きっと彼女は気づいていない
お読みいただきありがとうございます。今回の投稿は<閑話>になります。閑話は主人公以外の第三者の視点になります。主人公が知りえない事も出てるかもしれませんが、あくまでも三者視点として楽しんでいただければと思います。イメージが変わる可能性もあるので、苦手な方は飛んでも問題ありません。
そのプレイヤーと初めて会ったのは、西の商店街の近くにある「道草亭」という酒場兼宿屋だった。
VRMMOの新作<Life in the world of twins>。通称<LWT>と呼ばれるゲーム。
ゲーム好きとしては、この新作が発売されると知ってとても興味を持った。
運良くテストプレイに参加する事もできた。そのゲームの楽しさを知り、張り切って弟と一緒に正式サービス開始に参加を決めた。
元々RPGで生産システムが好きで自由度が高いこのゲームで、ぜひ生産をしてみたいと思ってた。
だから、アバターを設定する時、大体のプレイヤーは美化する傾向だが、自分が作ったアバターは老人に近いアバター。それはゲームの中でも好きな種族ドワーフをイメージしたものだ。
ファンタジー世界では、ドワーフは生産が得意な職人として描かれていることが多い。リアルでの仕事も職人みたいなものがあって、親近感を抱いてた。
カスタマイズは体格などに苦労した。年齢はざっと20年後というところか。ドワーフといったら年寄のイメージだ。しかも渋い。そうなればいいという願望もある。
テストプレイの時から一緒に参加している弟は、ノリで双子のようなアバターを作成。おかげで、テストプレイの時から職人プレイヤーとして「ドガ兄弟」と呼ばれるようになっていた。
弟はリアルでの夢でもあった鍛冶屋をするという。どうせなら、二人で店を持つのがゲームの最終目的だ。現実ではなかなか厳しいものだが、ゲームの中では実現できるのだ。
ゲームを開始後、2週間程のテストプレイと違ったことが起こった。沢山のプレイヤーが参加したことによって、まず生産関連の素材の流通が激減してしまった。
一斉に開始した生産を志すプレイヤーが、技能上げに素材を求めたのだから、当然かもしれない。テストプレイはやっぱりテストだった。流通システムが未実装だったから、自由に素材を得ることができた。正式にゲームが始まれば、流通という概念が組み込まれていた。リアルちゃリアルだが、生産職プレイヤーは悲鳴を上げる事になった。戦闘メインのプレイヤーも、技能上げに効率ばかりで素材を気にしちゃいない。
そこで、なけなしの素材で初期装備よりましなものを作成し、自ら素材を狩りに行くことになったのだ。
弟と一緒に素材狩りへと行ったのだが、二人とも初期技能の半分は生産関連だ。俺自身も<弓><器用補正><裁縫><染色><錬金術><鑑定>等だ。
戦闘能力が足りなく、さんざんな目にあってしまった。弟のジンガは一日目にして、死に戻りを経験してしまった。途方に暮れて何気なく立ち寄ったのが「道草亭」だった。
このゲームは本当に凄い。戦闘もリアルさながらだが、味覚等の再現もだ。注文したエールの美味しさは本物と違わない。その日の狩りの残念な結果を癒そうと、エールのグラスを傾けていた時だった。
店に入った時から、酒場の喧騒ともいえる音に混じって、ギターの音色のような音が響いていた。
心地よい音だ。酒場が雇った詩人だろうと思っていた。ファンタジーでよくある光景だよな、と。
けれどな? あのなんとも言えない旋律が聞こえてきたときには、思わずエールを噴いてしまった。
それは小学校の運動会の度に踊らされた、フォークダンスの旋律。異国情緒あふれる楽器の音だが、間違いなかった。思わずその旋律の原因を見れば、若い女だった。
歳の頃は20代半前ぐらいか。落ち着いた艶の銀色の髪。肩下までの長さの髪は、身体でリズムを取る度さらさらと揺れている。細いしなやかな指が楽しげに楽器を弾いている。
その顔は整ってはいるが、特別美人という程でもない。失礼な言い方をすれば、雰囲気で綺麗に見えるタイプか? ごく普通な感じだ。けれど、その表情が魅力的だった。口元に笑窪をつくってなんとも楽しげに、曲を弾く様子に目がひかれた。
さらに酔っ払いの扱いに慣れたもので、言葉巧みにあしらう姿にも目がいってしまった。だから少し声がかけづらく、プレイヤーか? ぶしつけに聞いてしまったのだ。けれども、彼女は気を悪くする様子もなく、プレイヤーとして名前を教えてくれた。
エールを奢ってもらいながら、話をすると吟遊詩人を目指しているという。なんというネタプレイ…… いや、ドワーフもどきをしている自分が、言えたことないが。
しかも「儂」という、なりきる為の口調にも気にしないようだ。テストプレイでは馬鹿にされたこともあったのだが。
人を相手にする詩人をしたいというだけあってか、それとも元々人懐っこい性格なのか、気づくと懐に飛び込んでいる。エールを飲み終える頃には、すっかり友人のような感覚だった。そして、一緒に狩りにいくことになった。――それは驚きの連続だった。
まずは、待ち合わせで噴水広場で歌っていた彼女。NPCと思うほど、景色に溶け込んでいた。
しかも、プレイヤーがまだ知らない事を歌っている。これは新しい情報と気づいた者もいたみたいだ。
NPCの詩人と思っているかもしれないが。だから、人がいるところで堂々と声をかけた。
彼女は気づいていないが、プレイヤーだったことを驚いていた者が何人かいたようだ。
バードだから戦力にならないと言っていた。だが、実際狩りに行けば、レベルは低いらしいが精霊魔法を上手く運用している。
テストプレイでは挫折者が多かった精霊魔法をだ。しかも、接近された時は、見事な捌きで杖を振っている。精霊魔法が発動せず羊が暴れた時、眉間を一打ちしたのは見事だった。
武術をやっていたのかと聞いたら、お転婆だっただけと冗談をいっていた。いや、お転婆のレベルか?
そして彼女が発案した。ドロップしなければ直接ゲットすればいいじゃない、というもの。
どういうことだ? と思った。ゲーム意識が強くて、敵からアイテムをドロップさせることばかりを考えていたのだ。まさか、巨大な羊から、鋏で毛を刈ることになるなんて思ってもみなかった。見事手に入ったがな。
目から鱗だといったところか。素材を直接剥げることを、狩り重視組が知ったらどうなることやら。
生産仲間と素材を売りにくるプレイヤーに徐々に知れ渡るように教えていくことにしよう。有益な情報の出所をさぐられるのは、ゲームを純粋に楽しんでいる彼女に迷惑をかけると思ったからだ。
本人は2つ返事でプレイヤーに知られる事を許可してくれたが、有益な情報が他を出し抜けるとわかっているのか? いや、出し抜くとか考えるどころか、やはり純粋に楽しんでいるんだろうな。
どこか毒気が抜けた気がする。大人げもなく、この第二の世界を楽しみたくなるってもんだ。
後から公式掲示板に、知己のプレイヤーが公開していたが、彼女の許可はとっているのだろう。
さらには、狩り中に新しい称号を貰っているのも目撃した。実はそれが二つ目だということもわかった。どうなっているんだ、という感じだな。掲示板で初日早々に、名前は発表されていたが称号を得たプレイヤーは誰だと話題になっていたのだが。
本人はまぐれよね。と呑気な感じだ。なんというか、バードとして如何にプレイをするかの彼女は、ぶれないといったところか。それがまた痛快というか、ゲームの自由な楽しみ方を、改めて教えてくれた。
だから、装備を頼まれた時は、思わず気合を入れて作ってしまった。かなり良い装備が出来た。
渡す時も、彼女には内緒だが素材費だけで着てもらうことにした。子供のように喜んでくれるのが、生産技能を上げてて良かったと思った。
そのあと、装備を無料で渡したほうがよかったと思える情報をくれたけれどもな。
それはゲームの中でさまざまな種族がいることだ。図書館で偶然知ったのよ。会えるの楽しみと、朗らかに笑う彼女を見て……このプレイヤーは絶対知らず知らずに、他のプレイヤーに影響を与えるに違いないと思ったな。
彼女がまったく意図してなかったり、偶然の産物というのが、また楽しくてしかたがない。
今後も、彼女とフレンドとして付き合っていくのかと思えば、とても楽しみだろう。
もっともっと、このゲームの自由さを味わえると思った。
しかし……あの酒の強さはなんだ。リアルでも酒が強いほうだったのだが。
気づくと潰れていたんだが――どうなってるんだ?