父親たち
「なぁ、あのえげつないくらいイケメンな人さ、メグの……保護者?」
ショーちゃんに魔力を吸い取られてぐったりしているところに、リヒトが聞いてきた。えげつないくらいイケメンって、言い得て妙だ。そういやマスクしてなかったもんね。
「うん。書類上のパパだよ。私を拾ってくれて助けてくれた人って前に話したでしょ? それがギルさん」
「パパって年齢には見えねぇよなぁ。あとめちゃくちゃ強者オーラ出てるし」
目は心配そうにラビィさんを見つつも、驚きと好奇心が勝ったようで、リヒトはそんな事を呟く。たぶん、もうギルさんに頼めば大丈夫だろうって思うからだよね。全てが解決したんじゃないかって思っちゃう、この安心感は尋常じゃない。わかるよ、リヒト。
だからこそ、なんかもう意識手放しちゃいたいくらいしんどいんだけども。ここで倒れちゃうと、この先みんながどうなるのかを見届けられない。あーでもそろそろ限界……
『ご主人様ー! もうすぐ頭領と魔王が来るよ!』
「えっ、お父さんと父様が!?」
しかし、ショーちゃんからの報告に私の意識は引き戻された。あの2人にこの状態で気を失ってる私を見せちゃダメだ。大陸が沈む。耐えろ、私。あと一息!!
「待て、お前父親何人いるんだよ? いい加減にしろ」
リヒトが盛大に顔を引きつらせている。
「大丈夫、父親は3人だけだから」
「父親は3人だけ、とかいう言葉自体おかしいからな?」
そ、そうだよね。私もだいぶ基準がおかしい自覚はある。でも仕方ない、みんな父親なんだもん。
「前に話したでしょ? お父さんが前世の実の父親で、父様が今の実の父親なの」
「で、あのギルさんが書類上の父、か。ややこしいなおい」
「みんな優しいよ?」
そういう問題か? と首を傾げるリヒト。その時、地面が揺れるほどの咆哮が響き渡った。
ビリビリと肌で感じる威圧感に、リヒトやロニーが身を強張らせた。けど、私はこの正体を知ってる。というか慣れたものである。私には効かない威圧だしね。
「大丈夫。あれは……」
「ひっ、あ、あれ……魔王様、だ……!」
なるほど、鉱山にいたロニーは父様を見た事があるっぽい。緊張でガチガチに固まっている。
「ま、魔王!? なんで魔王がこんなとこに……」
リヒトが怯えたようにそう口にする。あ、そっか。これはまだ言ってなかったね。
「だって、魔王が父様だから」
サラッと私がそう言うと、数秒の間を置いて2人が絶叫した。え、えへ?
そうして駆け込んできたのは3人。お父さんと父様と、あとあれは受付にいつもいるアドルさんだ。
3人は私を見てピタリと止まると、それぞれ違う反応を見せてくれた。
「め、メグさん! 急いで医療チームに見せないと!」
最も冷静かつ的確な行動に出たアドルさんは、慌てて私の元へと駆け寄った。
「め、ぐ……!?」
ワナワナと震えて蒼褪め、この状況をすぐには飲み込めていないのがお父さん。
そして、父様は。
「────!!」
卒倒した。
なんでぇぇぇぇ!? 倒れたいのはこっちなんですけどぉぉぉぉ!? 残念魔王は健在だ!
「だ、大丈夫です、アドルさん。ギルさんが、応急手当てしてくれたから」
「で、でも、これは酷すぎます……! 早くちゃんとした治療をしないと、傷痕が残りかねませんし!」
アドルさんの言葉にピクリと反応したお父さんが我に返った。あ、暴れないでね……?
「……それは由々しき事態だ。今すぐギルドに戻るぞ」
「ま、まままま待ってください! 私たちはこの無残に倒れている者たちを運ばなきゃいけないんですよ!? 皇帝との約束じゃないですかっ!」
暴走し始めたお父さんをアドルさんが必死に止めた。っていうか皇帝!? ど、どんな約束をしたんだろう。
「うるせぇ、こんな雑魚どーでもいい!! 灰も残らず焼き尽くせ!」
「む、焼き払うか?」
「やめてくださいってば! 魔王様もこのタイミングで目覚めないでくださいよ! あーもう!!」
焼き尽くす、という単語にムクリと起き上がった父様は、目も据わっていてホラー感満載。こ、怖い……! リヒトとロニーが身を寄せ合って怯えてるじゃないか。
ああ、アドルさんは道中ずっとこの人たちの面倒を見てくれていたんだね。お姉さん、涙が出そうだよ!
「頭領」
そこへ、ラビィさんの手当てを終えたギルさんがやってきた。良かった、ギルさんも止めて……
「焼き尽くすなら、屋外にしてくれ」
「ダメだよ!?」
ギルさんもまだ激おこモードでした。私はこの保護者たちを甘く見ていたようだ。はぁ、倒れる前にあともう一仕事しますかね、やれやれ。
「……というわけだから、私はちゃんと最後まで、決着がつくまで見届けたいの。焼き払っちゃダメ! わかった!?」
掻い摘んでザッと説明した私。父親たちを座らせ、腰に手を当ててプンスカお説教中です! アドルさんが感動の涙を流している。ほんと、うちの父たちがご迷惑おかけしましたっ!
「なんか、メグ、頼もしくなってるな……?」
「娘の成長か。願わくばこの目で過程を見届けたかったぞ……!」
「……すまん。我を忘れかけた」
謝ったのはギルさんだけである。この2人は反省の色が見えないな。まったくもう。
「お父さんたちはそれぞれでやらなきゃいけないことあるでしょ? だからちゃんとそれを、やら、な……」
あれ? あれれれれ? なんだか力が入らない。説教中に意識がフワフワしてきた。もう本当に限界なんだな、私。
「っと。まったく、無理しやがって」
そんな私をお父さんが受け止めてくれる。まだ意識はあるけど、もう指一本動かせそうにないや。えへへ、ごめんね、お父さん。
「お前たちも、まだ子どもなんだ。無理はよくないぞ?」
「えっ、いや、でも俺は……」
「ふむ。お前、家は? 送り届けてやるが、その前にちゃんとした治療をしないとな。一度預かる事を家の人に言わなきゃいけねぇし」
お父さんの質問に、リヒトは口ごもる。すると、お父さんは何かに勘付いたようで、リヒトの頭をくしゃりと撫でた。
「……ま、後のことは後で考えるとしようぜ。安心しろ、ちゃんとあの女冒険者も一緒に治療してやる。大丈夫だ……よく頑張ったな」
後は任せろ、と言うお父さんの力強い言葉を聞いて、リヒトはどんな反応をみせたかな? 涙ぐんだりしてるかな? 私には確認できないけど、優しい空気に包まれているのは雰囲気でわかった。
「あの。僕は、帰る場所が……あって」
「ああ、お前のことはお前の父親から頼まれてる。ロナウドで間違いないな?」
「えっ、あっ……そう、です」
お父さんが今度はロニーの元に向かう。その途中で私はギルさんの腕に渡された。お父さんには悪いけど、抱っこマイスターたる私的にナンバーワンの腕の中はやはり違う。秒で寝ちゃいそう。
「お前の親父に交渉してやる。ひとまず俺のギルドに来い。その火傷の痕くらいなら完璧に消せる医療チームがうちにはいるからな。その後の事は……自分で決めるんだ」
「え……」
ロニーの驚く声が聞こえた。お父さんって、人の事を見透かしたような事言うよね。昔っからそうなんだ。いつも1番欲しい言葉をくれるの。
「お前も戦ったんだろ? 言わなくてもなんとなくわかる。ひと回りもふた回りも成長したお前なら……自分のこれからの事も決められるだろうよ」
「僕のこと、何か聞いた、の?」
「いや。ドワーフにしては珍しく、鉱山より森にいたがる変わり者だ、って事くらいだな」
お父さんの言葉を聞いて、ロニーはなんだか複雑そうに黙ってしまう。……どういうことだろう?
「うちのギルドにもドワーフが1人いるんだがな」
「えっ、ギルドに? 人の多い場所なのに……」
カーターさんのことだ。でも、ロニーの反応からみるに、ドワーフは通常、人との馴れ合いはしないのかもしれない。
「変わり者のドワーフだろ? 案外いるもんなんだぜ? そういう自分の道を自分で見つける奴ってのは」
きっとニッと無邪気な笑顔を見せてるんだろうな。ロニーの事情はわからないけど、お父さんの言葉で少し気が楽になってくれてたらいいな。
お前も少し休め、とお父さんがロニーに言ったところで、私もようやく安心して眠りについた。





