蒼銀の艦長
《グランドカーゴ》甲板。
吹き抜ける風は地上より遥かに強い。
雲海の上。
夕焼け空。
巨大輸送艦の上とは思えないほど景色が広かった。
その中央で。
一人の女性が静かにこちらを見ていた。
長い蒼銀髪。
白翼。
鋭い金色の瞳。
空王国軍装。
周囲へ自然と緊張感を生む存在感。
アークが頭を下げる。
「艦長」
女性は静かに頷いた。
そして。
視線がトシオへ向く。
「……貴方が、風脈異常を感知した異邦人ですね」
低く落ち着いた声だった。
トシオは頭を掻く。
「なんか変な感じしただけだ」
艦長の目が細くなる。
「それを感じ取れる者は空王国でも限られます」
その声には僅かな警戒があった。
当然だろう。
風脈。
空王国の生命線。
それを異邦人が感じ取った。
普通ではない。
ミーコが少し困った顔をする。
「えっと……じーちゃん、そういう難しい事は感覚でやっちゃうから……」
「感覚型だな」
フィルニアが頷く。
「分かる」
「アンタ達は分かり合わなくていいのよ」
ミーコが即ツッコんだ。
艦長は数秒沈黙した後、小さく息を吐く。
「失礼しました」
「私は《グランドカーゴ》艦長――」
一歩前へ出る。
「シェルファ=アルネシアです」
空気が少し変わる。
アークや周囲兵士達の反応を見る限り、かなり上位らしい。
すると。
フィルニアが目を丸くした。
「アルネシア?」
シェルファが頷く。
「王族傍系です」
「やっぱ偉い奴じゃねぇか」
タマが素直に言った。
シェルファは少しだけ口元を緩める。
「貴方達も十分大物でしょう」
視線がフィルニアへ向く。
「ヴォルグラード帝国第二王女」
次にミーコ達を見る。
「そしてレイシス王国関係者」
空気が静かに張る。
だが。
シェルファはそれ以上踏み込まなかった。
「安心してください」
「我々は交易国家です」
「他国事情へ軽率には介入しません」
セレスが静かに観察していた。
嘘は言っていない。
少なくとも今は。
その時だった。
タマが手を挙げる。
「質問!!」
「……なんでしょう」
「この船デカすぎない?」
数秒沈黙。
アークが顔を覆った。
ミーコが頭を抱える。
「そこなの!?」
だが。
シェルファは真面目に答えた。
「長距離大量輸送用です」
「山岳国家や海上国家との交易では積載量が必要になります」
「あとロマンだ」
フィルニアが頷く。
「分かる」
「アンタは黙ってなさい」
すると。
シェルファの視線がミツコの買い物籠へ向いた。
「その籠……」
「ん?」
「かなり高度な空間収納ですね」
ミツコはいつもの調子だった。
「便利やよぉ」
シェルファは少し興味深そうに目を細める。
ただ収納するだけではない。
保存状態も異常に安定している。
かなり特殊だ。
その時だった。
フィルニアが身を乗り出す。
「なぁ!! 早く中見せてくれ!!」
「お前は少し落ち着け」
グランヴェルが首根っこを掴む。
「ぐえっ」
その横で。
タマまで前へ出ようとしていた。
「飛竜発着場あるんだろ!?」
「アンタもだからね!?」
ミーコがツッコむ。
シェルファは静かに笑っていた。
「賑やかな方々ですね」
「毎日こうだ」
セレスが遠い目で言う。
アークが頷く。
「少し分かってきた」
そして。
一行は《グランドカーゴ》内部へ案内される事になった。
艦内は広かった。
通路だけで街並みみたいだ。
貨物搬送用レール。
風魔導昇降機。
浮遊灯。
さらに。
各種族向け設備まで整っている。
「すっげぇぇぇ……」
タマがきょろきょろしていた。
「これほんと船か?」
「移動都市に近いな」
グランヴェルも素直に感心している。
その時だった。
巨大貨物昇降機が動き始めた。
ゴ ォ ォ ォ ォ……
「うおっ!?」
タマとフィルニアが同時に反応する。
「デカっ!!」
「何積んでんだこれ!?」
大量の木箱。
さらに浮遊鉱石。
魔導資材。
食料。
ありとあらゆる交易品が積まれていた。
シェルファが説明する。
「各国向け輸送品です」
「グランディル山岳王国向けも多いですね」
ミーコが呟く。
「空からこんな量運べるの……」
「空路は山脈越えに強いですから」
すると。
タマが貨物を見ながら呟く。
「これ運ぶの楽しそう」
ミーコが呆れたように息を吐く。
「アンタ達、絶対途中で遊び始めるわよ……」
フィルニアが腕を組む。
「分かる」
「なんでそこで納得するのよ……」
アークが少し笑っていた。
その時だった。
通路横の巨大窓。
そこから外が見えた。
夕焼け雲海。
遥か下に山脈。
さらに。
複数の飛竜が《グランドカーゴ》へ並走している。
「うおぉぉぉ!!」
タマが窓へ張り付く。
「近っ!!」
フィルニアまで興奮していた。
「すげぇなこれ!!」
シェルファが静かに説明する。
「空路護衛隊です」
「長距離航行では魔獣対策も必要になります」
その時だった。
一頭の飛竜がこちらを見た。
金色の瞳。
大きな翼。
そして。
不意に。
飛竜がトシオを見て低く鳴いた。
グルルル……
タマが窓へ張り付く。
「またじーちゃんかよ」
フィルニアが笑う。
「最近ほんと寄ってくるな」
ミーコも苦笑していた。
「じーちゃん、動物に好かれすぎなのよ……」
一方で。
シェルファだけは静かに飛竜を見ていた。
警戒ではない。
観察。
何かを確かめるような視線だった。
その時だった。
ゴゥン……
艦全体が微かに揺れた。
空気が変わる。
シェルファの顔から笑みが消えた。
「……この揺れは」
直後。
艦内放送用の魔導石が光る。
『第二風脈帯に乱流発生!!』
『進路修正急げ!!』
緊張が走る。
窓の外。
白かった雲海が、ゆっくり黒ずみ始めていた。
トシオが静かに空を見る。
「……来るぞ」
低い声だった。




