第四十七話 保留の外側
空はまだ裂けている。
だがそこから“何かが落ちてくる”ことはなくなっていた。
代わりに。
じっと見ているだけだ。
◇
畑には静けさが戻っていた。
レインは鍬を肩に乗せたまま、空を見上げる。
「なんかさ」
「ずっと見られてると落ち着かないんだけど」
フィオが即答する。
「今さらでしょそれ」
リゼも頷く。
「ずっとそうだったよ」
ゼルは空を指差す。
「でも前より“近い”気がする」
ソレアが低く言う。
『距離が縮んでる』
◇
その時だった。
空の裂け目が“横に広がった”。
バキ……バキバキ……
縦の亀裂ではない。
横。
まるで“別の層と重なり始める”ように。
◇
フィオが息を呑む。
「また世界増えてない?」
ゼルが即答する。
「増えてるね」
リゼも頷く。
「増えてる」
ソレアは冷静に言う。
『正確には“接続された”』
◇
その瞬間。
裂け目の向こうから“音”がした。
カン。
カン。
金属を叩く音。
次に。
ざっ。
足音。
そして。
声。
『ここ、どこだ?』
◇
全員が固まる。
裂け目の向こうに見えたのは。
新しい世界だった。
だが今までと違う。
勇者でもない。
魔王でもない。
機械でもない。
農民でもない。
“境界そのもの”みたいな空間。
◇
その中から、一人の男が歩いてくる。
黒いコート。
片手に壊れた羅針盤。
目だけが異様に鋭い。
男は周囲を見回し、呟く。
「……統合失敗世界か」
ソレアが反応する。
『誰だ』
男はレインを見る。
そして一瞬だけ笑う。
「なるほど」
「やっと“外側”に出たか」
◇
レインは眉をひそめる。
「外側?」
男は羅針盤を見せる。
針は狂っていた。
ぐるぐる回っている。
「俺は“観測外調整者”だ」
沈黙。
ゼル。
「また知らない単語出た」
◇
男は空を指差す。
「それは管理者じゃない」
「そのさらに上でもない」
「ただの“途中のバグ”だ」
空の裂け目が反応する。
『異常発言』
男は笑う。
「ほら、怒った」
◇
フィオが小声で言う。
「この人、危ない人?」
リゼが即答する。
「たぶん一番危ない」
ソレアが珍しく焦る。
『まずい』
『“外側の存在”はこの世界のルールにいない』
◇
男はレインに歩み寄る。
「お前、面白いな」
「741回全部違う選択をしてる」
レインは鍬を軽く構える。
「それが?」
男は肩をすくめる。
「普通はどれかに収束する」
「お前は“収束しない”」
◇
空の裂け目が広がる。
管理者の目が反応する。
『外部干渉検知』
初めての動揺。
◇
男は空を見上げる。
「だから壊れるんだよ、この世界」
「原因はお前じゃない」
レインは黙る。
男は続ける。
「お前は“結果が残り続けてるだけ”だ」
◇
フィオが呟く。
「どういう意味?」
男は答える。
「世界は何度も作り直されてる」
「でも“全部消えてない”」
「誰かが残してる」
沈黙。
◇
ソレアが顔を上げる。
『まさか……』
男は笑う。
「そう」
「お前らの世界は“誰かの実験”じゃない」
「“途中で止まった作業”だ」
◇
空の裂け目が震える。
管理者が動く。
『排除対象認定』
だが男は一切動じない。
「遅い」
そう言った瞬間。
羅針盤が止まる。
世界の音も止まる。
◇
男はレインを見る。
「お前に一つだけ教えてやる」
少しだけ真剣な顔。
「“耕す”ってのはな」
「世界を作り直す行為だ」
◇
沈黙。
風が戻る。
音が戻る。
だが空の裂け目は一段深くなっていた。
男は背を向ける。
「また会うぞ」
「“保留の中心”」
そう言って裂け目の向こうへ消えた。
◇
残された畑。
レインは鍬を見ている。
フィオが小さく言う。
「今の何だったの」
ゼルが答える。
「ストーリーの中盤で出てくるやばいやつ」
リゼ。
「つまり?」
ソレアは短く言う。
『“まだ上がいる”ってことだ』
◇
空の裂け目は消えない。
むしろ。
少しだけ“整ってきている”。
レインは鍬を肩に乗せる。
「もういいや」
「とりあえず畑やるか」




