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p.13 意外な特技


 甘い物さえ補給できれば、すぐ立ち直れるのがダリルの長所(だと本人は思っている)だ。

 持参していた飴を舐め、気分を持ち直したダリルはメモを書いてきた手帳を広げる。

 今まで聞いたエルシーの行動歴を改めて見直し、毎日決まった場所に通っていることがどうにも引っかかった。


 エルシーの事件が起こる前、半透明なエルシーが覚えている間では毎日図書館に通うというルーティンはなかったと言う。

 つまり、これは新しくできた日課ということだ。これが事件に関係しているのかはわからないが、ダリルの勘は関係ありと告げていた。


「なぜ図書館に通っていたのか……」

『人が多く出入りするところだからではないかしら』

「それなら、もっと他にも通うところはあるだろう。たとえば、デパートとか」

『デパートではだめだったんでしょう』

「なぜ」

『なぜって……そんなの……わからないわよ……』


 エルシーは悔しそうに言う。

 そんなエルシーの様子に気づくことなく、ダリルは自分の考えを口にする。


「……考えられるとしたら、なにか目的があって図書館で調べものをしていた。または、図書館に通う誰かを探していた、くらいかな。君がわざわざ図書館で調べ物をするなんて考えられないから、誰かを探していた可能性が高い……図書館に頻繁に顔を出す、エルシーと知り合いの人物……」


 ダリルの交友関係は広いように見えるが、実際には狭い方だった。

 気心の知れた友人と呼べるような存在はいない。兄たちには悪友と呼べる友がいるようだが、ダリルはこの際立って美しい容姿のせいでそんな存在を作る機会さえ与えられなかった。


 昔から天使のようだともてはやされ、そんなダリルを狙う輩もいた。襲われたことなど、一度や二度の話ではない。

 だからこそ、両親も兄たちもダリルの交友関係には細心の注意を払い、ダリルを守ってくれた。

 そのことには感謝しているが、成人となった今でもその監視の目は続いているため、ダリルには友人と呼べる存在ができない。


 話は逸れたが、それゆえにダリルにはエルシーの交友関係がわからない。名前が浮かぶことはあっても、顔は出てこない。


『そんな人いるかしら……』


 当の本人であるエルシーも首を傾げているくらいなのだから、特別親しい間柄の人物ではないのだろう。

 そんな相手にエルシーはどんな用があったのだろうか。


「ダリル様、到着いたしました」


 運転手から声をかけられ、ダリルはハッとする。

 お礼を言って降りるとき、運転手にこう聞かれた。


「あの……先ほどからずっと独り言を話しておられましたが……」


 その言葉にハッとする。

 エルシーはダリル以外には見えない。それはわかっていたはずなのに、車内では普通に話してしまった。


「あ、いや……これはその……」


 咄嗟にいい言い訳が思いつかず焦る。

 そんなダリルに運転手に優しく微笑んだ。


「なにもおっしゃらなくて結構ですよ。婚約者のエルシー様が大変な目に遭われてダリル様もお疲れなのでしょう……今日はお早めにお休みくださいませ」

「……」


 いいように勘違いしてくれたのは助かるが、なんだか釈然としない。

 しかし、それを訂正する言い訳も思いつかないので、運転手に重ねてお礼を言っておく。


『あなたの周りにいる人ってみんな優しいわね……』


 ボソリとそう言ったエルシーにダリルは頷く。

 そして小声で返す。


「時々腹立たしいけどね! それより、今から図書館に入る。ここからは話しかけても僕は反応しないからね」

『わかっているわ』


 ダリルは変装のためにサングラスをかける。

 ダリルは王族の中でも顔が知られている方だ。メディアからも『世界一美しい王子』などとよく話題になるため、知名度は兄たちよりも高いと自負している。

 だから騒ぎを起こさないためにも、軽い変装は必要なのだ。


(まあ、これでも僕の美しさは隠しきれないのだけど。サングラスで目元を隠しても、美しいオーラが漏れてしまっているのだから仕方ない……)


 ポケットから手鏡を取り出し、身だしなみを確認する。

 この姿を見てダリルとわかる人はいないだろう。美しくて注目されてしまう程度なら問題ない。

 そんなダリルをエルシーが冷めた目で見つめているのに気づき、そっと手鏡をしまう。


 そして図書館へと足を踏み入れる。

 ここは国立図書館である。古くて貴重な蔵書も所蔵されており、それも許可さえ取れば閲覧可能なため、学生や学者なども足蹴く通う場所だ。

 もっとも、複製は禁じられているので、限られた時間で記憶するしかない。


 ダリルは国立図書館に来たことはない。

 古い書物に興味はないし、必要な本は大抵城の図書室で事足りる。そこにないものは買えばいいだけのことなので、わざわざ図書館に足を運ぼうと考えたことすらなかった。


 なので、初めて訪れた図書館に少しだけわくわくしていた。

 本特有の紙の匂いと、静かな館内。人の姿はまばらで、閑散としている。

 国立図書館というだけあって、かなりの大きさだ。所蔵数も軽く一万は超えていると聞く。

 図書館は本館の他にも別館があり、別館のさらに奥の方にある鍵付きの部屋に貴重な書物が保管されている。……と、図書館の入り口にある案内板に書かれていた。


 まずは受付にいる人にエルシーを見たことがあるか話を聞くのが一番だと、ダリルは受付に向かう。

 人が近づいてきたのを察したのか、なにか書き仕事をしていた受付にいる女性が笑顔を向け、すぐにその顔が固まった。


「少し聞きたいことがあるのだけど、いいかな」

「え? わわ、私に、ですか……?」


 そわそわとした様子で彼女は答える。

 そして周りにチラチラと視線を動かす。


(……なるほど。僕の美しさに少し当てられたんだな。それは仕方ない)


 ダリルはそう確信し、微笑む。


「ああ、そうだとも。君はここにずっといるのかな?」

「え、ええ……ほとんどの時間、ここで受付をしていますが……」

「そうか。それでは、エルシーという女性を知っているかな。侯爵家のご令嬢なのだけど、彼女はしばらくここに通っていたようだ。見た記憶はないかい?」

「すみません、そのエルシーさんがどのような方なのか知らないので……」

「ああ、そうか……そうだよね」


 エルシーの知名度はダリルほどはない。

 貴族の間では知らない人はいないだろうが、一般市民には馴染みがなくて当然だ。


 ダリルは手帳を取り出し、ペンをすらすらと動かす。

 それを不思議に思ったのか、エルシーが覗き込み、『えっ』と声をあげた。


 ダリルはそれに反応せず、手帳を破いてその紙を受付に見せる。

 怪訝そうな顔をしていた彼女はそれを見て驚いた顔をする。


「えっ⁉︎ お上手ですね……!」

「ありがとう。あまり似てないかも知れないのだけれど、この人に見覚えはないかな? ダークブロンドに緑色の瞳の女性なんだ」

「この方なら見覚えがあります。綺麗な方ですし、なによりここではあまり見かけない身分の方のようでしたので」

「彼女がよくどのあたりにいたのかはわかるかな」

「ええっと、そうですね……」


 彼女は少し遠くを見つめた。きっとエルシーのことを思い出しているのだろう。

 少ししてから再びダリルに視線を戻す。


「特に決まったところに向かう様子はありませんでしたが……でも、別館の方に向かう姿を何度か見かけた気がします」

「なるほど。彼女が誰かと一緒にいるところを見た記憶は?」

「いえ……あ。でも、一回だけ男性の方といるところを見ました」

「そうか……ちなみにその男性の特徴は?」


 ダリルは受付の女性から男性の特徴を聞き出したらあと、「ありがとう。時間を取らせて悪かったね」と言って離れ、人気のない方に向かう。

 そしてエルシーを見た。

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