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再断線

 『職員室』。

 ……見飽きた部屋だ。

 「失礼します」

 「どうぞ」

 ……この声は。

 ドアを開けて自分の机の方を見るとやはりそこには米田がいた。

 長く、黒い髪。黒いスーツ。不気味なほどに黒い、女。教職に、僕より一年……一年だけ早く就いた女。

 「どうも」

 頭を下げる。

 「……」

 無言で、じっと僕を見詰めてくる。

 敵意の、悪意のこもった視線。

 ……僕の、敵だ。

 「……今日も、夕日が眩しいですね」

 「ええ、今日も眩しいのでしょうね」

 会話も、どこか噛み合わない。

 沈黙が流れる。

 重々しい空気だ。とてもじゃないが、耐えられない。

 そんな中で、彼女が息を吸う声が聞こえた。

 「……貴礼、今日は朝ごはん食べたの」

 ……何故、お前にそんなことを心配されなければならないんだ?

 さっきは僕の言うことを、まるで奇人の発言みたく流したくせに!

 「食べましたよ」

 「お昼はもう食べた?よかったら一緒に――」

 「食べません」

 「……そう」

 再び、沈黙。

 この女に語ることなど何もない。

 何事もなく、トントン拍子で人生を成功させたこんな――。

 「日誌は書いた?」

 「今、書いてるところです」

 ――いちいち、鬱陶しい女だ。

 紙に反射する夕日が、さらに僕を苛立たせる。

 ……職務に戻らないと。

 ここの教職員には、日誌を書く義務がある。

 特に意味があるとは思えない。ノートに、その日にあったことを書き綴るだけのルーチンワーク。

 (えーと、今日 担当したクラスは……)

 ……それを毎回毎回、この女が見る。

 何の意味があるというのか。

 蔑んでいるのか、僕を。……出来損ないだからと。自分のようになれなかった哀れな存在だからと。

 僕の文章を見て、優越感に浸りたいか。 

 (確か、二、三、四組だったか)

 自分がそんなに可愛いか。

 自己主張が激しいだけの、ただの凡人の癖に。

 (教科は……そう、英語だ)

 僕は、必死にやったんだ。

 持てる力の全力を尽くした。

 屈指のエリート学校へと進学して、順風満帆な人生を送るはずだったんだ。

 (……)

 自分なりの教育理論も纏めていた。

 幼い頃の夢だった、教員になるために。少しでも、いい先生になれるようにと。

 大学の卒論だって、僕は ――。

 「……日誌、できました」

 「はい、確かに」

 ――大学の、卒論?

 いけない。何か、いけない。

 ショートする。

 断線する。

 止まる。

 「……貴礼、あなた、コレ――」

 「失礼します」

 機械的にそう言うと、僕は職員室を出た。


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