第三十八話 管理者権限
空に浮かぶ「目」。
それはただの監視ではなかった。
見ている。
というより。
世界そのものを“操作”していた。
『管理者権限起動』
その声が響いた瞬間。
ギアヘブンの空が一段階暗くなる。
都市中の機械が一斉に停止した。
カチ。
カチ。
カチ。
順番に電源が落ちるように。
エリシアの表情が凍る。
『……権限上書き?』
◇
レインは理解が追いついていなかった。
「何が起きてる」
ソレアが震える声で答える。
『管理者の本体じゃない』
『“上位プロトコル”だ』
「上位?」
『世界システムそのものの更新権限』
フィオが息を呑む。
「つまり……?」
ソレアは短く言った。
『世界を書き換えに来た』
沈黙。
◇
空の巨大な目がゆっくり動く。
ギアヘブンを見下ろす。
そして。
『異物確認』
声が響く。
『鍵保持者:確認』
視線がレインへ刺さる。
重い。
逃げられない。
『削除対象:認定』
即決だった。
「早すぎるだろ!!」
レインが叫ぶ。
その瞬間。
エリシアが動いた。
バッ!!
レインの前に立つ。
『干渉禁止』
鋼の声。
翼が展開。
全砲門起動。
『この世界は私の管理領域です』
『あなたの権限はここでは無効です』
空の目がゆっくり反応する。
『下位個体の抵抗を確認』
その言葉に。
エリシアの指が震えた。
◇
次の瞬間。
空間が“書き換わる”。
地面が消える。
建物が再配置される。
都市の一部が「存在しなかったこと」になる。
「は!?消えた!?」
ゼルが悲鳴を上げる。
『世界編集:実行』
空の声は淡々としていた。
『抵抗ノード:削除』
エリシアの腕が軋む。
『っ……!』
機械の身体が強制停止しかける。
管理者権限は。
あまりにも強すぎた。
◇
その時。
レインの手の中で鍬が震えた。
終端の鍵。
いや。
そのさらに奥。
銀色の刃が光る。
『第二の鍵、同期開始』
地面が反応する。
ギアヘブンの鋼鉄の地面の下から。
“土”が現れた。
ありえないものが現れる。
機械世界に存在しないはずのもの。
泥。
生命。
芽。
ソレアが息を呑む。
『世界層が……ずれている』
空の目が初めて揺れる。
『異常構造検知』
『農業概念:侵入』
レインがぽつりと呟く。
「また農業かよ」
だがその瞬間。
初代農民の声が重なる。
『それでいい』
鍬が光る。
地面が割れる。
そこから。
一本の“根”が伸びる。
空へ向かって。
◇
エリシアが驚く。
『これは……生命反応?』
空の目が初めて警戒する。
『危険度再評価』
『削除対象変更』
そして。
『優先排除:農民』
レイン。
「やっぱり俺か!!」
次の瞬間。
空間が圧縮された。
世界そのものがレイン一点に収束する。
逃げ場はない。
絶対の圧力。
その時だった。
エリシアが叫ぶ。
『私の権限を使います!!』
胸の鍵が砕ける。
銀の光が爆発する。
世界が一瞬だけ止まる。
エリシアがレインを見る。
『行ってください』
『この世界は……まだ育てられます』
そして。
微笑んだ。
『あなたなら』
空間が裂ける。
レインたちが引きずり込まれる。
最後に見えたのは。
空の目に飲み込まれていくエリシアだった。
◇
次の瞬間。
落下。
落下。
落下。
そして。
ドサッ!!
地面。
草。
土。
風。
レインは立ち上がる。
「……戻った?」
周囲を見る。
畑だった。
ただの畑。
だが違う。
空が“壊れている”。
ひび割れたような空。
その向こうに。
巨大な目がまだ見えていた。
そして声。
『次の更新まで待機』
静かに。
世界が“保留状態”に入った。
レインは鍬を握る。
「結局ここかよ」
その隣で。
小さな芽が揺れていた。




