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p.12 『懐かしい顔に会った』


「なにか思い出した?」

「はい。そういえば、お嬢様が『懐かしい顔に会った』とおっしゃられていたことがございました。思えばその日以降です、お嬢様が悩みんでいるご様子を見せ始めたのは」

「そうか……貴重な証言をありがとう。ちなみにそれはいつ頃の話だい?」

「確かあれは……一週間ほど前でした」

「なるほど」


 ダリルはエブリンたちから一通りエルシーの行動履歴を聞き、それを手帳に書き記した。

 聞きたい情報は一通り聞けたので、「ありがとう、とても参考になったよ」とお礼を言う。

 そんなダリルにエブリンは悩みつつも、こう問いかけた。


「あの……おそれながら、殿下はお嬢様が誰かに突き落とされたと考えておられるのでしょうか……?」

「侯爵家の見解を疑っているわけではないよ。でも、彼女が怪我をした途端、嫌な噂が流れ始めたのがどうにも気になってね……」


 嫌な噂の一言に、エブリンも執事も眉を微かに顰めた。二人の耳にも当然ながら入っているのだろう。


「ダリル様、誓ってお嬢様はあなたを裏切るようなことはなさっておられません。私が保証いたします」

「私もそれは保証いたします」


 二人揃ってそう言う。

 エルシーは使用人たちからも愛されていることがよく伝わる。


「もちろん、僕も君たちと同じようにエルシー嬢を信じているとも。彼女の名誉のためにも、噂は事実無根であると証明しなくてはならない。それが彼女の婚約者としての僕の務めだと思っている」

「殿下……!」


 執事もエブリンも感激した顔をする。そして、自分たちでできることがあれば喜んで協力をさせてほしいと言ってくれたので、ダリルはその言葉に感謝し、侯爵家をあとにした。


 車に乗り込むとエルシーも一緒に乗る。そしてダリルの隣に腰掛け、黙って成り行きを見守っていたエルシーは口を開いた。


『殿下は本当に口がお上手でいらっしゃること。感心してしまったわ』

「ありがとう。これくらいはなんでもないさ」

『……褒めていないのだけど』


 ボソリと言ったエルシーの言葉は聞かなかったことにした。


『それよりも……ここ数日間のわたしの行動履歴は大方わかったわね』

「ああ。決まった場所を回っていたようだね」

『場所は、図書館とその近くの喫茶店には毎日通っていたようね。あとは行きつけの店を何軒か。……図書館なんて滅多に行かないのにどうしてかしら』

「なにか目的があったのは確かなんだろうけれど、それがなにかわかる情報を僕たちはまだ手に入れていない」

『そうね……』


 車の窓から遠くの方を見るエルシーにダリルは声をかけようか悩んだ。

 そしてそんな自分に慌てる。


(どうして僕がエルシーに気を遣わなくちゃならないんだ? どうかしているな……)


 異常現象に現在進行形で出会しているから、知らず知らずのうちに心が弱っているのかもしれない。

 ダリルはこういう摩訶不思議な現象が苦手なのだ。だからきっと、それで疲れが出ているに違いない。


 そう結論付け、わざとらしくダリルは咳払いをする。


「あー、ゴホン。とりあえず、君が通っていた図書館に行ってみよう」

『ええ、そうね……』


 心ここに在らずといった風に返事をするエルシーにダリルはムッとする。

 ダリルが隣にいるというのに、その態度はいかがなものだろうか。エルシーはもっとダリルを敬い、気を遣うべきなのだ。


「……どんなに悔やんだって過去はやり直せない。今は自分のために、君を心配してくれる人たちのためにできることをするしかないんだ」

『殿下……』


 エルシーは目を見開いた。

 そして、なぜかくすくすと笑い出す。


「な、なぜ笑うんだ?」


 良いことを言ったつもりだったのに。

 そんなにおかしいことを言っただろうか、と焦るダリルに対し、エルシーは『だって』と言う。


『殿下がとてもまともなことを突然おっしゃるから……』

「その言い方だと僕がいつもまともなことを話していないみたいじゃないか……」

『あら。自覚、ございませんでしたの?』

「なんだって……!」


 ショックを受けるダリルにエルシーはさらに声をあげて笑う。


「そんなに笑わなくても……」

『ふふ……ごめんなさい』


 エルシーはようやく笑いを引っ込め、微笑む。


『気遣ってくださって、どうもありがとう』


 ――その笑顔になぜか一瞬見惚れて。


 それがなんだかとても悔しく、ダリルはそっぽを向いて素っ気なく「……どういたしまして」とだけ答える。

 拗ねたような声音になったのも気に入らない。

 そしてなにより、やたらとうるさいこの鼓動はもっと気に入らなかった。

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