第2章 10.巫女は聖なる杯を掲げ
【 扉を叩くのはいつかのあいつ 】
薄紫色のズボン、上に同じ色の袖のない上着、その襟はボートネックで喉元に縦のスリットが入っている。丈は長く膝下まであった。
アイシャさんの手直しが終わったところで、一緒に置いてあった同色の長い帯みたいなものを手渡した。どうやって使ったらいいのかわからず、最後に残ったやつだ。
「これはねぇ、こうやって巻くの」
アイシャさん、その帯で容赦なく私のウエストを締め付けてくれた。
「さぁ、次は髪を結いましょう!」
アイシャさん、なんだか楽しそうだけど、私は着なれない服だったし、ちっとも楽しくない。
(ユージンとはどういったご関係なんですか?)
さっきからそれだけを聞きたかった。
だけど、私こそ誰なんだ?っていう話だよね。
髪の毛は濡れたままひとつに括られた。
最後に唇に紅を指され終わり。
「さぁ、出来た。鏡を……」
重い手鏡を渡された。
「アイシャ!!」
鏡を見る前に、ユージンが駆け込んで来た。
「裏門を開けてくれ!」
表の方で何やら騒がしい声がする。
「おいっ、誰かいるか!開けろ!」
ドンドン、扉を叩く音がやけに乱暴だ。
「今度は何をしたの?」
アイシャさんが慌てて私の服を巾着袋にしまう。
「裏の門は開いてる、馬を使って」
「いいのか?」
「主人には言っておく」
えっ、主人て、アイシャさん人妻ってこと?!
「ありがとう。ツキ行くぞ……」
と言いかけて私を見たユージンがちょっと驚いた顔をした。えっ、やっぱり変?だったかな?
「行こう!」
アイシャさんにまだ覗いていない手鏡を奪われ、代わりに巾着袋を渡された。
ユージンはこの家を良く知っているようで、いくつか部屋を抜け、長い廊下を当たり前のようにズンズン歩いて行く。廊下の突き当たりに扉があり、そこを抜けると入った時とはまた違う庭に出た。
鶏が2、3羽ウロウロしている。
馬小屋があり、馬が何頭か繋がれていた。
ユージンはその中から黒い毛色の馬に鞍をつけ連れ出して来た。
「急いで」
ユージンが自分の手を組んで足場を作った。
馬に上るのは初めてなんだけど……
「鞍を掴んで上がれ」
えっ、大丈夫?馬怒んない?
鞍の出っ張った部分を掴んで、ユージンの手に片足を乗せた。
ユージンが押し上げてくれ、何とかよじ登りお尻を乗せる。なかなか上手く上れたわ、ほっとした所で、私達が出てきた扉が派手な音を立てて開いた。
「まずいな」
扉から兵士が1人また1人と入ってくる。
ユージンが腰の脇に手をやった。
「おやっ?」って顔してちらりとそこを確かめる。
そうだよ、飾りはさっき売っちゃったじゃん!!
「ユージン危ない!」
【 はじめてなんです、これにまたがるのは 】
「ユージン危ない!」
兵士の1人がユージンへ剣を振り上げ向かってきた。
ユージンは素早く兵士の脇へ抜け、背後へ移動するとそのひざ裏を蹴った。
兵士が前傾で倒れこんだ所、首根っこを掴み勢いつけて後方の兵士へ投げ飛ばした。
遠心力の効いた兵士は勢い良く宙を飛び、2人の兵士をなぎ倒しその上に落ちた。
「つかまれ」
馬に飛び乗ってきたユージンに言われたけど、どこに??
馬は開け放たれたままの門から飛び出した。
そこで一旦急ブレーキがかかる。
行く手に、昨日のゴリラ兵と数人の兵士の姿が見えた。
「昨日のゴリラ……」
確実にそのゴリラ兵と目が合ってしまいました。もう嘘や言い逃れは通用しないだろうなぁ。
「どうやら、手配がついたみたいだ」
「えっ、それって。お尋ね者ってこと?!」
「まぁ、そんなとこ」
ユージンは馬の方向を変え、ゴリラ兵とは逆方向に馬を走らせた。
私はお尻が浮く度に落ちるんじゃないかと怖くて、馬のたてがみを必死に掴んでいた。
背後から馬の蹄の音が聞こえてくる、もちろん後ろを見る余裕なんてない。
近いのか遠いのか、どのくらいの追手がいるのかもわからない。
後ろどころか前だって、まともに見られないんだから。
人が自然に左右に別れていく、そうよ危ないから皆退いてぇ!!
私達は入ってきた門とはまた違う場所から街を出ていた。
ここまでは本当にあっという間だった。
馬は道を逸れ麦畑へ突っ込んで行く。
ビュン
えっ?!
今なんかちょっと先に何か飛んでかなかった?
ビュン!
ほら、また!!
偶然に視界に入ったの、あれ矢じゃない?
ビュン、ビュン、ビュン!
大量の矢が降ってくるぅー!!
チっ、とユージンの舌打ちが聞こえたような気がした。
「あそこまで、頑張れ」
前方に木々の生い茂る暗い森が見えた。
「頭を下げろっ!」
ぐっとユージンが私の頭を押さえた。
ブンっ!
今度は木の枝に打たれそうになった。
障害物が多いからか、矢は飛んで来ていない。
けれど、蹄の音は変わらず聞こえる。
景色がぼんやりとした緑色の線になって次から次へと流れていく。
背中からユージンの鼓動が頭の上で息遣いが聞こえる。
手に力が入らなくなってきた。
もう駄目だ、落ちちゃう!
危うく手が離れそうになった瞬間、ユージンの手が私の腕を掴んだ。
「悪い、もう少し頑張れ」




