表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
じじばばニャンコと異世界奇譚  作者: こいたろ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

112/150

深層封印区画





 ゴ ゴ ゴ ゴ……


 重い音を響かせながら、深層封印区画への扉が開いていく。


 神殿内へ蒼い光が流れ込んだ。


 空気が違う。


 さっきまでの封書庫とは別世界みたいだった。


 冷たくない。


 むしろ少し温かい。


 ミツコが目を細める。


「……ほんまに、うちの台所みたい」


 トシオも鼻を鳴らした。


「潮の匂いもするのぉ」


 フィルニアが首を傾げる。


「遺跡なのに?」


 老人の幻影がゆっくり頷いた。


『始まりの民は、旅の途中で必ず火を絶やさなかった』


『火は命を繋ぐ』


『食卓は種族を繋ぐ』


『だから深層区画は、“暮らす事”を前提に作られていた』


 アークが周囲を見回す。


「遺跡っていうより、拠点だな……」


 その通りだった。


 奥へ続く通路は、今までの石造りとは少し違う。


 壁面には柔らかな曲線が多い。


 無機質な遺跡というより、


 “人が暮らす事”を前提に作られた空間だった。


 さらに。


 天井には淡く光る結晶灯。


 青白い灯りが静かに揺れていた。


 ミーコが小さく呟く。


「……落ち着く」


 ユキも頷いた。


「なんか怖くないね」


 老人が静かに目を閉じる。


『本来、ここは安らぎの場所だった』


『侵食が届くまでは』


 その言葉で空気が少し沈む。


 だが。


 ミツコは普通だった。


「じゃあ掃除せなねぇ」


「掃除?」


 フィルニアが聞き返す。


 ミツコは当然みたいに頷く。


「汚れとるんやもの」


 全員が周囲を見る。


 確かに。


 黒い侵食痕が所々残っていた。


 ミーコが苦笑する。


「ばーちゃん、それ遺跡相手に言う事?」


「お家は綺麗な方がええよぉ?」


 その返答に。


 老人が少し目を細めた。


『昔を見ているようだ』


「ん?」


『侵食で荒れた拠点へ着く度』


『まず掃除を始めていた女がいた』


 トシオが吹き出した。


「やりそうじゃのぉ」


「だって気になるやない」


 その会話に。


 張り詰めていた空気が少し和らぐ。


 やがて一行は深層区画へ足を踏み入れた。


 奥は広かった。


 ただの書庫ではない。


 食堂。


 休憩所。


 調理場。


 寝台。


 旅人達が長く滞在できる構造になっている。


 しかも。


 保存状態が異様に良い。


 シェルファが壁へ触れる。


「結界保全……?」


「これ、数千年単位で維持されてます」


 フィルニアが棚を開ける。


「うわっ」


 食器だった。


 しかも綺麗。


 割れていない。


 タマが目を丸くする。


「すげぇ……」


 その時だった。


 ユキが小さく立ち止まる。


「あ……」


 視線の先。


 古い壁画。


 七種族が描かれていた。


 獣人。


 竜人。


 森精。


 鳥人。


 海霊。


 魔導人。


 巨人。


 そして中央。


 二人の旅人。


 大きな背中の男。


 優しい手をした女。


 ミツコが小さく息を呑む。


「……あの童話」


 老人が頷いた。


『はじまりの火』


 静かな声だった。


『後世では童話になったが、本来は記録だ』


 全員が壁画を見る。


 そこには。


 争う種族達へ鍋を差し出す女。


 竜を殴り飛ばしている男。


 同じ火を囲む七種族。


 全部描かれていた。


 フィルニアが目を丸くする。


「本当に殴ってる……」


 トシオが頭を掻く。


「豪快じゃのぉ」


 ミーコがジト目になる。


「じーちゃん、人の事言えないからね?」


 だが。


 老人の表情はどこか遠かった。


『彼らは戦うためだけに旅をしていた訳ではない』


『閉じた世界を繋ぐために歩いていた』


 ミツコが壁画を見上げる。


 鍋を囲む姿。


 笑っている子供達。


 自然だった。


 まるで。


 今の自分達みたいだった。


 その時。


 タマが別の壁画を見つける。


「おい、これ」


 そこには。


 巨大な門が描かれていた。


 空へ伸びる光柱。


 そして。


 黒い霧。


 シェルファが顔を険しくする。


「閉じる者……」


 老人が低く頷いた。


『奴らは“繋がり”を嫌う』


『海を断ち』


『空を裂き』


『種族同士を孤立させた』


 アークが腕を組む。


「だから今の世界はバラバラなのか」


『そうだ』


 短い返答だった。


『世界は元々、一つだった』


 静かな沈黙。


 その時。


 ミツコが調理場を見つめていた。


「……使えそう」


 全員振り向く。


「まだ飯作るの!?」


 フィルニアがツッコむ。


 ミツコは当然みたいに頷いた。


「せっかく立派な台所あるんやもの」


 トシオが笑う。


「確かに勿体ないのぉ」


 老人が目を閉じる。


『……好きに使うといい』


『ここは本来、そのための場所だ』


 数分後。


 深層封印区画から良い匂いが漂い始めた。


 フィルニアが鼻をひくつかせる。


「魚!?」


 ミツコが頷く。


「今日は海鮮スープよぉ」


 タマが跳ねた。


「うぉぉ!!」


 ミーコが苦笑する。


「アンタ本当に分かりやすいわね……」


 調理場は広かった。


 鍋も大きい。


 しかも。


 古代設備なのに普通に使える。


 シェルファが驚いている。


「魔導加熱炉……生きてる」


 火を使わない。


 青白い魔力炎。


 だが温かい。


 ユキが目を輝かせる。


「すごぉい……」


 その時だった。


 フィルニアが棚から何かを取り出す。


「ん?」


 古びた木箱だった。


 鍵は壊れている。


 開ける。


 中には。


 乾燥香草。


 保存瓶。


 古い料理器具。


 そして。


 一冊の手帳。


 ミーコが受け取る。


「レシピ帳……?」


 表紙は古い。


 だが。


 中身は綺麗だった。


 そこには様々な料理名が書かれている。


 獣人向け。


 竜人向け。


 森精向け。


 海霊向け。


 種族ごとに味付けまで変えてある。


 ユキが感心する。


「すごい……」


 老人が静かに言った。


『種族によって食べられぬ物もある』


『だから彼らは必ず全員が食べられる料理を考えた』


 ミツコが優しく笑う。


「ええ人達やねぇ」


 ページをめくる。


 その途中。


 ミーコの手が止まった。


「……え?」


 そこに書かれていたのは。


 スープの名前。


 始まり鍋。


 材料。


 魚介。


 香草。


 根菜。


 塩。


 そして最後。


『皆で囲むこと』


 数秒沈黙。


 フィルニアが吹き出した。


「料理名じゃねぇだろそれ!!」


 だが。


 老人は笑っていた。


『それで良いのだ』


『彼らにとって、最も大事なのは味ではない』


『誰と食べるかだった』


 静かな空気が流れる。


 ミツコが鍋を混ぜる。


 ぐつぐつ。


 温かな音。


 不思議だった。


 さっきまで侵食獣と戦っていたのに。


 今は。


 妙に落ち着く。


 その時。


 トシオがふと奥を見る。


 通路の先。


 さらに深い区画がある。


 暗い。


 だが。


 何か気配がした。


 老人も視線を向ける。


『まだ先がある』


『最奥封印区画だ』


 シェルファが息を呑む。


「まさか……まだ?」


『始まりの民が最後に残した記録が眠っている』


 空気が変わる。


 フィルニアも真顔になった。


「最後?」


 老人は静かに頷いた。


『閉じる者との最終戦争』


『その記録だ』


 全員が黙る。


 ミーコが小さく聞いた。


「……勝ったの?」


 老人は答えない。


 沈黙だけが落ちた。


 それだけで十分だった。


 ユキがミツコの袖を握る。


 ミツコは優しく頭を撫でた。


「大丈夫よぉ」


 だが。


 その表情は少しだけ険しい。


 トシオも奥を見つめている。


 深層封印区画。


 そこには。


 まだ知らない過去が眠っていた。


 そして。


 始まりの民が何故消えたのか。


 その答えも。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ