第五十五話 世界に雨を降らせた男
白い世界に。
小さな芽が揺れていた。
風はない。
音もない。
それでも。
その芽だけは確かに生きていた。
レインはしゃがみ込み、芽を見る。
「……元気がないな」
フィオが首を傾げる。
「え?」
「世界の始まりの場所で、最初の生命を見て言うことそれ?」
レインは土を触る。
「土はある」
「でも乾いてる」
「これじゃ育たない」
ゼルが呆れたように笑う。
「世界を救うより先に植物の心配か」
レインは当然のように答える。
「だって今、一番大事だろ」
光の存在がレインを見る。
『理解不能』
『世界構造を優先すべき』
レインは首を傾げる。
「世界ってさ」
「結局、生き物が暮らす場所だろ?」
沈黙。
『……』
「なら」
「最初の一個を大事にした方がいい」
少女が小さく笑う。
「変わらないね」
レインが見る。
「何が?」
「昔から」
「あなたはいつもそうだった」
少女が白い空を見る。
「世界が壊れていても」
「敵がいても」
「終わりが迫っていても」
「最初に見るものはいつも同じ」
レインは考える。
「何?」
少女は答える。
「育つもの」
しかし。
問題は水だった。
この場所には雨という概念がない。
雲もない。
空すら存在しない。
ゼルが言う。
「どうする?」
「魔法で出す?」
ソレアが首を振る。
『無理だ』
『ここには魔法の法則がない』
フィオが困る。
「じゃあ水はどこから?」
レインは空を見る。
何もない白い空。
そして。
鍬を握った。
「作る」
全員が止まる。
「……何を?」
レインは答える。
「雨」
光の存在が反応する。
『不可能』
『雨とは水循環による自然現象』
『水源、蒸発、雲、降下』
『必要条件不足』
レインは頷く。
「そうか」
「じゃあ」
「作ればいい」
鍬を地面に突き立てる。
ザクッ。
土が少しだけ盛り上がる。
レインはそこに手を置く。
「水が流れる場所」
「植物が飲める場所」
「命が続く場所」
想像する。
まだ存在しないものを。
世界が震えた。
『未定義概念発生』
『解析不能』
白い空間に。
初めて小さな雲が生まれる。
ほんの小さな雲。
でも。
この世界で初めて「空」ができた。
フィオが驚く。
「空まで作ったの……?」
レインは首を振る。
「違う」
「雨を降らせたかっただけ」
ゼルが笑う。
「結果が大きすぎるんだよ」
雲がゆっくり動く。
そして。
一滴。
水が落ちた。
ポツン。
芽の葉に当たる。
その瞬間。
小さな芽が伸びた。
ほんの少し。
でも確かに。
喜ぶように。
光の存在が静かに言う。
『記録更新』
『第二概念発生』
『水』
少し間。
『第三概念発生』
『成長』
少女がレインを見る。
「あなたは知らないうちに」
「世界を作っている」
レインは首を傾げる。
「そうか?」
「畑作ってるだけだけど」
フィオが笑う。
「その考え方が一番怖いんだよ」
しかし。
遠くで何かが動いた。
白い世界の外側。
管理者の声。
『警告』
『新規概念増加』
『世界構築速度上昇』
『原因:農民』
レインは雨を浴びながら芽を見る。
そして笑った。
「よし」
「これなら育つ」
小さな雨は。
まだ何もない世界に。
初めての季節を作り始めていた。




