第2章 11.巫女は聖なる杯を掲げ
【 森のレストラン 】
「悪い、もう少し頑張れ!」
私は後ろから抱え込まれている状態だと思う。
じゃなきゃ、とっくにすっ飛ばされてる。
ユージンが馬の腹を何回か蹴った。
馬は更にスピードを上げて、その直後、宙にふわりと浮いた。不思議な浮遊感だった。
ほんの1秒とか2秒とかそんな短い滞空時間。
ガクン、ガクン、何度かお尻が浮いて、また走り出した。
何かを飛び越したみたい。
暫く走ってユージンは馬を止め後ろを振り返った。
私もユージンの脇下から後ろを覗いた。
追っての馬が1頭、藪にはまってもがいていた。他の馬は籔の手前でウロウロ立ち往生している。
「あそこには野茨が群生してるんだ。天然の柵ってところだな」
「ノイバラ?」
「野生の薔薇でトゲが鋭い。あの馬には可哀想なことをしたな」
追っ手が諦めたらしいのを確認し、ユージンはまた馬を走らせた。
森の中をどんどん進んでいく。
「少し休もう」
ユージンがやっとそう言ったのは、日が落ちて暗くなってからだった。
跨げるほどの小川の前に馬を繋ぎ、水を飲ませた。森の中はシンと静まっている。
ユージンが落ちている枝を拾ってきて火を着けた。私も燃えそうな枝を集めるのを手伝った。
枝を抱えて戻ると、ユージンは木にもたれて眠っているようだった。
私は火の側で時々枝を追加したりして、火が消えないように番をすることにした。
どのくらいそうしていたんだろう。
いつのまにか、私もウトウトしていた。
頬にポンと何かが落ちてきた。
雨粒だった。木の葉に雨粒があたる度にポンポンと音がする。
私は巾着からニマのお母さんから貰った布を出して頭から被った。
ユージンはまだ寝ている。
ユージンの頭にも、ポツポツと雨粒が落ちている。私は布を広げてユージンの頭にそっとかけてあげた。
その時、背後で何か聞こえた気がした。
追っ手だったらどうしよう。
私は音のした方に目を凝らした。
何かが木々の間にいる。
動物かもしれない、それも出会っちゃいけない危険なやつら。
気配からして1匹や2匹じゃなさそうだ。
「ユージン……」
私はユージンを呼んだ。
これはとても不味い事態じゃないだろうか?
「ユージン!」
なんで起きないの?
酔ってもいないのに?
私はユージンの肩を揺すった。
熱い……肩が、体が熱くない?
ダラン、とユージンの手が地面に落ちた。
「どうしたの?ねぇ」
顔を触ると物凄く熱い、熱がある?
一体急にどうして?
黒い集団は、もうすぐそこまで来ていた。
【 主役の座は譲りません 】
私は焚き火の中から太そうな枝を探して手に持った。
獣がいるほうへ火を向ける。
グルルっと不気味な唸り声と、白い牙が見えた。
野犬?オオカミとか?
いやいや、まさかね……
私と彼らとの距離がどんどん狭まっていく。
先頭の獣の姿が月明かりに照らされた。オオカミだ絶対、だって顔が怖いもん!
私の振り回す棒の先にオオカミたちの鼻先がある。
「ユージン!起きて!!」
火を向けると少し後退するけど、すぐに他のやつが間合いを詰めてくる。
「こらっ!!」
近くにあった石ころを投げた。
狼は少し避けただけで、また歩み寄ってくる。雨粒が大きく、そして雨足が強くなってきた。
「どっかいけ!!」
私は石を投げ続けた。
動くのを止めたら終わる。
そんな気がする。
ジュッと枝先の火が音をたてて消えた。
「ツキ」
新しい枝を取ろうとしたところで、ユージンが目を覚ました。
「ユージン、動ける?!」
「悪い、ちょっと無理……かも」
「ユージン!!」
火の着いた枝を振り回すのがやっとなのにどうすれば?
雨が激しくなり、焚き火も消えそうだ。
「私は主役だぞっ!主役を食べようなんて、いい度胸じゃないのっ」
少なくとも、主役の私が諦めなきゃ話は続くはず。
私は巾着からシミズのランプを取り出した。
お願い、今度こそ。
「ほんとにお願い!」
ランプを掲げて祈ろうとした瞬間、オオカミが地面を蹴り飛んでくるのが見えた。咄嗟にランプでその鼻っ面をぶっ叩いた。
すぐ違うヤツがきてランプに食いつかれた。
凄い力だった。まずい引きずられる。
力いっぱいランプを振るけど、綱引きみたいにグイグイ持っていかれる。
このままじゃダメだ。
ギャンっ、とオオカミが鳴いて口からランプを離した。
ドサッと黒い巨体が私の足元に倒れた。
バタンっ。
もう1頭倒れた。
残りのオオカミ達が茂みの中へ逃げていくのが見えた。
「こんなところで何をしている」
闇の中からふいに人が現れた。
全身黒い服を着ている。
顔も目以外は布で覆っている。
私はランプを抱いたまま身構えた。
「見覚えのある顔だな」
男が弓でユージンを指した。
弓矢?そこで改めてオオカミを見る。
頭に矢が刺さり、それが貫通していた。
「ユージンの知り合いですか?助けて下さい、様子が変なんです、熱があって……さっきまで元気だったのに」
男は私のことを無視して近づいてきた。
「おい、また会ったな。今度会ったら殺そうと思っていたが、どうやらその必要はなさそうだ」
「えっ?」
何この人、今凄い物騒なこと言わなかった?
「矢じりに毒が盛ってあったんだろう。この傷から毒がまわったな」
男は、弓の端でユージンの肩の辺りを突っついた。




