『境界市場』
『じじばばにゃんこと異世界奇譚』
第一部『レヴァナスタシア』
朝。
ガルディアは、
最初から騒がしかった。
鐘。
飛竜便。
荷車。
怒鳴り声。
どこかで金属音まで響いている。
シルヴァレインとは、
真逆だった。
ユキは、
宿窓から街を見下ろしていた。
巨大渓谷沿いへ、
建物が積み重なっている。
橋。
飛行艇。
空中回廊。
しかも。
街全体が動いていた。
人も物も、
止まらない。
ミツコが、
後ろから声を掛ける。
「眠れた?」
ユキが、
少し笑う。
「なんとか」
「夜でも街の音すごかった」
ミツコも、
苦笑する。
「港町みたいやねぇ」
⸻
朝食中。
フィルニアは、
既に元気だった。
「今日はどこ行く!?」
タマが、
パンを齧りながら返す。
「お前昨日暴れてたろ」
「暴れてねぇ!」
「飛竜乗ってただろ」
「結果助けた!」
「否定になってねぇんだよ!」
ユキが、
少し吹き出した。
⸻
今日は、
交易中央区を見る予定だった。
ガルディア最大市場。
七種族全部が集まる場所。
ミーコ曰く、
“情報も集まる”らしい。
外へ出た瞬間。
熱気が凄かった。
香辛料の匂い。
焼き肉。
海産物。
薬草。
全部混ざっている。
フィルニアが、
完全に落ち着かない。
「あっち何!?」
「おい見ろ!!
魚浮いてる!!」
本当に浮いていた。
海霊族の露店らしい。
巨大魚が、
水球の中を泳いでいる。
タマが、
呆れる。
「お前毎回楽しそうだな」
「楽しいだろ!!」
⸻
市場中央通り。
そこは、
完全に別世界だった。
竜人族の鍛冶露店。
鳥人族の空輸商。
森精族の薬草店。
獣人族の食堂。
しかも。
言語まで混ざっている。
ユキは、
少し周囲を見る。
「すごい……」
誰も、
誰かを気にしていない。
種族が違うのが、
普通だった。
その時。
トシオが、
足を止める。
視線の先。
焼き魚屋台だった。
巨大炭火。
香ばしい匂い。
店主は海霊族。
青髪。
鱗耳。
トシオが、
少しだけ目を細める。
「……うまそうだな」
ミツコが、
笑う。
「じーちゃん魚ばっかりやねぇ」
⸻
だが。
問題はそこからだった。
フィルニアが、
屋台横で変な物を見付ける。
「なんだこれ?」
小さな球だった。
銀色。
しかも。
ぷるぷる動いている。
店主が、
慌てて叫ぶ。
「あっ!!
触るな!!」
遅かった。
フィルニアが、
普通に持ち上げる。
その瞬間。
球が弾けた。
ポン!!
白煙噴射。
フィルニア包まれる。
周囲停止。
タマが、
嫌な顔をする。
「……絶対ロクでもねぇ」
煙が晴れる。
そこに居たのは。
全身銀粉まみれの、
フィルニアだった。
しかも。
角までキラキラしている。
数秒静寂。
次の瞬間。
周囲大爆笑。
フィルニアが、
固まる。
「……は?」
店主が、
頭を抱えた。
「祝い用光粉だぁぁぁ!!」
⸻
タマが、
腹を抱えて笑い始めた。
「ぶはっ!!」
「キラキラ竜!!」
フィルニアが、
顔真っ赤になる。
「笑うな!!」
だが。
笑われる。
子供達まで指差している。
「光ってるー!!」
「派手ー!!」
ユキまで、
笑いを堪え切れていない。
ミーコも、
少しだけ口元が緩んでいた。
フィルニアが、
完全に不貞腐れる。
「もう帰る……」
「帰る場所そこじゃねぇだろ」
タマが、
まだ笑っていた。
⸻
その時だった。
突然。
市場奥から、
怒鳴り声が響く。
「捕まえろぉぉ!!」
全員振り向く。
何かが走って来た。
小さい。
速い。
しかも。
大量の財布を抱えている。
獣人族の子供だった。
スリである。
市場警備隊が、
後ろから追っている。
「またアイツか!!」
フィルニアが、
即座に反応した。
「逃げたぞ!!」
タマが、
嫌な予感を覚える。
「待て。
お前絶対――」
遅い。
フィルニアが、
もう走っていた。
「捕まえる!!」
タマが、
頭を抱える。
「だからなんで毎回突っ込むんだよ!!」
⸻
市場大追跡が始まった。
スリ少年、
速い。
屋台下を潜る。
橋を飛ぶ。
樽を蹴る。
完全に慣れている。
だが。
フィルニアも速かった。
竜人脚力。
屋台飛び越え。
露店突っ切り。
周囲大混乱。
「うおぉぉぉ!?」
「避けろぉぉ!!」
タマも、
仕方なく追う。
「壊すなよ!!」
その瞬間。
フィルニアが、
果物屋台へ突っ込んだ。
ドシャァ!!
果実大噴射。
店主絶叫。
「またお前かぁぁぁ!!」
昨日も居た商人だった。
⸻
スリ少年は、
空中橋へ逃げ込む。
だが。
行き止まりだった。
少年が、
焦った顔になる。
後ろから、
フィルニアが来る。
「捕まえた!!」
少年が、
反射で飛んだ。
下は渓谷。
ユキが、
思わず息を呑む。
だが。
落ちない。
途中ロープへ掴まった。
そのまま、
荷物昇降用滑車を使って逃げ始める。
フィルニアが、
目を輝かせた。
「すげぇ!!」
タマが、
即怒鳴る。
「感心してる場合か!!」
⸻
その時。
トシオが動いた。
静かだった。
近くの荷揚げロープを掴む。
そして。
ゴン!!
力任せに引いた。
滑車停止。
市場停止。
スリ少年停止。
少年、
宙吊り状態になる。
「え?」
タマが、
目を丸くした。
「止めた……?」
荷揚げ係が、
青ざめる。
「その滑車、
大型貨物用なんですが……」
トシオは、
普通にロープを持っていた。
ミシ……
ロープ悲鳴。
⸻
数分後。
スリ少年は、
市場警備隊へ引き渡された。
だが。
事情を聞くと、
孤児だった。
市場下層で、
弟妹と暮らしているらしい。
フィルニアが、
少し黙る。
タマも、
笑わなかった。
警備隊の男が、
深く溜息を吐く。
「最近増えてんだ」
「流民が多い」
ミーコが、
静かに聞く。
「境界閉鎖の影響?」
男が、
頷いた。
「物流止まってる地域がある」
「仕事も減った」
ガルディアは、
華やかな街だ。
だが。
全部が明るい訳じゃない。
その裏で。
流れて来る人間も居る。
⸻
夕方。
市場通りを戻る頃には、
フィルニアの銀粉が、
まだ少し残っていた。
子供達が、
まだ笑っている。
「キラキラ竜ー!」
フィルニアが、
顔をしかめる。
「もう嫌だこの街」
タマが、
ニヤニヤしていた。
「似合ってるぞ」
「殺すぞ」
「怖ぇよキラキラで」
ユキが、
また吹き出す。
久しぶりに、
かなり笑っていた。
その横で。
ミーコは、
少しだけ市場奥を見ていた。
雑踏。
怒鳴り声。
笑い声。
そして。
貧しさ。
この街は、
世界の縮図みたいだった。
賑やかで。
危うくて。
色んなものが、
混ざり合っている。




