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警衛高校の作家《リライター》  作者: 稲宮鹿
第2巻 時代遅れの怪盗
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第六章 遊水の都 (3)



 食後の休憩を挟んでから、四人で案内図を広げた。

 絶叫系へ向かうには腹が重いし、外を歩き回るには暑すぎる。最初に口を開いた千歳も、俺と同じ考えだった。


「まずは冷房の効いてる所がいいです。激しく動かないやつで」

「賛成だな。輝夜は?」

「私も。少し涼しい所で休みたいな」

「それなら、アイスルームはどう? 真夏でも氷点下ですって」

「そこまで冷やせとは言ってない。こっちのお化け屋敷なら、普通に冷房が効いてるんじゃないか」

「お化け屋敷ですか。私、あれはあんまり好きじゃないです」

「怖いのか?」

「敵が出てくるのに倒せないじゃないですか。一方的に驚かされるだけって、理不尽ですよ」

「私もパスね。お化けなんかよりも人間の方が余程怖いわ」

「お化け屋敷に何を求めているんだ」


 エイルは案内図のアイスルームを指で叩いた。


「私はこっちにするわ。雪名も来る?」

「行くです! 寒すぎたら、エイルさんに温めてもらいます」

「便利家電みたいに扱うなよ」


 俺の言葉を聞かなかったことにして、千歳がエイルへ笑いかける。

 残る輝夜へ顔を向けると、お化け屋敷の写真を見つめたまま固まっていた。


「輝夜は、どうする?」

「え? 私は、その——もう少し休んでてもいいかなって」

「歩くだけなら平気だろ。お化け屋敷は近いし」

「光希くん。どうして行き先が決まったみたいになってるの?」


 案内図を押さえる指に、力が籠もった。

 俺とエイルが顔を見合わせる。その横で千歳も口元を緩める。


「三嘉月さん、もしかしてお化けが苦手なの?」

「お、お化け屋敷なんだよ! 『お化け』の『屋敷』なんだよ! 呪われるよ憑かれるよ殺されるよ!」

「よし、俺と輝夜はお化け屋敷、お前らはアイスルーム。出たらここで合流するか」

「光希くん、今の話、ちゃんと聞いてた?!」


 聞いていたとも。

 いつも俺を起こし、勉強しろと世話を焼く輝夜が、今日は珍しく困っている。もう少しくらい見てみたくなるのは仕方ない。


「雪名、行きましょう。二人を待たせないようにね」

「了解です! 先輩、輝夜さんをお願いしますです」

「任せろ」

「その返事が一番心配なんだけど!」


 二人は笑いを堪えながら、アイスルームへ向かっていった。

 輝夜はその背中を見送り、次に俺を見る。


「——本当に行くの?」

「入口まで行って、無理そうならやめればいいさ」


 それでも不安そうな輝夜と並び、俺はお化け屋敷へ続く道を歩き出した。


             ※


 お化け屋敷の入口には、古びた屋敷を模した門があった。窓には板が打ちつけられ、軒下では破れた提灯が揺れている。中から悲鳴が聞こえるたびに、隣の輝夜の歩幅が小さくなった。


「——入口から、もう怖いんだけど」

「やめとくか?」

「——途中で置いていかない?」

「置いていかない」

「じゃあ、行く。でも、先に走っていくのも駄目だからね」


 念を押してから、輝夜は俺のシャツを掴んだ。まだ門を潜っただけだというのに、なかなか力強い。

 係員の説明を聞いている間も離す気配はなく、二人で入口の幕を抜ける。


「幽霊が苦手だとは思わなかったな」

「私にだって怖い物くらいあるよ。光希くんも、寝てる間に身体を幽霊に乗っ取られたらって考えてみてよ」

「寝てる間まで働かされるのは御免だな」

「そういう話じゃなくて!」


 俺の場合、幽霊がいるなら会ってみたい気持ちもあった。

 特に——あの名も知らぬ少女に。

 そんなことを考えながら進むと、暗がりに青白い火の玉が浮かび上がった。足元の灯りと合わせて、通路がぼんやりと照らされている。

 本物の火球を見慣れた俺には、大人しい光だった。


「ねえ、今、何か動かなかった?」

「そりゃ動くだろ。何も出なかったら、お化け屋敷にならないぞ」

「分かってるけど、言わなくていいよ!」


 曲がり角へ差し掛かった瞬間、雷鳴と共に天井が光った。物陰から白装束の女が飛び出し、長い髪を振り乱しながら目の前を横切っていく。


 輝夜が悲鳴を上げ、俺の腕を掴んだ。俺まで一緒に飛び退き、壁へ肩をぶつけかけたところで踏み止まる。しがみついてきた輝夜を見下ろした。


「落ち着け。もう通り過ぎたぞ」

「浮いてた! 今の人、足がついてなかったよ!」

「上を見てみろ」

「——上?」


 恐る恐る顔を上げた輝夜の頭上には細いレールが走り、白装束から伸びた支柱が、その先へ滑っていくところだった。


「吊って動かしてるんだよ。よくできてるな」

「そ、そっか。そうだよね。作り物なんだよね」


 輝夜が息を吐いた直後、頭上を黒い影が掠めた。

 羽ばたく音に天井を見やると、小さな影が旋回し、梁の向こうへ消えていく。


「——蝙蝠?」

「きゃっ! 今度は本物なの?!」

「たぶんな。ほら、もういない」


 あれまで仕掛けだとしたら大したものだが、生き物にしか見えなかった。どこかから迷い込んだのか。出口で係員に伝えておくことにしよう。

 その後も、戸棚が開くたび、壁から手が伸びるたびに、輝夜は俺の腕を引っ張った。暗がりを警戒して歩くことには慣れているが、味方から不意打ちを食らうのは想定外である。

 出口の幕が見えてきた頃には、俺も少しだけ安堵していた。


「ほら、出口だぞ」

「——もう何も出ない?」

「最後に一体くらい置いてあるかもしれんな」

「そういうこと言うから、ミツキチくんなんだよ!」

「ひどいあだ名をつけるな」

 

 ミツ鬼畜んとは、無理やりすぎる。

 結局、最後の角から飛び出した骸骨にも悲鳴を上げ、輝夜は外へ転がり出るようにして足を止めた。

 眩しさに目を細める横で、細い息が長々と吐き出される。


「叫びすぎて喉が痛い。もう絶対入らないからね」

「分かった。腕は離しても大丈夫だぞ」

「——あ、ごめん」


 慌てて離された腕には、まだ指の感触が残っていた。

 係員へ蝙蝠のことを伝えると、すぐに確認してくれることになった。俺たちが入口から少し離れて待っていると、アイスルームへ向かった二人も戻ってくる。


「お疲れ様。どうだった?」

「楽しめたぞ。主に輝夜で」

「私も見たかったです。輝夜さんが怖がるところ」

「皆、意地悪なんだから。本当に怖かったんだよ?」

「悪かったって。もう連れていかないから」

「——約束だからね」


 念を押され、頷く。

 今日だけで、聞いたことのない声を何種類も聞かせてもらった。これ以上欲張るのはやめておこう。


「そっちはどうだった? 涼めたか?」

「冷凍庫でした。私、食材になった気分だったです」

「だから途中から、雪名と手を繋いで温めてたのよ」

「暖房代わりにされてたのか」

「お陰で無事に生還できたです。エイルさんには足を向けて寝られませんね!」


 千歳はそう言いながら日向へ出た。さっきまで嫌がっていた日差しを、今だけはありがたそうに浴びている。

 その横で輝夜も、お化け屋敷の入口に背を向け、園内の案内図を開いた。


                ※


「次は、これにしない?」


 エイルが案内図を指差した。移動する乗り物に座り、銃で的を撃つアトラクションだ。

 輝夜と千歳は休んでいたいとのことだったので、二人を近くの休憩場所へ残し、俺とエイルで向かうことにする。

 入口の看板には、銃を持った珍妙な生き物が描かれていた。黒く長い頭に、富士山を模した三角形の胴体。笑顔のつもりか知らんが、口の位置からして既に不安になる。


「何だ、この生き物」

「フジスケくんよ。ここのマスコット」

「初めて見たぞ」

「さっきも歩いてたじゃない。光希が目を逸らしたやつ」

「——あれか」


 思い出した。

 遠くから見ても気味が悪かったので、近づかないようにしたのだ。俺の判断は正しかった。輝夜には悪いが、お化け屋敷より余程こいつの方が不気味だ。


「最高記録を更新すると、ぬいぐるみが貰えるんですって」

「罰ゲームじゃないか」

「失礼ね。よく見ると可愛いでしょう?」

「よく見たくないんだよ」


 エイルは呆れたように俺を見てから、入口の列へ並んだ。

 順番を待つ間にルールへ目を通す。二人でトロッコに乗り、鰻に紛れて現れる蛇を撃つ。蛇を撃てば得点、鰻を撃てば減点。

 隣に描かれた見本を見る限り、どちらも黒くて細長い。違いは牙の有無くらいだった。同じ的を二人で狙い、先に当てた方へ点が入る仕組みだ。


「せっかくだし、勝負するか?」

「いいわね。負けた方が、勝った方の言うことを一つ聞くのはどう?」

「後悔するなよ」

「それはこっちの台詞よ。光希の腕は知ってるけど、私だって負けるつもりはないもの」


 言い終えたところで係員に呼ばれ、二人並んでトロッコへ乗り込む。

 手に取った銃は軽かった。台座から伸びたコードが繋がっているし、狙いをつける感覚も本物とは違うはずだ。それでも、引き金と照準があれば十分だ。

 安全バーが下り、トロッコが動き始めた。


『皆、助けて! 僕たちの国に蛇が入り込んじゃったんだ!』


 正面の画面にフジスケくんが現れた。

 鰻の国を蛇の侵略から守る設定か。守るべき住民と敵兵が酷似している。誤射を防ぐ訓練にはうってつけだ。


「間違えて鰻を撃つんじゃないぞ」

「光希こそ、ぬいぐるみが嫌だからって見境なく撃たないでよ」


 開始のブザーと共に、岩陰から蛇が飛び出した。

 照準を合わせ、引き金を引く。的が倒れ、手元の表示に点数が加算された。ほぼ同時に、隣でも電子音が鳴る。

 最初の数体は互角。次の曲がり角へ差し掛かる頃には、俺がわずかに先行していた。


「遅れてるぞ」

「まだ始まったばかりでしょう」


 エイルは前を向いたまま、立て続けに的を倒していく。

 俺も負けじと銃口を動かした。壁際の蛇、天井から逆さに下がる蛇、足元の穴から顔を出す蛇。狙う場所が低くなったかと思えば、今度は背後から音がする。


「今の音、どこだ?」

「光希、後ろ!」

「バックアタックまであるのかよ」


 振り返って一体を撃つ。その間にも、エイルの得点は増えていた。


「あら、前も空いてるわね」


 親切に教えてくれたわけではなかったか。

 前方へ向き直り、開いた岩の隙間へ狙いを定める。

 蛇が現れた、その瞬間。隣から先に撃たれた的が倒れ、俺の照準の奥から鰻が顔を出した。

 引き金は、もう引いていた。

 耳障りな警告音が鳴り、俺の得点が一気に減った。


「——お前、今わざとやっただろ」

「あら、仲間を撃ったの? よく見て撃たないと駄目じゃない」

「言ってくれるな」

「さっきの忠告、そのまま返すわ」


 横目に見えた顔は、楽しそうだった。

 悪かったな。俺も、玩具の銃で負けてやるほど大人ではない。

 さっきのように、エイルの銃口を追いかけていては後手に回る。俺は銃を構え直し、あいつが狙った的は任せ、その先で開きかけていた扉へ銃口を置いた。

 出現した蛇を倒し、次へ移る。今度は二人の照準が重なったが、俺の方が早かった。的が倒れ、俺の表示に点が加わる。

 狙いをつけてから撃つまでの感覚も、やっと掴めてきた。遠くの的へ大きく銃を振らず、近い物から先に取る。エイルが銃口を向け直す前に、もう一体。

 同じ的を奪い合うたび、少しずつ点差が縮まっていった。


「——追いつくのが早いのよ」

「まだ終わってないぞ」


 最後の区画へ入る頃には、得点差はわずかになっていた。

 左右の壁から次々と的が現れ、電子音が途切れなく重なる。隣からも同じ速さで音が鳴り、どちらが上か確認する余裕はない。

 トロッコが止まる寸前、正面の看板の裏から蛇が顔を出した。

 引き金を引く。

 的が倒れ、終了のブザーが響いた。

 表示された最終得点は、俺が最後の一体分だけ上回っていた。

 二人とも、それまでの最高記録を超えていた。


 景品を受け取って出口へ向かうと、隣から不満そうな声がした。


「納得いかないわ」


 いつぞやの体育の時と同じ台詞を、エイルが呟いた。

 その腕にはフジスケくんが抱えられている。俺の手にも、同じぬいぐるみが一つあった。

 係員には驚かれたが、記録は残さないよう頼んでおいた。俺たちの得点を基準にされては、この後に遊ぶ子供たちが景品を貰えなくなってしまう。


「さて、何をさせるかな」

「セクハラと、仕事を押し付けるのだけはなしよ。それ以外なら聞くわ」


 何でもと言っていた割に、注文の多い敗者だった。

 別に、最初からエイルに何かをさせたかったわけではない。こいつが勝てば俺に何を吹っ掛けてくるか分からなかったので、本気で勝ちにいっただけだ。

 とはいえ、せっかく手に入れた権利を捨てるのも惜しい。


「ま、そのうち使わせてもらうさ」

「——忘れてくれても構わないのよ?」


 残念ながら、こういうことは忘れない。

 俺は返事の代わりに鼻で笑い、エイルと並んで歩いた。

 二人の待つ休憩場所へ戻った。


                 ※


 射撃の景品を渡すと、千歳はフジスケくんの顔を正面から眺め、ゆっくり裏返した。


「先輩。これ、どういう気持ちで受け取ればいいですか?」

「俺も渡し方には悩んだ。とりあえず勝利の証だと思ってくれ」

「そういうことなら、ありがたく貰っておくです」

「見てると、だんだん可愛く思えてくるよ。ね、琴乃葉さん」

「でしょう? 光希は分かってないのよ」


 輝夜はエイルから受け取った一体を膝へ乗せ、傾いた頭を直してやっていた。

 並べられた二体と目が合う。これが気にならなくなるまでには、まだ時間がかかりそうだ。

 休憩を終えた後は、四人で園内を回った。

 魚の展示では、千歳が水槽の前で足を止めるたびに、エイルも隣から覗き込む。次に何へ乗るか決める時には、輝夜が必ず所要時間と待ち時間を確かめていた。お化け屋敷だけは候補から外すよう、俺への念押しも忘れない。

 俺も一応は協力した。途中で座れる物を提案すると、歩き疲れてきた二人からは好評だった。

 そうしているうちに日は暮れ、園内は色とりどりの灯りに包まれていた。

 日差しがなくなった分、歩きやすくはなったものの、足の疲れまで消えるわけではない。空いたベンチへ腰を下ろすと、千歳もぬいぐるみを抱えて隣へ座った。


「楽しかったですけど、足が限界です」

「流れるプールへ戻るか。立ってなくても一周できるぞ」

「もうプールは終わってるよ、光希くん。帰りの支度をしてた人もいたし」


 輝夜が案内図から顔を上げた。

 時計を見ると、十九時を少し回っている。朝から遊んでいたはずなのに、まだ行っていない場所がいくつも残っていた。


「そろそろ帰るか?」


 俺の問いに、エイルは通路の向こうを指差した。

 建物の屋根越しに、観覧車が見える。輪郭を縁取る照明が夜空に浮かび、その内側をゴンドラが緩やかに上がっていくところだった。


「せっかくだもの、最後にもう一つくらい乗りましょう。あれなら座ったまま景色を楽しめるわ」

「賛成です! 今なら、一周どころか三周くらいできるです」

「座りたいだけじゃないか。三周する前に寝るなよ」

「先輩こそ、本を開いちゃ駄目ですからね。景色を見るんですよ」

「この暗さじゃ読めんさ」

「明るかったら読むつもりだったのね」


 エイルに呆れられ、リュックを背負い直す。

 ベンチから立つと、座っている間に休めていた足が、少しだけ動きたくないと訴えた。気持ちは分かるが、最後の一つくらいは付き合おう。

 観覧車へ向かう途中、千歳が携帯を取り出した。

 頭上に渡された電球や、光る噴水へ何度もカメラを向ける。その隣では輝夜も足を止め、昼間とは違う園内を眺めていた。

 俺とエイルは少し先で二人を待つ。


「上からだと、もっと綺麗に見えそうね」

「見たいなら、先に並んでくれてもいいぞ」

「四人で来たんだから、待つわよ。それくらい」


 当たり前のことのように言って、エイルは二人へ顔を向けた。

 俺も急かさずに待つことにする。後ろから追いついてきた千歳が写真を見せ、輝夜が、今度は上から撮ろうと笑った。

 入口の案内を見る限り、四人で乗っても問題はない。

 ならば分かれる必要もないと思ったのだが、千歳は早速、乗り場の方へ身を乗り出していた。


「二人ずつ乗りませんですか? その方が両側の景色が見やすそうです!」

「いいわよ。でも、組み合わせはどうする?」

「じゃんけんで決めればいいんじゃない? 二人ずつになるまでやって」


 輝夜の提案で、入口の脇へ寄って手を出す。

 一度目は、俺だけが負けた。組み分けには使えない結果なのに、千歳が妙に嬉しそうな顔をする。


「先輩、射撃で運を使い果たしましたね」

「射撃は運だけじゃないでしょう」

「お前に言ったんじゃないだろ。ほら、もう一回だ」


 二度目に手を出すと、俺と千歳がグー。エイルと輝夜がチョキだった。


 組み合わせが決まり、四人で乗り場へ並ぶ。

 千歳はさっきまでの疲れを忘れたように、上がっていくゴンドラを見上げていた。

 今日歩いた場所が一望できる高さだ。俺はリュックを肩に掛け直し、前の組に続いて乗り場へ進んだ。


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