表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
じじばばニャンコと異世界奇譚  作者: こいたろ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/150

『黒穴の声』

『じじばばにゃんこと異世界奇譚』


第一部『レヴァナスタシア』






帝都ヴァルグランの夜空を、

巨大な黒穴が覆っていた。


黒紫の渦。


歪む月光。


空を裂く瘴気。


その奥では。


“何か”が蠢いている。


見てはいけない。


本能が、

そう警告していた。


だが。


誰も、

目を逸らせなかった。


兵士達は震え。


飛竜達は怯え。


帝都全体が、

まるで巨大な悪夢へ呑み込まれたみたいだった。


その中心で。


トシオだけが、

静かに立っている。


黒穴を見上げながら。


ゆっくり。


手を伸ばしていた。


「ほれ」


穏やかな声。


まるで。


泣いている子供へ、

手を差し伸べるみたいだった。


その瞬間。


ズォォォォォ……


黒穴の奥が、

大きく脈打つ。


空間が揺れる。


兵士達が悲鳴を上げた。


「来るぞ!!」


「総員防御!!」


ヴァルドレイクが、

黒炎を纏いながら前へ出る。


アストラヴェインも、

翼を広げた。


黄金の瞳が、

黒穴を睨みつけている。


だが。


トシオだけは動かない。


その背中は、

妙に静かだった。


そして。


黒穴の奥から。


ゆっくりと。


“巨大な腕”が現れる。


黒い。


あまりにも黒い。


まるで、

闇そのものを固めたみたいな腕。


長い爪。


歪んだ関節。


滴る瘴気。


兵士達の顔から、

血の気が消えた。


「化け物……」


「なんなんだよ……

あれ……」


だが。


その腕は。


暴れなかった。


ゆっくり。


恐る恐る。


トシオへ向かって、

伸びてくる。


まるで。


何かを確かめるみたいに。


その時だった。


ヴァルドレイクが叫ぶ。


「トシオ殿!!」


黒炎が迸る。


王として。


危険を見過ごせなかった。


だが。


その瞬間。


トシオが、

静かに片手を上げる。


「待ちなされ」


低い声。


不思議だった。


その一言だけで。


ヴァルドレイクの動きが止まる。


アストラヴェインですら、

翼を止めていた。


沈黙。


夜風だけが吹く。


そして。


巨大な黒い腕が。


そっと。


トシオの手へ触れた。


ズ……ッ……


その瞬間だった。


黒穴全体が、

大きく震える。


兵士達が膝をついた。


「あ……っ!?」


「頭が……!」


黒い声が響く。


無数。


重なり合った、

何千もの声。


悲鳴。


泣き声。


怒号。


絶望。


それらが、

一気に流れ込んでくる。


ミーコが耳を押さえた。


ユキが震える。


フィルニアですら、

顔を歪めている。


だが。


トシオだけは、

静かだった。


黒い腕へ、

ゆっくり触れている。


その時。


トシオの脳裏へ、

景色が流れ込んだ。


暗い世界。


崩れた空。


黒い海。


泣き続ける無数の影。


そして。


巨大な“何か”。


それは。


世界だった。


壊れた世界そのものが、

泣いている。


そんな感覚だった。


トシオは、

静かに目を細める。


「……寒かったか」


その言葉。


黒穴が、

びくりと震えた。


ヴァルドレイクが目を見開く。


エレミアも、

息を呑んでいる。


トシオには、

分かっていた。


これは、

ただの災害じゃない。


ただの魔物でもない。


“向こう側”で。


世界そのものが、

壊れ始めている。


そして。


壊れた世界は、

こちらへ手を伸ばしている。


寂しくて。


苦しくて。


助けを求めるみたいに。


その時だった。


ギャァァァァァッ!!


黒飛竜が、

突然苦しみ始める。


瘴気が暴走する。


身体が軋む。


兵士達が叫んだ。


「また暴れるぞ!!」


だが。


トシオは、

静かに黒飛竜を見る。


「無理するな」


その瞬間。


黒飛竜の暴走が止まった。


沈黙。


兵士達が凍り付く。


ヴァルドレイクの顔から、

完全に余裕が消えていた。


ありえない。


黒穴存在へ、

言葉が通じている。


それだけでも異常。


なのに。


瘴気暴走個体まで、

沈静化している。


常識が崩れていた。


その時だった。


黒穴の奥で。


巨大な“眼”が開く。


ゾワッ――


帝都全域へ、

悪寒が走る。


兵士達が震えた。


飛竜達が鳴き叫ぶ。


アストラヴェインが、

激しく唸った。


その眼は。


あまりにも巨大だった。


夜空そのものみたいに。


深い。


暗い。


果てが見えない。


だが。


そこには確かに、

感情があった。


悲しみ。


孤独。


飢え。


そして。


“救いを求める色”。


トシオは、

静かに見上げる。


「腹減っとるんじゃなぁ」


タマが頭を抱えた。


「またそれ!?」


フィルニアまで困惑している。


「いやもう規模が腹減ったで済む感じじゃねぇぞ!?」


だが。


ミツコだけは、

少し困った顔をしていた。


「いっぱい食べる子なんやねぇ」


エレミアが、

思わず吹き出しそうになる。


こんな状況なのに。


この2人だけ、

空気が違う。


ヴァルドレイクですら、

頭を抱えたくなっていた。


だが。


不思議だった。


恐怖で張り詰めていた空気が。


ほんの少しだけ、

柔らかくなる。


その時だった。


黒穴の奥から。


再び、

声が響く。


『……ア……』


低い。


掠れた声。


兵士達が凍り付いた。


「しゃ……

喋った……?」


『ア……ア……』


声は、

苦しそうだった。


言葉を忘れた存在が、

必死に話そうとしているみたいだった。


トシオは、

静かに頷く。


「おるよ」


黒穴が震える。


『……サ……ミ……シ……』


その言葉。


誰も動けなかった。


ミーコが、

静かに息を呑む。


ユキが、

ミツコの袖を掴いた。


寂しい。


それが。


黒穴の言葉だった。


世界を壊す災厄。


その正体が。


“孤独”だった。


その時だった。


アストラヴェインが、

低く鳴く。


黄金眼が、

トシオを見る。


まるで。


「どうする」

そう問いかけているみたいだった。


トシオは、

少し考え込む。


そして。


ぽつりと呟いた。


「飯食うか?」


沈黙。


帝都全域が、

静止した。


タマが絶叫する。


「じーちゃん何言ってんの!?」


フィルニアまで叫ぶ。


「いや相手世界災害だぞ!?」


だが。


トシオは、

真面目だった。


「腹減っとる時は、

ろくな事考えん」


ミツコが、

うんうん頷いている。


「わかるよぉ」


エレミアが、

とうとう吹き出した。


肩を震わせながら、

笑っている。


ヴァルドレイクは、

深く深くため息を吐いた。


そして。


小さく笑う。


「……本当に、

なんなのだお前達は」


その時だった。


黒穴の奥で。


巨大な眼が。


ほんの少しだけ、

細められた気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ