10.規律違反はダメですか?
ユニティ魔法学園では、年に一度の「魔法武術大会」が開催されようとしていた。
ライエル率いる風紀委員会は、大会に向けて規律の徹底を呼びかけていた。
「大会期間中、学園敷地内の魔法の使用は、指定された演習場以外では厳禁とする。
規律を破る者は、厳正に処分する」
ライエルの厳格な声が校内に響き渡る。
エレノアは、その言葉を聞いて、胸が締め付けられる思いだった。
大会期間中は、畑仕事はもちろん、植物に加護を与えることすら規律違反になってしまう。
それでも、彼女は放課後、人目を避けて畑に向かっていた。
「お願い、もう少しだけ頑張って…」
エレノアは、収穫を間近に控えた作物が枯れてしまわないよう、焦る気持ちで加護を注いでいた。
その瞬間、背後から冷たい声が聞こえた。
「アースフィールド嬢。規律違反だ」
振り返ると、そこにいたのはライエルだった。
彼は、エレノアの行動を把握していたのだ。
「私語を厳禁とした時間帯に、なぜここにいる。しかも、指定場所以外で魔法を使うとは…」
ライエルの目が、エレノアが加護を与えている作物に向けられる。
「言い訳は聞かない。風紀委員長として、貴女を処分する義務がある」
エレノアは、ただ黙って頭を下げた。
「……はい。私の負けです」
彼女の覚悟を決めたような態度に、ライエルは戸惑った。
その時、エレノアの畑の奥で、小さな花がひっそりと咲いているのが見えた。
それは、彼女がライエルのために、こっそり育てていた'ストロング・ブルーベル'という名の花だった。
その花は、疲労を和らげる効果があるのだと、以前ソフィアから聞いたことがあった。
ライエルは、その花を見て、ふと表情を和らげた。
「……この花は?」
「ライエル様が……剣の稽古を頑張っていらっしゃるって聞いたので、お役に立てればと……」
エレノアの言葉に、ライエルの心は揺れた。
彼女は、規律を破ってまで、自分のため……誰かのために、この地味な作業を続けていたのだ。
彼の「規律」とは、常に「正義」とともにある。
エレノアの行動は、彼が信じる「正義」に反していなかった。
ライエルは、静かにエレノアに近づき、その花に触れた。
「……規律とは、秩序を守るためにある。だが、貴女の行動は、秩序を乱すものではない。むしろ……」
彼は言葉を詰まらせた。
そして、エレノアにだけ聞こえるような小さな声で、こう囁いた。
「今夜のことは、規律違反として記録しない。だが、次からは、私の「見回り」に、注意するように」
それは、ライエルなりの「許し」であり、彼女を見守るという意思表示だった。
エレノアが驚いて顔を上げると、ライエルはもう背を向けていた。
彼の耳は、少し赤くなっているように見えた。
この一件以来、ライエルはエレノアの畑の近くで見回りをするようになり、エレノアは彼の「見回り」のタイミングを気にしながら畑仕事をするようになった。
二人の間には、規律という名の壁を超えた、特別な絆が芽生え始めていた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
少しでもエレノアたちの物語を楽しんでいただけたら嬉しいです。
次回は、ノアとの絆が深まる場面が描かれる予定です。お楽しみに!
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