参 コミツへの頼まれ事
ソタナの従業員室。
コミツは他の従業員と共に話をしながら、修繕作業をしていた。
中身のない他愛ない話。
最近は魂が少ないだの、地獄行きが多いだの、そういう話が多い。
そんな従業員室に、扉を開けて入ってきたのは、ソタナの長であるヒラサカだった。
厳しい顔をして、入ってきたヒラサカは、コミツを見つけてまっすぐやってきた。
「コミツ、今は担当を持っているか?」
「いえ」
「では、『桜の間』の方を担当してほしい、女性の魂だ」
「……『桜の間』ですか」
コミツは少し眉をひそめた。
『桜の間』は大抵冥王様が使われる部屋。
そこを使う女性。
「冥王様のご指示だ」
神妙な表情をしているヒラサカからは、気合いを感じる。
コミツは言葉にしてはいけない何かを感じ、口をつぐんだ。
「……わかりました」
ヒラサカが考えていることと、コミツが考えていることはおそらく同じこと。
それをヒラサカと目線を交わして確認した。
「まだ『桜の間』には、冥王様がいらっしゃる。その間は私が対応しているから、冥王様の用事が終わったら客人を頼みたい」
「わかりました」
ヒラサカは急須と湯飲を持って従業員室を出て行った。
コミツは補修作業を他に任せて準備にとりかかる。
エプロンを新しいものに変える。
左下に桜の刺繍を施したもの。
木綿の手触りがきもちよい。
「女性……」
桜の間にある備品を思い出す。
常備されている浴衣は男性ものだけだったはずだ。
コミツは、ソタナの図柄がはいった赤い浴衣を複数手に取った。
* * *
準備ができたので、『桜の間』の前で待機しようとコミツが『桜の間』へ向かう途中で、冥王といるヒラサカに会う。
二人とも真面目な顔で話をしていた。
「迷惑をかける」
「いえ。良くなったところで、きちんと本人の意思を確認したほうがよいですね」
「ああ……そうだな……」
コミツが近付くと、ヒラサカがコミツに気づく。
それをみて、コミツはヒラサカの前で足を止めた。
「ああ、コミツ。丁度いいところに。今から『桜の間』に入ってほしいと思っていたところだ」
「問題ありません。準備もできましたので」
ちらり、と冥王を見ると、丁度赤い瞳と目があった。
コミツはあまり冥王と関わることはないが、ここソタナに勤めるときには、お世話になった。
無表情だが、性根は優しい方だと認識している。
「冥王様。ミヨ様の担当は、コミツをつけます」
「……ああ、頼んだ」
「はい、お任せください」
冥王の言葉にコミツは静かに頭を下げ、『桜の間』に向かった。
「……コミツ」
「はい?」
冥王に呼び止められて、すぐに振り向いた。
自分の屋敷に帰ろうとしていたはずの冥王は、何かを持ってコミツに近づく。
「これを、ミヨに」
「何でしょう…」
渡してきたのは、丸いもの。
同じ物がもう一つ、冥王の手元に残っている。
「……桃、ですか?」
「神が置いていった。ミヨを連れてきた報酬分として。沢山もらった」
「よいのですか?」
無言で差し出し続ける冥王にそれ以上なにも言えず、コミツはその一つの桃を受け取った。
冥王は踵を返し、ソタナの表玄関に向かう。
ヒラサカが見送りにあとを追う。
その背中を見送ってから、コミツは『桜の間』に向かった。
* * *
声をかけたが応答がない。
コミツは『桜の間』の前で少し迷った。
しかし、冥王も神も帰ったとのこと。
であれば、おそらく客人一人だけのはずだ。
「失礼します」
静かに扉をあけ、控えめに声を掛けても、返事はない。
部屋をのぞいてみると、部屋の中に人の形はない。
見回して、寝台の上に気配があることがわかった。
寝台に近付き、その姿を確認する。
「……寝てますね」
起きる気配はなさそうだ。
「…どうやら腕の見せ所のようですね」
コミツは微笑みを浮かべ、起こさないように布団を剥ぐ。
思った通り、着ている服は着物のまま。
このままでは十分休息をとることは難しいだろう。
ならば、と腕まくりしてから、高速で着物を剥がす。
起こさないように気をつけながら、持ってきた浴衣を着せて布団をかぶせる。
「………」
そこで動きを止める。
静寂、規則的な寝息。
声も、布がこすれる音さえも聞こえない。
「よしっ」
静かにガッツポーズ。
今まで、意識を失った魂の着替えを何人もやってきた。
死んだ衝撃で意識を失った魂は、元々の服を着ていることもあれば、服を着ていないときもある。
いくら魂の修復ができる宿とはいえ、何も着ていないと魂への傷が大きくなる。
傷が大きいと、魂の修復が遅くなる。
コミツは休息の魂の早着替えが得意技だった。
「さて、起きるまでの間、準備をしましょう」
静かな部屋を見回し、微笑んだ。




