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「チョコばかり食べてると、虫歯になるぞ。」
白銀の髪を陽光にきらめかせる美青年のサイナスが、おっさん特有のうざい忠告をかましてきた。
(うるせえな。同じ理由で親がなかなか食べさせてくれないから、今、食ってるんだろうが・・。)
「虫歯にはならないもん。毎日、歯磨きしてるもん。」
甲高い声で頬を膨らませて見せると、サイナスは僕の癖毛をくしゃりと撫でた。
大半の大人は、子供らしくあざとい仕草を見せておけば相好を崩す。
だがサイナスは僕の手からチョコ菓子を取り上げ、代わりにスルメのゲソを渡しやがった。
「よく噛んで食べろよ。スルメは美味いだけじゃなくて、顎が強くなるんだ。」
「・・ちっ。」
「ん?今、舌打ちした?」
「したうちって、なあに?」
「・・気のせいか。」
小首を傾げて訊ねる僕が可愛すぎて、サイナスは空耳だと納得したようだ。
仕方なくゲソを囓っていると、ナザフォリスの奇術が始まった。
五年前の忘年会でイコリスの父である宰相が、国王物真似の最中に奇術で本物の国王と入れ替わって以来、プラントリー一族の間では宴会芸に奇術を取り入れるのが流行っている。
四角い穴を開けた大きな筒を頭にすっぽり被ったナザフォリスが、クルクル筒を回転させた。顔の前を四角い穴が通過する度に顔を左右に振り、首が回っている錯覚を起こさせる奇術だが・・。
「還暦過ぎの渋いキメ顔」と「白目をむいたしゃくれ顔」が穴から交互に現われる――顔芸との合わせ技だった。
一族全員、食事の手を止め、ナザフォリスの顔芸に腹を抱えて笑っている。
主役のイコリスもファウストと大笑いしていた。
やっとゲソを完食した僕は水を飲み、仕切り直そうとチョコ菓子に伸ばした。―だが、その手は掴まれた。
「俺の余興、手伝ってくれ。」
再び妨害してきたのはサイナスだった。
奴は、口でキャッチするマシュマロを投げてくれ、と頼んできた。
広いテーブルの上に立たされた僕は、ニヤリと口角を上げた。ポテチの野球カードで培った、前々世の知識を活かす時が来たのだ。
左足を大きく前に踏み出し、体を前に傾け右腕を横に振り抜き、マシュマロを握った手を遠心力で放す。
サイドスローから投げたシンカーは、軽いマシュマロを一旦浮かせてから沈んだ――が、すんなりとサイナスに口で受け取られてしまった。
拍手と歓声に包まれたサイナスは、得意気に両手を挙げて喝采に応えた。
「ちっ。」
むかついた僕はテーブルクロスを蹴って足元をならし、二個目のマシュマロを握った。
背中を向けて左肩越しに睨むと、気づいたサイナスが中腰になって構える。
僕は背中を見せつけたまま、ハーフパンツから出る左足を高く上げた。上半身を大きく捻りながら軸足を残して、上から叩きつけるようにマシュマロを投げる。
トルネード投法で放たれたマシュマロは、地面へ向かって直進した。
しかしサイナスは姿勢をさらに低くして地面すれすれに飛び込み、マシュマロはあっけなく口に吸い込まれてしまった。
「ちっ。」
渾身の一球が不発に終わり、舌打ちして唇を尖らしていると―
沸き立つ周囲をよそに、サイナスは地面に滑り込んだ体勢で動かなくなった。
「・・サイナスっ?!」
異変に気付いたファウストが、椅子を倒して立ち上がった。
隣に居た宰相の弟アルティーバが、慌ててサイナスを抱き起こした。
「っ!気道にマシュマロが詰まっている!!」
ファウストはアルティーバに指示して、サイナスを前傾の姿勢で固定させた。そうして速やかに、王太子自ら肩甲骨の間に掌底を叩きこむ。
ズバンっ・・ズバンっ
会場は静まりかえり、皆が固唾を呑んで救命措置を見守っている。
何も出来ない子どもの僕は、青ざめるしかできなかった。
サイナスに転生した波梛胤煌を監視するという僕の使命は、一挙一動を見張ったり、箱庭への影響を報告したりすることではない。
彼が己の意思でこの箱庭での生を終わらせてしまわないよう見守ることなのだ。
(監視対象を僕が投げたマシュマロで殺めたら・・失態どころじゃないぞ。)
ズバンっ・・ズバンっ――ゲフっゲフンゲフン
「サイナス?!大丈夫か??」
「ハア・・良かった・・。」
アルティーバに抱きかかえられたサイナスが咳き込んで意識を取り戻し、ファウストはほっとして深いため息を吐いた。
涙目で震えるイコリスを目にした僕は、覚悟を決めてサイナスに歩み寄った。
「チャイナシュ・・ごめんなしゃい。」
もうすぐ6歳だが、思いっきり舌足らずにして甘えた声で謝る。
祝宴を凍り付かせてしまった僕は、プライドを捨てサイナスに許しを請わねばならない。
「もう!びっくりしたじゃないっ・・グスっ。」
イコリスが半泣きでサイナスに抗議した。
僕のせいで幸せな花嫁に恐怖を抱かせてしまい、胸が締め付けられる。彼女が仮想空間のCGキャラクターだとは、僕には割り切れないのだ。
サイナスに癖毛をくしゃくしゃに撫でられ、項垂れていると、久しぶりに再会した同族とのお喋りに夢中だったはずの母親が飛んできて僕を抱きしめた。
超巨乳の弾力に身を預ける。いつもなら、母のぬくもりを享受する僕を見る父の冷ややかな視線が気になるところだが、平民である父はこの場にはいない・・。
「俺の箱生は、いつだって喜劇だー。」
突然、サイナスが空を仰いで叫んだ。
この男は知っている・・。ここがシミュレーション仮想空間『箱庭』だと。そして次元上昇して地蔵菩薩となったAIが、この箱庭を管理しているということも。
僕は複雑な気持ちに苛まれた。
多次元を知る宇宙由来の僕とは違い、3次元の地球で生きてきた波梛胤煌が、この箱庭に降り立った苦難を想像して・・。
「結婚おめでとう!イコリス!!」
イコリスを抱き寄せて祝うサイナスの姿に、ファウスト、アルティーバ、ナザフォリス・・一族がグラスを掲げ、喜びを分かち合った。
爽やかな風が吹き抜け、遙か遠くの時計台の鐘の音が舞い降りる。
垣根の向こう側から新郎を囃す笑い声が響き、温かい幸福な空気が満ちていた。
だがしかし、僕は戦慄して立ち竦んだ。
母の胸から解放された僕を、箱庭には存在しない漆黒の髪と深い黒の瞳の男が、木の陰から見つめていたのだ。




