48話 鮮やかだと思わないか
《組織の名はフロリスと言う。組織の階級を持つ人間も、同様にフロリスと言う。
超古代文明が生み出した人喰らいのカラクリを的確に撲滅するため、フロリスの階級は幾段階にも分かれている。ある者は武器を持ち、またある者はそれを支える。あえて詳しく並べることはしないが、どれも組織にとって重大な役割だ。人類が健やかに生きるために、かけてはならない要である。
ただ一つ、『大敗者』の『ゲウム』階級を除いて。
それは銃火器の扱いに難のある弱者、フロリスとして活躍する見込みの薄い者に与えられる烙印だった。不名誉を身に負って、取るに足らない瑣事に従事しては安酒を呑み、難易度が不確かな任務に出されては霧のように消える。軽率に勇者を志した愚者が、覚えのない栄誉を掴み取るような事はないのである。》出典書記:『フロンティアと共に生きる』
『ゲウムは雑魚、てきとうでフロリス入ると痛い目見るぞ。』と、そういう事である。学生が学校にて受け取るメッセージは、要約するとこうだった。それは誰かの謳う異文の一節で、中高生の持つ公民の教科書にはっきりと記載された忠告だった。今フロリスフロンティアの内地に住む誰もが、当然の事として噛み砕いている価値観だった。
───だから若者が若いうちからフロリスを目指すってな、まあまずあり得ない話だ───
──────
「塩川・・・塩川、起きて」
「んぁ・・・あぁ萌音、どうした?」
「どうしたじゃありません、昼休みもずっとそうしてるつもりですか?」
夏の昼、快晴の教室。机に突っ伏して寝ていた俺は、『歌壇高校二年D組の居眠り担当』こと塩川亮、十七歳。そんで起こしたのは幼馴染の姉崎萌音、俺より二千倍しっかりした早生まれの秀才だ。萌音は今を生きる女子高生で、今日もその制服を輝かしく着こなしていた。
「・・・そんな気になる事でもないだろ、筆不精のお昼寝なんか」
「筆不精だってご飯を食べてからお昼寝します。清掃業者のバイトで生活を繋いでるのは重々承知ですけど、体調にはきちんと気を遣ってください。お昼時に寝ちゃうなんて、どんな職場で働いていることやら・・・まったくっ」
「あ、あはは・・・どんな職場だったっけな?」
それは、青風吹く高二の夏。
(・・・、やっぱ言えねぇよな。フロンティアの防衛区で、落ちこぼれの雑用としてこき使われてるなんて。)
───俺はフロリスの『ゲウム』だった。
【あれほどの実力があるのなら、今すぐにでも『サザンクロス』に編入させるべきだ!】
【いや、危険分子は即刻解雇だ!未成年を兵士階級の主戦力に数えるようなことがあれば、フロリスが築いてきた信頼が揺るぎかねない!!】
編入試験をこの上ない軽装で突破した高校生の処置を巡り、上層部の机上はしばらく荒れた。
【ならいっそ『グロキシニア』にっ!】
【たかが小刀一本に人類の未来が背負えてたまるか!】
【ぬぅっ・・・!!」
【───『ゲウム』に入れればいいだろう。】
【【っ・・・!!】】
【・・・粗悪な支給品でも生き延びるというなら、底辺階級を持たせて好きに使い潰せばいい。ちょうどあの階級にはやや人権の薄いところがあるし、難易度の不確かな任務に出せば大いに活躍するとは思わんかね?】
と、強面が言ったのが運の尽き。
俺は直後、白い手帳を賜ると同時にフロリスに成った。しかし何といっても特別製、うんざりするほど不格好な紋章が見ただけで分かるようはっきりと刻まれている超レア物だ。それはもう誰かに見せれば学校中で人気者、『特異で絶望的にアホな塩川君』といった具合にもてはやされること間違いなしの代物である。俺の運命はこの模様に左右されて、今も制服ズボンの左ポケットを弱点にしていた。
(おまけに、今の俺ときたら・・・)
【楓ちゃんのお姉ちゃんを探すにあたり、ゲウム第七部隊の活動はしばらく内地巡回ね!あ、でも本気で走り回ると文字通り勘づかれるから、放課後の寄り道をちょっと増やすくらいでいいと思うよぉそれじゃ!そんな感じでよろしくっ!】
ただでさえ役立たずで有名なゲウムを抜け出せてないってのに、俺は昨日の晩、無職放蕩と同義みたいな任務内容を告知されたのである。直感と目つきの鋭い半ギャルこと稲佐楓、その年の近い姉でありながら『頂点階級』の『グロキシニア』で『大証人』なんかやってるが失踪中という持ち味濃いめの人物を探すため、俺は今日からいろんな場所で遊び惚けるよう仰せつかっているわけだ。
「はぁ、寄り道、寄り道ねぇ・・・。」
しかしことに、行く当てが思いつかない。困った俺は開いたまま机に下がっている鞄に手を突っ込んで袋を取り出し、とりあえずその中身を一本揉み出して噛んだ。
「あぁ塩川!またパンの耳だけで昼食済まそうとしてる!」
「げ、見つかった。」
「当たり前でしょ、嫌でも気づきますよ・・・ずっと隣にいるんだから。」
「まぁ、そうね。」
言い回しがちとばかし気になったが、隣の席で弁当を広げる彼女に、俺は何食わぬ顔で返事した。パンの耳は食ってるが。
「・・・けど別にいいだろ、今時のパンの耳はすごいんだ。これなんかほら、栄養たっぷりほうれん草の緑が鮮やかだと思わないか?」
「うむむ、色素だけじゃないんですか?」
「食べてみりゃ分かる」
俺は包装越しにパン屋特製の切れ端を掴んで差し出す。
「・・・じゃあ、いただきます」
萌音は多少遠慮がちに目を逸らしたが、やはり味わい深い緑の誘惑には勝てなかったようだ。髪を耳にかけてパンを口にした萌音に、俺は白鳥のエサやりと同様の満足感を禁じ得なかった。思わず非常にニッコリしそうになる口を、微妙な形で抑えた。
「美味いだろ。もっと食べていいぞ」
しかし、ちょうど顔が緩んでしまったところを目撃されたようだ。
「~~っ!?結構です、もう十分いただきましたからっ・・・」
心底美味しそうに食べていたはずが、すぐにむすっとした顔にシフトしてしまった。俺の表情が、なにやら気に食わなかったらしいのだ。パンの耳を食ってはいたが。
「・・・確かに、一応βカロテンの味がして美味しかったです。」
「βカロテンの味・・・?」
「でもなんか違うような・・・?──はっ!!私が食べたら意味ないじゃないですかっ!」
「っはは、そらそう。」
この女子高生はリアクション芸人にでもなればいいのに。と、俺は軽く笑い返しながらそう思った。
「それなら私のお野菜を・・・ってもう無い!?」
「板につくと無意識なのね、野菜から先に食べる習慣ってな」
「はっ!!」
「はっ!!って。」
なにか酵素が出ていいんだそうだ。中一の時の彼女は母から聞いたと言って、給食はサラダから先に食べていた。元々病弱な彼女が、健康に生きるための知恵に無頓着なことはないのである。気を遣ってもよく咳き込む自分と、てきとうな食生活でも仮病以外で学校を休まない隣人。俺も俺で貧乏が板についた結果なのだが、思うところもあった。
「・・・分かった、今日の帰りは栄養のあるもんでも食って帰ることにするよ。」
「それは嬉しいけど、塩川が外食なんて珍しいですね?いつもはバイトバイトって早く帰るのに」
「んにゃ、なんて言うんだろうな・・・ま有給休暇みたいなもんだ。そんで今日からしばらく放課後が暇になったんだが、今まで遊びに出かける機会なんてなかったからさ。寄り道の作法も、例にもれず分からん。」
俺がそう言った時点で、萌音は妙にハツラツとしていた。いやはやどうにも、目を輝かせた様子だった。
「寄り道、私もついて行っていいですか!!?」
「ん、あぁ、もちろん。」
やや萌音の意図が汲めないまま二つ返事して、俺たちは二人寄り道をすることにした。




