『旅立ちの朝』
『じじばばにゃんこと異世界奇譚』
第一部『レヴァナスタシア』
帝都ヴァルグランの朝は、
久しぶりに静かだった。
黒穴は消えた。
空を覆っていた黒紫の渦も。
瘴気も。
異形達も。
もう無い。
朝日が、
ゆっくり帝都を照らしている。
市場では、
商人達が店を開き始めていた。
焼き立ての黒パンの匂い。
果実売りの声。
走り回る子供達。
飛竜達の鳴き声。
壊れていた日常が、
少しずつ戻り始めていた。
城壁修復をしている兵士達の顔も、
どこか明るい。
「生きてるなぁ……」
若い兵士が、
空を見上げながら呟く。
隣の古参兵が、
小さく笑った。
「あぁ」
「生き残った」
その言葉が。
何より重かった。
⸻
その頃。
竜王城の客室では。
「多くない!?」
タマの絶叫が響いていた。
部屋中に、
荷物が山積みになっている。
肉の干物。
保存食。
酒樽。
槍。
謎の骨。
竜鱗。
山ほどの着替え。
そして。
巨大な肉塊。
フィルニアが、
胸を張っていた。
「旅に必要だろ!!」
「絶対いらん物混ざってる!!」
「肉はいる!!」
「肉はわかる!!」
ミーコが、
苦笑している。
ユキは、
荷物の山を見て目を丸くしていた。
「……お部屋、
狭い」
「もう限界だよこれ!!」
その時。
ミツコが、
のんびり入ってくる。
「はい、お茶いれたよぉ」
完全に空気が緩む。
フィルニアは、
即座にお茶へ飛び付いた。
「うまっ!!」
タマが呆れる。
「お前さっきまで荷造りで暴れてたじゃん」
「お茶は別腹!!」
「初めて聞いたわ!!」
その横では。
トシオが、
干し肉を見ていた。
「これうまそうじゃのぉ」
「じーちゃん今食うな!!」
⸻
同じ頃。
竜王城・謁見の間。
ヴァルドレイクは、
静かに窓の外を見ていた。
朝日に照らされる帝都。
守れた。
多くを失った。
だが。
国はまだ生きている。
その時。
後ろから、
静かな声が響く。
「寂しくなりますね」
エレミアだった。
ヴァルドレイクが、
小さく鼻を鳴らす。
「騒がしい連中だった」
だが。
その顔は、
少しだけ柔らかかった。
エレミアが、
静かに笑う。
「城の空気が、
随分変わりました」
ヴァルドレイクも、
否定しなかった。
張り詰めていた帝都。
戦いだけだった国。
だが。
あの夫婦は。
皆で飯を食い。
笑い。
兵士へお茶を配り。
異形相手にすら、
“腹減っとる”と言った。
常識外れ。
だが。
だからこそ。
救われたものがある。
その時。
──グォォォォォ……
空から、
低い鳴き声が響いた。
アストラヴェイン。
白銀の守護竜が、
帝都上空を旋回している。
以前より、
穏やかな飛び方だった。
エレミアが、
静かに目を細める。
「守護竜様も、
随分気に入られたようですね」
ヴァルドレイクは、
小さく笑った。
「……あの男、
竜より自由だからな」
⸻
そして。
旅立ちの時間が来た。
帝都正門前。
巨大城門の前には、
大勢の兵士達が並んでいた。
飛竜騎士団。
城兵。
料理人達。
整備兵。
市場の商人達までいる。
皆、
見送りに来ていた。
タマが目を丸くする。
「え、
多くない?」
フィルニアが、
ドヤ顔していた。
「当然だろ!!」
「お前の見送りじゃねぇからな?」
「半分は俺様だろ!!」
「自信すごいな!?」
兵士達から笑いが漏れる。
その時。
ミツコが、
大きな籠を持って現れた。
「はい、みんな朝ご飯ねぇ」
おにぎりだった。
兵士達がざわつく。
「また作ったのか!?」
「俺これ好きなんだよ!!」
「肉入ってるやつある!?」
「並ばんかい!!」
一瞬で列ができた。
ヴァルドレイクが、
頭を抱えそうになっている。
「……何故、
兵が統率されている」
グランヴェルが真顔で答える。
「飯です」
「飯か……」
妙に納得してしまった。
その時だった。
トシオが、
兵士達を見ながら笑う。
「元気そうじゃのぉ」
若い兵士が、
照れ臭そうに頭を掻く。
「アンタらのお陰だよ」
その言葉へ。
周囲の兵士達も、
静かに頷いていた。
⸻
やがて。
ヴァルドレイクが前へ出る。
場が静まった。
帝国最強の王。
その威圧感だけで、
空気が張る。
だが。
ヴァルドレイクは、
静かだった。
黄金眼が、
トシオを見る。
「……改めて礼を言う」
低い声。
「ヴァルグランは、
貴殿らへ大きな借りを作った」
トシオは、
困ったように笑う。
「大した事しとらんよ」
「世界災害殴っといて何言ってんだよ」
タマが即ツッコむ。
兵士達から笑いが漏れた。
その時。
ヴァルドレイクが、
少しだけ真面目な顔になる。
「……世界を頼む」
静寂。
その一言は、
重かった。
ヴァルドレイクは、
理解している。
黒穴は終わっていない。
あれは、
始まりに過ぎない。
世界は。
壊れ始めている。
そして。
この夫婦は。
その中心へ向かう存在なのだと。
トシオは、
静かに頷いた。
「まぁ、
なんとかなるじゃろ」
軽い。
だが。
不思議と、
安心できる声だった。
⸻
その時だった。
フィルニアが、
巨大荷物を背負って現れる。
兵士達がざわつく。
「本当に行くのか王女!?」
「うるせぇ!!
俺様は行く!!」
フィルニアは、
胸を張っていた。
紅槍を背負い。
旅装束へ着替え。
以前より、
少しだけ凛々しい顔をしている。
ヴァルドレイクが、
娘を見る。
数秒。
沈黙。
そして。
静かに口を開いた。
「好きに暴れてこい」
フィルニアの目が輝く。
「おう!!」
だが。
次の瞬間。
ヴァルドレイクの拳が落ちた。
ゴッ!!
「いっっっっ!?」
「無茶だけはするな」
「いってぇぇぇ!!」
エレミアが、
くすっと笑う。
グランヴェルですら、
少し口元が緩んでいた。
その時。
──グォォォォォ……
空から、
巨大な影が降りてくる。
アストラヴェイン。
白銀の守護竜だった。
帝都全域が静まり返る。
守護竜は、
ゆっくりトシオ達の前へ降り立つ。
巨大な黄金眼。
だが。
そこに敵意は無かった。
アストラヴェインは、
静かに頭を下げる。
守護竜の礼。
兵士達が息を呑んだ。
ヴァルドレイクですら、
静かに目を細める。
トシオは、
普通に頭を撫でた。
「元気でのぉ」
アストラヴェインが、
嬉しそうに低く鳴く。
完全に懐いていた。
タマが遠い目になる。
「もう何見ても驚かねぇ……」
⸻
そして。
旅立ちの時。
巨大城門が、
ゆっくり開いていく。
外には、
広大な草原。
遥か遠くまで続く道。
新しい世界。
未知の国々。
フィルニアが、
ワクワクした顔で叫ぶ。
「で!!
次どこ行くんだ!?」
トシオは、
のんびり空を見る。
「腹減ったしのぉ」
ミツコが、
嬉しそうに笑った。
「海あるとこ行きたいねぇ」
タマがツッコむ。
「ゆるっ!!」
ミーコが、
くすっと笑う。
ユキも、
少しだけ笑っていた。
その時。
遠くの空で。
ほんの一瞬だけ。
黒い揺らぎが、
小さく瞬いた。
まだ終わっていない。
世界は、
確かに壊れ始めている。
だが。
それでも。
旅は続く。
朝日を浴びながら。
トシオ達は、
新しい道へ歩き出した。




