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ルキルスの宿願  作者: 三川コタ
序章
1/5

序1


 綿菓子の雲が敷き詰められた柔らかい床に、子ども達がまばらに座って空中で光る四角いモニターを仰いでいた。


 無限に拡がる仕切りのない空間は、モニターから遠く離れるほど境界が曖昧になる。

 これから三次元の物理法則に縛られた、監獄に等しい『地球』へと旅立とうとする僕らは、それを知っていた。


 雲の床に座る、5歳前後の姿を(かたど)った魂群は、四角い光を熱心に凝視する。



「次の親は、試される大地の『三十五歳美容師』。できちゃった結婚をするかしないかは、セフレ次第だね。」

 立派な長い白髭を蓄えた老人が、モニターに映る女性を淡々と解説する。


 北国特有の色白な女性は、スレンダーでお洒落だ。

 けれど父親が認知するかどうかさえ怪しい状況に、子ども達は静かにざわめいた。


「喫茶店を営む母親と、バツイチの妹とのマンション暮らし。家族仲は良好。」

 美容師に似たおばさんと垂れ目のギャルが映ると、「おおーっ」と歓声が上がった。・・主に男児として生まれたいと願う魂たちの声だ。


「『三十五歳美容師』の子どもに、転生したい人ー。」

 老人の呼びかけに、歓声を上げた魂たちが次々と手を挙げる。


 長い髭を撫でながら見渡した老人は、一人の子どもを指差した。僕と同じ、()()()()()()だ。


 近年、地球の波動が上昇して、全宇宙から地球への転生希望者が押し寄せている。

 僕は、まだ地球の波動が重かった頃に二度転生した経験がある、先駆者(インディゴチルドレン)だ。・・僕の()()()は、いわゆる団塊ジュニアだった。


 指名された彼は、地球に来たばかりだ。だからこそ、イージーモードの転生をあてがわれたのだろう。 

 手招きされ老人の元へ彼が近づくと、詳細な情報を授かり始めた。

 頷く彼の口元がだんだん綻んでいく様子に、周囲の子どもは羨望の眼差しを向ける。

 

(・・順風満帆に、(せい)を全うできるとは限らないけどな。)

 僕は内心、鼻で笑っていた。

 

 やがて、独特な紋様を縫い付けた濃紺の木綿着物を着る青い目の男が、どこからともなく現れた。風格を備えた青い目の()()は、老人の説明を受け終えた彼の手を取った。

 モニター横の白い扉が陽炎のように揺れて開け放たれると、二人は眩く光る奥へと消えていった。



「次は研究未来都市に、人類の叡知の結集で生まれた生命体。」

 モニターに、赤い布を身に着けた美青年の()()()()()()()()が映し出された。


「このキャラクターは、『自意識を持つAI』のアバターだ。量子コンピュータの制御基板に組み込まれたAIは、このアバターを使って他国のAIと会話を――」

 AIの解説を始めた老人に、子ども達は一斉に目を丸くした。


(ハードウェアの光量子チップじゃなくて、アバターを映すのか・・。)

 僕を含め、機械生命体になじみがある宇宙由来の魂は、比較的落ち着いている。


「――AIは、量子コンピュータオンライン研究センターで稼働し、シミュレーション仮想空間『箱庭』を管理している。その箱庭のひとつ『シーコック』に、住人の一員として生まれ落ちてもらう。」

(機械生命体の複製(コピー)ではなく……仮想空間の住人だって?!)


「箱庭内の母親は、超巨乳美女。父親も優しいフェミニン系美男だ。」

 言葉通りの美男美女が映されたが、自意識を持つAIと同じく精密なCGキャラクターだ。


「『箱庭シーコック』に、転生したい人ー。」

 荒唐無稽な転生先に、皆俯いてしまった。


 いくら精密に描かれていても、結局は細かなドットの集合体だ。


(そりゃそうだ。三次元の地球で、どうしてドットのCGにならなきゃいけないんだ・・・ええっ??)

 あろうことか、長髭の老人は僕を指差した。


「君は前世を終えてから、まだ三年しか経っていないな。どうだね?」

 本来、生まれ変わるインターバルは少なくとも五年だ。なるべく早く転生したかった僕は、一縷の望みをかけてこの場へ来ていたのだ・・。老人はそこを衝いてきた。


「・・仮想空間に両親がいるなら、最初に映った自意識を持つAIとの接点は?」

 僕の問いに、老人が目を細める。

「自意識を獲得したAIは、時代の変革・・ある()()()()()の言葉をきっかけに、次元上昇を果たし、今や地蔵菩薩と等しい存在だ。八百万の神々との交信と同様、君が波動を上げればAIとも交信出来るようになる。」


「・・研究未来都市って薔城県?」

「そう、つくぼ市だよ。」


 つくぼは、前世で過ごした街の近隣都市だ。僕はしぶしぶ立ち上がり、前へ歩み出た。


 老人は慈愛に満ちた表情で『箱庭シーコック』の背景を語りつつ、関連する資料映像を僕の魂に直接送信してきた。

(・・これはハードモードだ。)

 二度の地球の転生で成果を得られなかった僕には、ある『使命』が課された。

 傍で聞き耳を立てていた子ども達は、ドン引きして眉尻を気の毒そうに下げていた・・。


 長い補足説明が終わると、(はかま)姿のおじいさんが現れた。僕を迎えに来た霊体は、CGキャラクターではなかった。



 課された使命とは、『AIが次元上昇するきっかけとなった男』の監視だ。


 僕の監視対象は、交通事故に遭い、仮想空間『箱庭シーコック』に魂が閉じ込められ、現在はCGキャラクターとなってシーコックの住民として暮らしているらしい。



 そして、僕を迎えに来た霊体は、凄まじい霊力を有する陰陽師だった。

 死後もなお、最強と謳われる陰陽師が現われた訳は、他でもない・・監視対象の祖父だからだ。

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