二十、
「舞岡くん。これ、チアの衣装なんだけど。着てみてくれないかな。最終調整したいから」
「お。もうできたのか。田上は凄いな」
「好きなだけだよ。で。みんなが居ない所の方がいいから、行こ。心配しなくても、秋庭くんには、了承を得ているから」
昼休み。
にこにこと近づいて来た田上に言われ、弁当を食べ終えていた薫は、将梧が渋い顔ながらも頷くのを見て、ちょっと行って来ると立ち上がる。
服飾関係に興味があるという田上は、自分でデザインをして自分で作るのが好きだとかで、薫が着るチアの衣装も、率先してデザインし、作成していた。
「・・・・・・田上?俺が、これを着るのか?」
教師の許可は得てあるとのことで、田上と共に家庭科室へ来た薫は、いそいそと田上が取り出したそれを見て、困惑の表情を浮かべる。
「そうだよ。絶対に可愛いだろうなって、舞岡くんが着ている姿を想像しながら、一生懸命作ったんだ。だから、舞岡くんが着てくれたら、凄く嬉しい」
一方の田上は、嬉しさを隠しきれない様子で、にこにこと薫にそれを差し出した。
「なんつうか。すっごく可愛いとは思うんだけど、着るの俺だよ?」
「そうだよ。舞岡くんだから、張り切って可愛く作ったんだ。ここはこうしよう、この方がきっと可愛いって、色々考えて作るの、本当に楽しかった」
普段、大人しい印象の田上が、わくわくさを隠さずに言う、その瞳のきらめきを見て、薫はうっと詰まった。
「それは、ありがと。んで、お疲れ。でも、俺はさ。もっとこう、装飾も無いような、スポーティなものを想像していたんだけど」
ミニスカートは仕方ないにしても、上はランニングのような形のものだろうと思っていた薫は、セーラーカラーにフリルが付いた、素晴らしく可愛い衣装にたじろぐ。
「うん。実際に激しく動くんだったら、そういうものがいいよね。でも、今回はそうじゃないから」
「・・・ああ。なるほど」
確かに今回は、体育祭の色物枠でのチアなのだから、別に動きやすい必要は無いなと、薫は遠い目になった。
「でねでね。セーラーカラーなんだけど、袖はフレンチにしたんだ。舞岡くんがいくら可愛くても、肩は出さない方がいいと思って。でも、半袖よりフレンチが可愛いかなって」
色々描いてみたんだよと言う田上に、薫が不思議そうな表情で尋ねる。
「肩?なんで?」
むしろ、ランニングのようなものを着るつもりでいた薫に、田上がくすりと笑った。
「だって、舞岡くん。男の子でしょ?」
「おう・・ああ!肩が男っぽいから、袖無しは無理ってことか!流石、田上」
肩が男っぽいと言われ、気分が上がった薫は、セーラーカラーにたくさんのフリルが付いた、その途轍もなく可愛らしい衣装を手に取る。
「うん。着てみてくれる?」
「おうよ!任せろ!」
『薫。ちょろすぎ』
将梧がいたなら、確実に呟かれただろう状況で、薫はチアの衣装に袖を通した。
「薫。チアの衣装、どうだった?」
「おう。すっごく可愛いのだった。田上は凄いな」
いつものように、ふたり並んで帰りながら、将梧が心配そうに問うも、薫はのほほんと答える。
「可愛い。そうか。それは、薫に似合うだろうな」
「どうだろう?フリルがかなり付いてたからな。似合わねえどころか、気持ち悪いと言われる可能性もある。まあ、その覚悟もあるよ」
こうなったら目いっぱい楽しんでやると言う薫に、将梧は呆れたように首を横に振った。
「いや。そんなことはない。薫。攫われるようなことはないようにするけど、自分でも気をつけろよ」
実は、既にクラス総動員で警備にあたる段取りは組まれているのだが、薫だけはその事実を知らない。
「何、言ってんだよ。あのな。田上が用意した衣装、肩が出ないようになってんの。田上曰く、俺の肩は男っぽいからって・・・ん?あれ、母さんだ」
『薫。それは大きな間違いだ。確かに、女性のような肩だとは言わないが、俺達と比べたら男らしいとは言い難い。充分、袖なしの可愛い衣装も似合う』という言葉を呑み込んだ将梧は、何気なく薫の肩から首を見て、どきどきしてしまう。
この間、あの首に触れて。
薫が、きゅううんって、可愛く体を動かして・・・。
「ああ、将梧悪い。俺、スーパー寄って帰らないと」
「ん?どうした?」
じっと画面を見つめる薫の首筋に、思わず手を伸ばしかけていた将梧は、薫が顔をあげた瞬間、はっと我に返り、何事も無かったかのように薫の目を見た。
「母さん、味噌切らしてたの忘れて、買って来なかったって」
「分かった。じゃあ、一緒に行こう」
「いや、あのさ。いつも、何度も言っているけど、将梧は勉強があるんだから、いいよ」
「俺こそ。いつも、何度も言っているだろ。気になって勉強なんか手に付かないから、薫が家に帰るのを見届けたいって」
「分かった。ありがとな」
こうなれば、将梧は引かないと分かっている薫は、ならばさっさと用事を済ませようと、スーパーへ向かって歩き出した。
手。
繋ぎたい。
その隣で、将梧は、歩みと共に揺れる薫の手を、じっと見つめていた。