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p.14 留学中の幼なじみ


「君がこの図書館に出入りしていたことは本当だったようだ。そして、君が男性と一緒にいたところを見たという証言も得た」

『ええ、そうね』

「君に関する噂は、その男性といるところを見た誰かの仕業かもしれないな。君がここに通っていることを知って、誰かに尾行させていたのかもしれない」

『そうなると……わたしの噂を流したのはあなたの信奉者ということになりそうだけど』

「……まあ、普通に考えてそうなるかな。しかし、問題はそこじゃない。君の事件とその男性が関係あるかないか、だ」

『露骨に話を逸らしたわね……』


 エルシーは呆れた目をしたものの、『でも、確かにそうね』とダリルに話を合わせる。

 あとで嫌みを言われそうだなあと思いながら、ダリルは話を続けた。


「君とその男性はどんな接点があるのか……」


 ダリルはそう呟きながら手帳を取り出し、筆を滑らせる。


『なにを書いているの?』

「いや、君が一緒にいた人物の特徴を聞いたから、それを元に似顔絵が描けないかなと思って」


 そう言いながらもダリルの手は止まらない。


『さっきもそうだけど……似顔絵を描くのが得意なの?』

「いや、別に……これくらい普通じゃないかな」

『どう考えても普通以上でしょう……』

「そうかなあ……よし、描けた。こんな感じの人物に見覚えはないかい?」


 ダリルが見せた絵は、一般的に思い浮かべるであろうお坊ちゃんを少し大人にした感じの男性だった。

 人懐っこさそうな雰囲気の青年である。歳はダリルとほとんど変わらないくらいだろう。

 エルシーはじっと絵を見つめ、『あ』と声を出す。


『この人……わたしの幼なじみのオーウェンだわ! オーウェン・シモンズ』

「君の幼なじみ?」

『ええ。留学している知り合いがいるって言ったでしょう? 彼がそうなの。確かに留学しているはずなのだけど……』


 エルシーは戸惑った顔をしている。

 留学中でこの国にいないはずの幼なじみと会っていた。それも貴族が立ち寄らなそうな図書館で。

 なるほど、噂を流すには十分なネタである。少し弱い気もするが、当の本人に意識がなく反論もしようがない。それをいいことに好き勝手言っているのだろう。

「オーウェン、オーウェンね……聞き覚えがない名だな……」

『そうかもしれないわね。彼、貴族ではないし』

「貴族ではない……?」

『ええ、そうなの。彼は父と親交のあるシモンズ商会の跡取り息子。彼の父とわたしの父が古い友人で、その関係で付き合いがあるのよ』

「へえ…………ちょっと待って。今、シモンズ商会って言った?」

『ええ、言ったわ』

「あのシモンズ商会?」

『この国で一、ニを争うあのシモンズ商会よ。あなたも爵位を継げば嫌でも付き合わないといけなくなる相手よ』

「……なるほど……」


 この国でシモンズ商会の名を知らぬ者はいないだろう。シモンズ商会は庶民から王侯貴族まで、この国に住めばほとんどの人は利用したことのある店の名前である。


 リーズナブルな品物からこだわり抜いた一級品まで、その人の需要に応える商品を提供するという謳い文句で商売をしている店だ。

 庶民向け、業者向け、王侯貴族向け……さまざまな層に合わせた店を展開し、王都にも何店舗も店を構えている。


 ダリルも利用したことがある店だ。むしろ、なんでも揃えてくれるので、とても贔屓にしている店だ。

 おそらく他の兄弟たちも利用しているのではないだろうか。


 そんな店の主人とマルティネス家の当主が親密な関係だったなんて、目から鱗だ。そんな情報はダリルには伝わっていない。ましてや、その跡取り息子とエルシーが幼なじみだったなんて話、聞いたこともない。


 不意打ちの大きな情報にショックを受けるのと同時に、シモンズ商会との繋がりがより深くなることにダリルは内心喜ぶ。

 さすがに無理だろうな、と諦めていた美容品も、侯爵家に婿入りをしてシモンズ商会の主人やその息子と親しくなれば、融通を利かせてくれるかもしれない。


「もっと早く教えてくれてもよかったのに」

『以前に言いましてよ? あなたがわたしの話をよく聞いていなかっただけで』

「なんだって……!」


 確かにダリルはあまりエルシーの話を聞いていなかった。ほとんどの話は聞き流していた。

 そもそも、こうなるまでエルシーとまともに会話をしたことがあるだろうか。


(……つまらない女だと決めつけて、僕は彼女と会話をしようとしてこなかった……)


 自分の話ばかりして、エルシーの話は聞こうとしなかった。彼女のような大人しい女性にはその方がいいに違いないと思っていたからだ。

 だが、実際のエルシーは気が強く、毒舌だった。きっとダリルの話にもうんざりしていたに違いない。


 もっとダリルがエルシーに歩み寄っていれば、こうした有益な情報だって忘れなかっただろう。

 すべてダリルの怠慢が招いたことだ。


(……これからは人の話をよく聞こう)


 そんな子どものようなことをダリルは誓い、咳払いをする。


「ゴホン! では……そうだね。とりあえず、君がよく行っていたという別館の方に行ってみよう。そしてそのあとにシモンズ商会に寄って、オーウェンが今どこにいるのか確認する。これでどうかな?」

『ええ、いいと思う』

「もしオーウェンが帰ってきていて彼に会うなら、君の家で待ち構えていた方がいいかもしれないね。幼なじみなのだし、君が怪我をしたとすれば彼も心配だろう」

『……オーウェンがわたしの心配を……?』


 エルシーはなぜか意外なことを言われたような顔をし、なにかを堪えるように俯く。

 ダリルはエルシーのその反応に首を傾げる。


 幼なじみを心配するのは当たり前のことだろう。

 それとも……彼が心配することをあえて考えないようにしていたのだろうか。

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