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p.26 「会うのが楽しみになってきた」

「……兄上たちに話を聞くのもいいかもしれない」

『お兄様方に? お忙しいのでは?』

「そうだね、すぐに時間は取れないだろうけれど……まあ、なんとか時間を合わせて聞いてみるさ」


 なにしろ兄たちはダリルに甘いのだ。エルシーのことで相談があると言えば、なんとか時間を作ってくれるに違いない。


「……今日一日、君に関わるところを回ったわけだけど……なにか思い出せた? 子どもたちから君がシスターソフィアとなにか揉めていたという話もあったけれど」

『いいえ、残念ながらなにも……シスターとは仲良く付き合えていたはずだし、なにがあったのかしら……ああ、わたしの記憶が戻るのが一番手っ取り早いのに……』

「それはもちろんそうだけど、嫌な記憶でもあるわけだし、無理に思い出さなくてもいいんじゃないかな」

『確かにできれば思い出したくない記憶ではあるけれど、このままでいるのはもっと嫌だわ。最初はあなたの信奉者の仕業だとばかり思っていた……でも、そんな簡単な事件ではなさそうだし、早く思い出さなくちゃ……』


 そう言って俯いたエルシーはどこか思い詰めているようだった。

 教会や孤児院でエルシーの心配をする人たちを見たから、余計に早くなんとかしなくてはと焦っているのかもしれない。


 確かに彼女の言う通り、これはなかなか大変な事件なのかもしれない。

 もちろんエルシーの不注意で階段から落ちた可能性も捨てきれないが、それにしては事件以前の彼女の行動が不審すぎる。


 事件だとしてももっと簡単な、ただの個人的な怨恨にするものだとダリルも考えていた。動機はそうかもしれないが、その背後にはきな臭い組織の匂いもする。


(もしもこの事件の背後に組織的ななにかがあるのだとしたら、厄介だ。僕一人では手に負えない可能性が非常に高い。……まあ、犯罪組織の仕業にしてはお粗末すぎる気もするけれど)


 たとえばエルシーが犯罪組織のなにかを知ってしまったがゆえに階段から突き落とされたのだとする。

 だが、階段から突き落としただけで良しとするだろうか。犯人の顔を見られた可能性が非常に高いのに?


 ダリルが犯人ならば、確実にエルシーを殺す。それが組織のためにもなるし、なにより被害者からの証言は確実に得られないのだから、その方が警察に捕まる恐れもなく安全だ。


 エルシーが貴族の娘だから手を出すのを恐れた可能性もあるが、階段から落ちて打ちどころが悪くて死んだと装うことはきっと容易かっただろう。

 それにも関わらず、エルシーは助かった。


 その理由はただ一つ。おそらく犯人は怖くなって逃げ出したのだ。この手の犯罪に慣れていない人物の犯行であることは間違いない。


 だが、女性や子どもたちがなんの理由もなく短期間で大人数が突如消えるなんてことは、なんらかの組織が関わっていなければありえない。一人の仕業とも到底思えない。


(ただの怨恨であった方がもっと事態は簡単だったのに……)


 ダリルのファンによる逆恨みの犯行であったなら、ただ警察に突き出して罪を償わせるだけでよかった。

 まあ、それが貴族だと多少厄介ではあるのだが、それでもやりようはある。必ず償わせる自信がある。


 しかし、犯罪組織が関わってくるとなると、さらに事態は深刻だ。まず組織の全貌を掴むのが大変だし、さらにその組織に関わった者をすべて調べあげて捕獲するのも大掛かりな作戦が必要となるだろう。

 そしてさらにその組織を壊滅させるためにはさらに時間と手間がかかる。


「……思い詰め過ぎるのはよくない。気を楽にすることは難しいかもしれないけれど、無理はせず、自然に記憶が戻ることを待つしかないと思う。無理をすれば思い出せるものも思い出せなくなるかもしれない」

『……ええ、そうね』


 エルシーは頷いたものの、その表情は晴れない。

 ダリルもこの程度の言葉で彼女の気が晴れるとは思ってはいない。多少の気安め程度になればそれでいい。


「……おそらくだけど、君は幼なじみのオーウェンからなんらかの情報を得たんだろう。それが今回の事件に繋がったと考えられる。だからやはりまずはオーウェンと接触しなければ」

『そうね……』


 エルシーは頷いたものの、どこか気乗りしない様子だった。


「……なにか不満でも?」

『不満というか…………ただ単にあなたとオーウェンを会わせて大丈夫かしらと心配しているだけよ』

「心配? まさか、僕が彼に嫉妬するとでも? それとも、僕と彼の気が合わないのではないかと思っている?」

『むしろ、その逆を心配しているのよ……』

「逆……?」

『……まあ、会わざるを得ない状況だから、心配するだけ無駄なのでしょうけれど……』


 できれば会ってほしくないと、エルシーの顔が語っていた。

 その顔を見てダリルはますますオーウェンに興味が湧いた。これまで聞いたオーウェンの話から、彼の人なりを想像するのは難しい。どんな人物なのだろうかという不安以上に好奇心が優った。


「彼と会うのが楽しみになってきたな。早く会えるといいのだけど」


 そう言ったダリルをエルシーはギロリと睨む。だが、とくになにか文句を言うことはなかった。

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