p.27 ナルシスト王子の大船
その日の夜、ダリルが就寝準備を整え、明かりを消そうとすると、大きな窓から外を眺めているエルシーを見つけた。
昨日はどこかに行って姿を見かけなかったが、今日はそういう気分ではないようだ。
昨日までなら彼女に構わず寝てしまっただろうが、今日はいろいろなことが判明した。それを考えると、一声くらいかけてから寝ようかという気になった。
「なにか見えるのかい?」
『……べつになにか見えるわけではないけれど、なんとなく空を見ていたくなっただけよ』
「ふうん、そう。まあ、そういうときもあるよね。僕もたまにあるよ」
『あなたが? 格好つけではなく?』
本気で驚いた顔をするエルシーにダリルは傷つく。
「君は僕をなんだと……いや、やっぱり言わなくてい――」
『ナルシスト王子』
「言わなくていいって言ったのに……」
肩を落とすダリルを見てエルシーはくすりと笑う。
『……不思議だわ。こんなことがなければ、きっとわたしはあなたの前で猫を被ったままで、こんなふうにあなたと話すことはなかった』
「そうかもしれないね。……僕にとってはそれでよかったのだけど」
『ええ、そうでしょうとも』
にっこりとエルシーは笑ったあと、表情を曇らせた。
「どうかしたのかい?」
『……殿下、わたし、ちゃんと体に戻れるのかしら……』
いつになく小さく弱々しい声でエルシーは言う。
その問いにダリルはなんと答えればいいのか戸惑う。
無責任に「きっと戻れるさ」と言った方がいいのか、それとも「わからない」と正直に言った方がいいのか。
そんなダリルの戸惑いも承知の上なのだろう。エルシーは弱々しく笑った。
『そんなこと聞かれても困るわよね。わかっている』
「エルシー……その……」
困ったことに気の利いた言葉がなにも思い浮かばない。こういうときになにか言うのは得意だったはずなのに、どうしたことだろう。
『無理になにか言おうとしなくていいわ。わたしがわからないのに、あなたがわかるわけないもの。そもそもどうしてわたしはこんなことになったのかしら……最初は許せないからだと思ったけれど……』
初めて半透明のエルシーに会ったとき、彼女は怒っていた。
その怒りは記憶を失ったことによりダリルに向かったが、本来ならば犯人に向かうはずのものだ。
エルシーはなにか伝えたいことがあってこんな姿になったのだろう。
エルシーの性格からして、自分に危害を加えたことに対しての怒りはもちろんあっただろう。だが果たしてそれだけでこんな姿になるだろうか?
まだ他になにか理由があったのではないだろうか。魂だけの姿になってでも、誰かに伝えなければならないとエルシーが思い詰めるほどのことが。
「きっと、なにか伝えたいことがあったんじゃないかな。そんな姿になってでも、どうしても伝えなければと君が思い詰めるほどの重要な情報だった。……肝心なそれを忘れてしまったのは残念だけどね」
『……一言余分だわ』
そう言ってエルシーはダリルを睨む。
だが、それはまったく怖くなかったので、ダリルは笑ってみせた。
「でも、僕がそれを解き明かしてみせよう。大船に乗ったつもりでいたまえ」
その言葉にエルシーは虚をつかれた顔をした。
そして『期待しているわ』と少し笑ったのだった。




