懐かしい温もり
真っ暗闇だ。けど、あったかい。私は知ってる、この温かさ。闇じゃないんだよね。これは、影。
「ギル、さん……」
私がその名を呼ぶと、次第に影が晴れていった。目の前には、ずっと会いたかった人の後ろ姿。リヒトやロニーがポカンとして座り込んでいる。
ギルさん。ギルさんだ。
本当に、来てくれた。潤みそうになる目をパチパチと瞬きする事で堪える。再会を喜ぶのは、もう少しだけお預けだっ!
私は周囲の状況をザッと観察する。まず……えっと、ゴードンが、ギルさんを前に白くなっていた。
え、あれゴードンだよね?
いや、本当に白いんだよ。40代半ばくらいのゴードンだったけど、髪はちゃんと焦げ茶だったし、同じ色の髭だって立派だった。モサモサだったけど。
なのに、今目の前にいるゴードンは髪も髭も真っ白になっていて、見ているこっちが可哀想になるくらいガタガタ震えている。心なしか痩せたようにさえ見えるのだ。
少し考えて、私は気付いた。ゴードンは、ギルさんの殺気にあてられたんだって。何もしてないのに、殺気だけでゴードンは死を覚悟したんだ。
それほどの、恐怖。それほどの、力量差。
ふと周りに目を向けてみれば、あんなにいたお仲間たちも何人か髪を真っ白にさせていたし、白目を剥いて気絶している人や、泡を吹いている人も半分以上いる。
つくづく、規格外な実力の持ち主なんだなぁ、私の保護者様たちって。自分たちがこれだけ苦労して、こんな有様だからこそ、それを痛いほど実感させられたよ。
「誰が、メグに、こんな傷を負わせた……っ!?」
はっ!? 怒りの原因は、私だったー! 私は改めて自分を見下ろした。
殴られて頰は腫れてるわ、両手足は火傷で酷いことになってるわ、足から血が止めどなく流れてるわ、リヒトの血で手も服も血まみれだわで……わぉ、スプラッタ!
あ、よく見なくても私、かなり重傷なんじゃ……? こう、アドレナリンが出てたのかな? あまり感じなかったけど、今になって足がめちゃくちゃ痛くなってきたし、なんか色々しんどい!
こんな姿を、ちょっと膝を擦りむいたくらいで大騒ぎする保護者に見られたら……!?
うん、そうなりマスヨネー。……ダメダメ現実逃避しちゃ! ど、どうやってこの場を収めよう!? 今までで1番の難題だっ!
「あ、あの……メグの、知り合い、ですか」
そんな混沌とした空気をどうにか打ち破ってくれたのはリヒトだった。使い慣れてないくせに、なぜか敬語になっているのは仕方ない。むしろ、この状態のギルさんに話しかけられる勇気に盛大な拍手を贈りたい! しかも声を出すのもやっとな重傷なのに!
「助けに、来てくれた、んですよね……? なら、まず、メグの手当てを、してやってくれ、ませんか……」
辿々しくそう告げるリヒトの声で、ようやくギルさんが振り向いてくれた。魔物型の時のようなギラギラとした瞳。それを見てリヒトもロニーも一瞬ひっ、と声を上げている。
ギルさんは一度目を閉じ、それからゆっくりと開いた。次第にいつもの人らしい目に戻っていく。ほっ、良かった。それよりも!
「リヒトが、重傷なの! お願いギルさん!」
「いや、俺は、いいから、メグが……」
違う、そうじゃないの。リヒトは黙ってて! 私はリヒトに向かって手でストップ! と制してギルさんに訴えた。
「魔力、ちょーだい!!」
未だに難しい顔をしていたギルさんが、私の言葉で呆気にとられたかのように数秒停止した。だって仕方ないじゃない! 魔力さえ回復すれば、シズクちゃんに魔力を渡して回復薬をお願い出来るもん! 手持ちのだけじゃ、絶対足りないからね。だから私は遠慮などしないのだ。目的のためには容赦なく魔力を吸い取る、ショーちゃんの気持ちがよくわかった。
「……わかった。一度皆、回復させよう。俺は治療系魔術は苦手だ。非常に不本意だが、メグを頼るほかない。だが、その前に」
ギルさんは一度そこで言葉を切ると、恐る恐るといった手つきで私に手を伸ばしてきた。
「すまない……すまない……っ! 守って、やれなくて……!」
力強く、それでいて私の怪我に負担をかけない絶妙な力加減でギルさんは私を抱きしめる。ああ、懐かしいな、この温もり。心配させてしまったんだなぁって、思った。それと、またギルさんを怖がらせてしまったんだって、胸がぎゅーって締め付けられた。
だって、あのギルさんが、小刻みに震えているんだもん。
私はそっと手を伸ばし、ギルさんの背中をさする。
「でも、助けにきてくれた。ちゃんと、間に合ったよ、ギルさん」
ありがとう、私がそう囁くと、ギルさんは抱きしめる力をほんの少し強めてくれた。
それから、ギルさんは手際よく治療を始めてくれた。私に魔力を供給しつつ、リヒトの手当てをしていく。元々、余っていたシズクちゃんの薬でリヒトと私の血は止まったからね。おかげでだいぶ楽になった。主に精神的な面でね。
あとは、もう少しだけ薬を作ってもらって、痛み止めにする。私やギルさんが持っている包帯で応急処置をしたら、とりあえずは完了だ。
「ごめんね、ロニー。後回しになっちゃって」
「僕は、大した事ないから」
そうは言ってもこの中で最も魔力が足りてないのはロニーだったし、両手足は私と同じように酷い火傷だ。だから、とギルさんがロニーの治療を始めようとしたんだけど……ロニーは待ったをかけたのだ。
「あの、僕より、あの人を、助けてもらえませんか?」
そう言って指差した先には、血を流して倒れているラビィさんがいた。いつの間に!? え、あの傷で階段を上ってきてくれたの? まだ生きてる、よね……!?
「ギルさんっ、お願い……!」
慌ててそう頼んだけど、ギルさんは顔を顰めた。な、なに?
「……あの女は、冒険者ラビィだろう? お前たちを、攫ったという」
低い声で、怒りを押し殺したようにギルさんが言う。
「知ってたの? でもそれは違くて……あ、いや違わなかったんだけど……あれ? えっと、でもそうじゃなくて!」
あわあわと慌てる私を見て、軽くため息を吐いたギルさんは、ポンと私の頭に優しく手を乗せると、無言で立ち上がり、ラビィさんの元へと向かった。
「後で、話を聞かないといけないからな」
「ギルさん……! ありがとう!」
察してくれるギルさん、出来る男っ! イケメンはやはり違う。私はそのままギルさんを目で追った。その時、もう1つの聞きたかった声が私の耳に届く。
『ご主人様ーっ! ただいまなのよっ!』
「ショーちゃん!」
『影鷲ったら、移動ちーと、ってやつなのよ?』
少々お疲れ気味な様子のショーちゃんは、私が以前教えた単語を駆使して報告してくれた。ああ、ギルさんは影を通って来られるからね。まさしく移動チートである。
「ショーちゃん、本当にありがとう。おかげで助かったよ! 大好き!」
『えへへー、ショーちゃんもご主人様大好きっ!』
はっ、ショーちゃんが自分の事を「私」ではなく「ショーちゃん」と言った! こういう時は、お疲れで甘えたい時だから──
『ちょびっと、魔力もらうのよっ』
「回復したばっかりなのに、容赦ないね!?」
でも今回、ショーちゃんはかなり頑張ってくれた。まさしく私の命の恩人! 仕方ない、シズクちゃんの薬作りは少しだけ先延ばしにさせてもらおう。ごめんよ、リヒト。私も耐える。
さあ、ショーちゃん! 私の魔力を召し上が……あーっ!!





