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辿りたくない記憶だった

燕太。

いや、エリオット。

最後に会ったのが、もう4か月くらい前か。



そのまま。

そのまま会えなくなった。



胸が締め付けられるような思いとは、こういうことだろうか。

初めての感覚で戸惑いを覚える。





後悔先に立たず、とはこのこと。

あの時、早く私が気持ちを整理していれば。

あの時、気持ちを伝えていれば。

あの時、電話に出られていれば。




エリオットは帰ってくるのだろうか。

また会えるだろうか。

そんなことばかり考えても、何も進まないことは分かっているのに。

考えることを止められない。





今は燕太君と異世界を調べることに取り組んでいる。

彼自身と直接会ったのはここ数日前の話だ。

エリオットからの話だと相当な不良少年のようだったが、実際に会ってみたらそうでもなかった。

口は悪いが思ったよりも随分理性的だ。

おそらく異世界での生活が彼を成長させたのかもしれない。



燕太君はエリオットではないと分かっていても、その姿を見ると自分の感情が溢れてくる。

あのニコニコした顔や余裕そうな顔、気品を感じる振る舞いを思い出してしまう。



そうだ、彼からグレイスのことを尋ねられていたんだった。

エリオットのことばかり考えていて、自分や燕太君のことは深く考えていなかった。

だが実際にグレイスについて心当たりはない。



一般的な家庭に生まれて、特に問題なく生活してきて、社会人になって働いて。

ああ、異世界モノに興味をなくしたのがいつだったか覚えてないんだっけ。

社会人になった時にはそういった類のものに触れなくなっていたのは確かだ。

大学生の時も、もう異世界小説とか読んでなかったと思う。

高校生の頃は読んでいた。なんなら情報通なんて言われていた。

高校生のいつ頃だったかな。そこがはっきり思い出せない。



琴美と香織にも聞いてみようかな。

久しぶりに会いたいし。












二人に連絡を取り、ちょうど日程の都合がついた。

場所は、よくランチ会で利用するカフェだ。

なんだかんだ、このお店が一番雰囲気が良くて話もしやすい。



予約の時間10分前に一番乗りで到着した私。

気合いを入れすぎか。

5分前に琴美が到着する。

「久しぶり」

「おおー、久しぶり。香織はまだ?」

「ちょっと遅れるみたい。先に店内に入ってようか」



テーブルにつき、香織の到着を待つまで琴美と近況報告をしていた。

共通の話題といえば、もちろん燕太君のことだ。



「燕太君って何か最近変わったよね。今風の高校生って感じ」

「そ、そうね。反抗期なんじゃない」

「元々が大人びてたっぽいもんね。あれが普通か。玲奈の家にも遊びに来てるの?」

「いや、今は来てないよ」

まず燕太君なら来ないだろう。

彼からすれば全く顔見知りでもなんでもないからだ。

「ちょっと余所余所しくなったけど、年相応の話しやすさはあるよね。他のバイトの子とも、よく話すようになったらしいし」

「……前は話してなかったの?」

「話してたけど、表面上の付き合いだったってよ。壁を作ってて打ち解けてはいなかったみたい」



そうなのか。

元が一国の王子様だもんね。簡単に心を開くことはしないか。

私に対しては随分と接近してきてたけど。

いくら私が好きだからって、気を許しすぎでは。

でも、私に対しても心の内を全ては見せなかった。

私はまだ彼について知らないことが多い。



「ごめん、遅くなった」

遅れて香織が到着した。

「あれ?お子は?」

「今日は旦那が休みだからみてる。久々にゆっくり話せるね」

「そうなんだ。じゃあ、早速メニュー頼みましょうか!」





改めて各々近況報告をした。

琴美はSNSは閲覧するだけで投稿やコメントはしてないらしい。

純粋に趣味の旅行を楽しんでいる。



香織は変わらず仕事と育児を頑張っている。

家庭内も落ち着いていて、娘も元気にしているようだ。



「玲奈は最近どう過ごしてるの」

「彼氏とは別れた」

「そっかぁ、別れたんだ。ほとんど彼氏の話をしないから、どうなのかと思ってはいたんだけど」

「気持ちの面とか、今は大丈夫なの?」

琴美と香織は心配そうに私の顔を覗き込む。

「大丈夫。お互い円満に笑顔で別れたし」

「なら良かった。次の恋を探さなきゃね」



次の恋、か。

表情が曇った私を見て、琴美と香織は何か勘付いたように続けた。

「しばらくは恋愛したくない?」

「いや、そうじゃないけど……。これは友達の友達の隣人の話なんだけど」

「それ、絶対に玲奈の話だよね」

「元々は無自覚だったんだけど、相手はずっと好きって言ってくれてて。いざ自分も好きだと気付いて気持ちの整理がついた頃には、その人はもう居なくなって連絡も取れなくなってて」



しんみりとした空気が流れる。

「その人とは二度と会えないの?」

「分からない。連絡取れないし、行き先も知らないし」

異世界にいると思うけど、その話を琴美と香織にしても通じない。

「だったら、今出来ることをがむしゃらに頑張るしかないよ」

香織がきっぱりと言い放った。

「あまりこういうことは言いたくないけど、もしかしたら玲奈に愛想尽かせて居なくなったかもしれないでしょ」

それはないと思うが、今までの自分の行動を振り返れば断言出来ない心当たりはある。

「玲奈も会いに行きたくても会えないし、身動きが取れないんでしょ。だったらその人がまた現れるのを待つしかないと思う。今出来ることを頑張って、玲奈の魅力をより増しておくんだよ。そしたら、その人が現れた時に今度は玲奈から気持ちを伝えたらいいじゃん。もしかしたら相手が惚れ直すかもよ」



今出来ることをする。

香織は自分磨きをする、という意味で話しているだろう。

もちろん、それも大事だ。

でもエリオットの境遇で考えると、彼の力になれることを頑張るのも大事だ。

燕太君に協力する。

それがエリオットのためにもなる。

そして、もう一度会うんだ。



「……なんだか意志が固まったみたいね」

琴美が優しく私の顔を見つめる。

「うん。話を聞いてもらえて良かった。二人ともありがとう」

「きついことも言ったけど、それが玲奈のためになったなら良かった」

「友達だからこそ指摘するようなことを言うけど、不快に思った時は言い返すしね。私たちはそういう間柄でいられたらいいよね」

話し込んでいて止まっていた手を動かし、私たちはランチを楽しんだ。





「あ、そうそう。もう一つ二人に訊きたいことがあって」

燕太君に言われていたこと。

私の高校時代についてだ。

「私って高校生の頃は異世界モノに読み耽ってたけど、いつからか興味がなくなってきてさ。社会人になる前からだったと思うんだけど記憶になくて。高校時代に私の様子がおかしい時があったか覚えてる?」

「異世界モノを語らせると常に様子はおかしかったと思うけど。そうねぇ……」

香織が腕を組みながら思い出そうとしている。



「ちょっとぼんやりしてた時期はあったよね。心ここにあらずって感じの日が2、3日あったと思う」

「それっていつ頃?どんな感じだった?」

食い気味に尋ねる私を見て、琴美はやや呆れている。

「あんた、自分のことなのに……。確か高1の時よ。『聖地巡礼してみっか!』とか急に言い出して学校帰りに一人でどこか行ったんじゃなかったかな。次の日に学校で会ったら玲奈はボーッとしてて。その頃から異世界モノの話が少なくなってきた気がする」

「どこに行ったかは覚えてない?」

「そこまでは聞いてない。ぼんやりしてて受け答えもいまいちだったし。当時読んでた小説に関する場所じゃない?」



自分では全く思い出せない。

だが、それが何か手掛かりになるかもしれない。

調べてみた方が良いだろう。



「高校時代の話を今更聞くなんて何かあったの」

「大したことじゃないけど、ちょっと気になって。相談したい時はまた話すから大丈夫だよ」

自分の成すべきことを理解した私を見て、琴美と香織は微笑んでいた。












自宅に戻り、高校時代の記憶を改めて呼び起こす。

あの時に読んでた異世界小説か。

多すぎて絞り切れない。



当時読んでいたであろう小説を何とか絞り出し、スマホで小説の内容を振り返った。

聖地巡礼するような小説かどうかを一つずつ調べる。

これは違う、これは違う、とシラミ潰しにしていく。



「あ、もしかしてこれは……」

可能性がある小説を見つけた。

舞台が地元で、実在する場所も小説に登場する。

「……思い出してきた。なんで忘れてたんだろう」

漠然と思い出そうとしていても、全く思い出せなかった。

しかし一つずつ辿って振り返っていくと思い出してくる。



この小説は主人公が日々の生活に嫌気が差して夕暮れ時に公園で鬱々としていると、木々の騒めきが急に強くなり、いつの間にか異世界転移していた、というものだった。

その公園は学校からの帰り道に寄ることが出来る場所だったので、当時の私は勢い任せに聖地巡礼を実行してしまったのだ。



その日は、やたらと静かで。

夕暮れの雰囲気がそれをより強調して。

公園に着いてベンチに座っていたら風が吹いて。

本当に木々の騒めきが大きく聞こえて。



何となく、公園内で一番大きな木に近づいて。

じっとその木を見つめて、騒めきを聞いて。









「……あ。あああ、あああああぁぁぁ」

頭痛がする。



いや、思い出してはいけないと頭痛がする感覚を持とうとしている。



本当は思い出している。





女の人。


女の人が木の幹から浮かび上がってきて。




全身の肉がところどころ腐ったように、黒ずんで崩れそうになっていて。

金色の髪も殆ど抜け落ちていて。

真っ黒な虹彩をした眼がこちらをずっと見つめていて。



「おいで。行ってみたいんだろう?」

「おいで。今しかないよ」

「おいで」



差し出された手を私は―――。









「……おぇ」

突然の吐気を催し、トイレに駆け込んだ。

これ以上は思い出したくない。

気持ちが悪い。

怖い。



でも、それだと何も変わらない。

怖いけど、具合が悪くなるけど、立ち向かわなければ。








少し体を休めた後、再度当時の事を思い出した。

差し出された女の人の手に、私は手を伸ばした。

突然の出来事に、考える余裕もなく反射的に手を伸ばした。

しかし本能が拒絶したのだろう。

女の人の手に触れたが、すぐに手を引っ込めた。



「これでも良いか」

その瞬間、目の前の景色が縦半分に分断されたかのような感覚に陥った。

自分に何か危害を加えられた様子はなく、体を確認したが傷もなかった。

顔を上げると女の人はおらず、木々の騒めきも止まっていた。



不思議な体験に頭が働かず、そのまま自宅に戻り、翌日もいつもと変わらずに登校した。

ただ私の様子はおかしいままで、琴美はそれに気づいた、ということだったのだろう。






「……うぅ」

再度思い出したことで、吐気に襲われる。

あの気持ち悪い人、気持ち悪い体験。



異世界云々ではなく、怪奇現象のようなものだったのだろうか。

これがグレイスに関係あるのかは分からないが、燕太君にも伝えておいた方がよいだろう。



誰だったのだろうか、あの女の人は。

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