『虹灯りの水路街』
『じじばばにゃんこと異世界奇譚』
第一部『レヴァナスタシア』
『虹灯りの水路街』
星海横断列車は、
静かに走っていた。
窓の外を流れるのは、
いつもの星海。
だが。
今日は少し違う。
明るい。
遠くに、
色とりどりの光が見えていた。
赤。
青。
金。
緑。
まるで。
星空へ、
虹を溶かしたみたいだった。
ユキが、
窓へ張り付く。
「わぁぁ……!」
タマも、
目を細める。
「なんだあれ」
フィルニアが、
椅子へ寝転がったまま答える。
「祭りじゃね?」
「お前適当だろ」
その時。
車内アナウンスが響く。
『間モナク、
水路都市ラグナ・ベル到着』
『本日ハ、
虹灯祭最終日デス』
一瞬。
車内の空気が止まる。
そして。
フィルニアが飛び起きた。
「祭りじゃねぇか!!」
「だから言っただろ」
「当てずっぽうだろ絶対」
ミツコが、
小さく笑う。
久しぶりだった。
“終わり”でも、
“侵食”でもない話題。
ユキも、
尻尾をふわふわ揺らしていた。
「お祭り……!」
ミーコだけは、
少し警戒していた。
だが。
窓の外から流れてくる空気に、
嫌な気配は無い。
甘い匂い。
音楽。
笑い声。
生きている街の空気だった。
⸻
列車がホームへ入る。
その瞬間。
全員、
少し固まった。
街が凄かった。
巨大な水路が、
街中を巡っている。
建物は、
全部カラフル。
白壁。
青屋根。
虹色ガラス。
空中橋には、
無数のランタンが吊るされていた。
しかも。
全部浮いている。
ふわふわと。
クラゲみたいに、
光りながら漂っている。
ユキが、
完全に目を輝かせていた。
「すごい……!」
フィルニアも、
流石にテンションが高い。
「なんだここ!」
「めちゃくちゃ楽しそうじゃねぇか!」
ホームでは、
既に楽団が演奏していた。
笛。
弦楽器。
太鼓。
軽快な音楽が、
街全体へ響いている。
さらに。
屋台。
大量だった。
焼き菓子。
串焼き。
果実飴。
香辛料の匂いが、
風へ混ざっている。
タマの腹が鳴った。
「……先に飯でいい?」
「早いな!?」
ミツコが笑う。
「ええやない」
「せっかくやしねぇ」
その時。
ホーム奥から、
小柄な少女が駆けて来た。
茶色の猫耳。
短い金髪。
青いオーバーオール。
年齢は十代半ばくらい。
勢い良く止まると、
全員を見回した。
「旅人さん!?」
フィルニアが、
即答する。
「そうだ!」
「ノリ軽っ」
少女は、
ぱぁっと笑顔になった。
「やったー!」
「人数足りる!」
全員が止まる。
タマが、
嫌な顔をする。
「その言い方不穏だな」
だが。
少女は気にしていない。
「虹灯祭のボートレース!」
「今日、
人数足りなくて困ってたの!」
フィルニアが、
目を輝かせる。
「レース!?」
「優勝賞品、
超高級フルーツセット!」
次の瞬間。
フィルニアとタマが、
同時に立ち上がった。
「出るぞ!!」
「現金だなお前ら!?」
少女は、
ケラケラ笑った。
「私はルーナ!」
「よろしくね!」
猫獣人だった。
尻尾が、
忙しなく揺れている。
街の空気そのままみたいな子だった。
⸻
ラグナ・ベルは、
とにかく騒がしかった。
良い意味で。
子供達が走り回り。
水路には、
虹色の小舟。
空には、
大量の浮遊ランタン。
通りでは、
大道芸まで始まっている。
しかも。
この街の人達、
距離が近い。
普通に話しかけてくる。
果実を押し付けてくる。
楽器を渡してくる。
フィルニアなんか、
五分で地元民みたいになっていた。
「おっちゃん!
これ美味ぇぞ!」
「嬢ちゃん食う量おかしいな!?」
「細けぇ事気にすんな!」
タマが、
頭を抱える。
「順応早すぎだろ……」
ミツコは、
屋台のおばちゃん達と普通に会話していた。
「あら、
その編み方綺麗やねぇ」
「姉ちゃん分かるかい!」
「今度教えてぇな」
完全に馴染んでいる。
ユキは、
ランタン屋台へ釘付けだった。
星型。
魚型。
花型。
色んなランタンが浮いている。
店主の犬獣人が、
優しく笑った。
「嬢ちゃん、
流してみるか?」
「いいの!?」
「祭りの日は特別だ!」
ユキは、
嬉しそうにランタンを受け取った。
ミーコは、
少し離れた場所から街を見ていた。
騒がしい。
でも。
嫌じゃない。
むしろ。
安心する。
“消えそうにない街”だった。
その時。
隣へ、
トシオが立つ。
焼き串を差し出してきた。
「食うか」
ミーコは受け取る。
少し辛い。
でも美味しい。
トシオが、
水路を見ながら呟く。
「賑やかな街やな」
ミーコも、
静かに頷いた。
「……うん」
⸻
夕方。
虹灯祭が始まった。
水路全体へ、
大量のランタンが流される。
光が、
川面を埋め尽くしていた。
まるで。
街そのものが、
星空になったみたいだった。
中央広場では、
ボートレースの受付が始まっている。
フィルニアが、
完全にやる気だった。
「絶対勝つ」
タマが呆れる。
「お前目的変わってるだろ」
「賞品は大事だ」
ルーナが、
楽しそうに笑う。
「じゃあチーム分けね!」
結果。
操縦担当・タマ。
力担当・フィルニア。
応援担当・ユキ。
何故かこうなった。
ミーコが、
小さく呟く。
「不安しかない」
⸻
そして。
レース開始。
鐘が鳴る。
次の瞬間。
大量のボートが、
水路を爆走した。
「うぉぉぉぉ!!」
「速ぇぇぇ!?」
タマが、
本気で漕いでいる。
フィルニアは、
何故か後ろから水を爆発推進していた。
「反則じゃねぇの!?」
「細けぇ事気にすんな!!」
周囲の観客が、
大爆笑している。
ルーナは、
橋の上で腹抱えていた。
ユキも、
珍しく大声で笑っていた。
ミツコが、
目を細める。
「楽しそうやねぇ」
トシオも、
静かに笑う。
その時だった。
フィルニアが、
勢い余って水路脇へ突っ込んだ。
ドボォォォン!!!
巨大水柱。
ボート横転。
タマの絶叫。
観客大爆笑。
ルーナは、
橋から落ちるくらい笑っていた。
ユキなんか、
涙出るほど笑っている。
ミーコも。
ほんの少しだけ。
吹き出していた。
⸻
夜。
祭りの最後。
街中の灯りが、
一斉に落とされた。
静寂。
次の瞬間。
無数の虹ランタンが、
空へ浮かび上がる。
赤。
青。
金。
緑。
何千。
何万。
夜空そのものが、
光で埋め尽くされていく。
ユキが、
小さく呟く。
「綺麗……」
ミツコが、
そっと肩を抱く。
誰も、
すぐには喋らなかった。
ただ。
空を見ていた。
悲しみも。
侵食も。
終わりの気配も。
今だけは、
遠かった。
その時。
ルーナが、
笑いながら叫ぶ。
「旅人さーん!」
「また来てねー!!」
フィルニアが、
全力で手を振り返す。
「次は勝つ!!」
「今日最下位だっただろ!!」
「うるせぇ!!」
笑い声が、
水路街へ響く。
星海横断列車の旅は。
少しだけ。
暖かい色を取り戻していた。




