきだと蔵太は思う――痛みは、知っているからといって耐えられるほど軽いものじゃない。殴られる怖さは、知っているからといって越えられるほど簡単なものじゃないのだから。
そう、蔵太はこの神山イクサという少年の『覚悟』の前に敗北を認めたのだから。
そのことに思い至った蔵太は、イクサに向け賞賛の言葉を贈る。
「おめでとう。君がこの物語の主人公だ」
その言葉に少年は、言葉ではなく、輝くような笑顔で応え――
そして、儀式はつつがなく終了した。
●平成二十三年十月三十日(日曜)午後九時五分――神山家、イクサの部屋。
神山神音、十六歳。
日本人とイギリス人のハーフで、両親とは幼い頃に死別。
死んだ両親の友人の知人、愛蔵太の紹介で日本に留学。
それが、蔵太がその財力ででっち上げてくれた彼女の新しい戸籍である。
さらに、どのような裏工作があったのかは解らないが、彼女はイクサの家にホームステイという名目で一緒に暮らせるようになった。その手続きを半月ほどで全部終わらせたのも驚きだが、神音の生活費諸々を全て蔵太が出してくれるという太っ腹っぷりにはさらに驚く。
正直、イクサとしてはそこまで援助されると申し訳ない気持ちになるのだが――
「キミが僕の立場なら放っておくのかい?」
と、イカした笑顔で言われたらぐうの音も出ない。
結局、イクサは「悔しい。でも頼っちゃう」という気分で頼るしかなかった。どんなに男の意地を見せたくても……金は億単位で用意できても、社会的な力が足りない。つまり――
「――まだまだ未熟者なんだよな、俺」
「そうですね。まだまだなのですよ」
「絶対、キミを幸せにできる男になるから」
「ええ、期待してるのですよ、旦那様」
輝くような笑顔で応える神音――なのだが、その笑顔は直後『ドンヨリ』暗く反転。
「……期待しているのですけど……これはなんですか?」
「俺のラノベ第二弾――『イクサ☆オトメ』!」
机の上には紙に印刷された自作ラノベの束。
「実は神音は三つ子の次女だったという新設定で、三女の奏音ちゃんが新ヒロインとして新登場! そして長女は花音ちゃんというコラボ展開だ!」
「……姉はともかく、後から勝手に妹とかつくらないでください、なのです」
「ハハハ。三つ子で姉妹丼でハーレムエンド! 夢は広がり嫁は増えるぜッ!!」
「まあ、妄想するのはいいのですよ。……でも、『カミ☆イクサ』を投稿して賞がとれたわけでもないのに続編書いてどうするんですか? 完全に自己満足ですよ、ソレ……」
「…………ぅぐぅ」
神音の容赦無い正論に、イクサは男泣きに泣く。
その涙が原稿用紙に落ちたその瞬間、原稿が光りに包まれ……。
●平成二十三年十月三十一日(月曜)午後七時三十分――暁学園、校庭。
「ハッピーハロウィン! トリック・オア・トリート!」
『「「イタズラカモン!」」』
紫門の――仮装した男装少女の御挨拶に、全力全開のセクハラで返す男性陣。
直後、女性陣からお叱りとお仕置きをされたのはお約束。むしろ漢達にとってはご褒美よ!
「……まあ、そんなワケで――今日は第二回、魔導書大戦開催のお知らせなんだよ」
夜の校庭に集う人々に向け、進行役兼参加者が笑顔で新たな戦いの始まりを宣言する。
集っているのは既に見知った顔――前回の参加者ゆえ細かな説明は不要。つまりこれは『今回は裏表のない、正々堂々とした戦い』だという事を主張するための通過儀礼。
「フフフ。今度こそ私が勝ってイケメン彼氏をゲットするのです!」
瞳に炎を宿し、吠える葵。
「アハハ。勝者は私、神無月奇跡に決まっているわ!」
ゴスロリ衣装を着て、笑いながら威嚇する奇跡。
「……まあ、僕は負けないだろうけどね」
根拠はないがとにかく自信満々な蔵太。
でもその視線はゴスロリ服を着た奇跡へチラチラ。
「復讐戦じゃぁぁ――――――――――ッ!」
何故か泣きながら叫んでる知らないお爺さん。
「フフン。俺に勝てるかな?」
最後に、前回の勝者が余裕を見せ――
「「「「お前は遠慮しろぉぉ――――――――――――――――――――――ッ!!」」」」
他の参加者達に怒られました。
……一回賞品を貰ったなら自重しろ、って事です。自重しろ!