前哨戦
少し短いです
――――――
日本軍は第三軍を除き、第一目標である遼陽を目指して前進していた。ロシア軍も同地で防衛を行うつもりであり、ここをめぐって戦いが繰り広げられる。七月に入り第一軍から報告が入った。
「報告! ロシア軍が第一軍に対して攻撃してきました」
第十師団が先鋒として進んでいたところ、ロシア軍がこれに攻撃してきたという。続報で、部隊規模は軍団規模。二から三個師団程度と見積もられた。
倍以上の敵に攻撃されて苦戦を強いられたが、幸いなことに師団は陣地を築いていた。そこに依って徹底抗戦。知らせを受けた黒木為禎は第五師団を迂回させて側面攻撃を行う。不意打ちを受けたロシア軍は混乱して撤退。さらに司令官のケルレル中将が砲撃により戦死したそうだ。
第一軍は敗走するロシア軍を追撃して千山山脈の摩天嶺を確保。遼陽を睨む位置に進出した。ここで補給などを行い態勢を整える。
他方、第二軍にも動きがあった。得利寺の戦いでロシア軍を追撃して大きな戦果を上げた同軍だったが、補給と再編成を行い束の間の休息をとる。その後、進撃を再開した。
司令官の奥保鞏が目をつけたのは大石橋。営口と東清鉄道を繋ぐ場所で、ここを攻略すれば遼陽への道が開ける上、鉄道線の確保もできる。一石二鳥の場所だった。当然、ロシア軍もその重要性は理解しており、二個軍団が守備していた。
このうち一個軍団は得利寺の戦いで撃ち破ったシベリア第一軍団。言ってしまえば敗残兵同然であり、二個軍団と言いつつも実態は一個軍団強。兵力的には日本側三万以上に対してロシア側二万余りと敵の方が少ない。奥は攻撃を決意して準備を進める。
その矢先、ロシア軍が攻撃してきた。
奥は驚きつつも冷静に対処。攻勢を挫くのみならず反撃を行った。得利寺の戦い、そしてこの戦いで消耗したロシア軍は攻撃を支えきれず大石橋から撤退した。第二軍もまた遼陽への進路を確保したのである。
ロシア軍の攻撃はこれだけではない。戦場に到着したばかりの第四軍に対しても、一個軍団(シベリア第二軍団)による攻撃があった。遼陽への道を拓くため、析木城の攻略を準備している最中での出来事で不意を突かれる。
第十師団とは違って第四軍は陣地を築いておらず、地形のみに頼る戦いを強いられた。しかしさすがは野津というべきか、敵の攻勢を采配で凌ぐ。ただ受け止めるだけでなく積極的に反撃したのだから大したものだ。
第四軍への攻撃を知った第二軍の奥からは、これを援護するため前進して海城を攻略したいという意見具申があった。私がこれを許可したため、第二軍は海城の攻略を目指して前進を開始した。
これで危険を感じたのかロシア軍は攻撃を中止して撤退。第四軍は放棄された析木城を占領する。
「川上くん。この動きをどう見る?」
よく言えば積極的、悪く言えば拙攻と評価できるロシア軍の動き。攻撃は仕掛けてくるものの全体がバラバラで、結果として各個撃破されている。
「仔細はわかりませんが、焦りを感じます」
川上は感覚でロシアに焦りがあると言った。私も同感だ。ついでに言えば、かなり適当な作戦指導が行われているように感じる。漠然と攻めろ、とだけ言われて各部隊の指揮官が好き勝手に動いた結果という感じだ。
「気持ち悪いな」
相手の意図が読めない。そんな状態で作戦を進めるのは危険ではないかと言うと、川上以下の参謀たちも同意した。
「ここはひとまず部隊の整理と補給に努め、その間に敵の事情を探りましょう」
東條の意見が採用され、日本軍は進撃を停止。部隊の再編成と物資の補給、備蓄に費やされた。
「秋山入ります」
総司令部では遼陽攻撃の作戦計画が練られていた。そこにやって来たのは騎兵第一旅団長の秋山好古少将。
「来たか」
秋山を呼んだのは私だ。日本軍は世界的に見ても早くに騎兵を縮小した。師団には偵察中隊程度の騎兵しか所属しておらず、残りは全て習志野に集め二個騎兵旅団を編制した。
このうち秋山が指揮する第一騎兵旅団だが、中身を見てみると呼称に疑問符がつく。というのも、旅団に付属する特科隊を中心に自動車を多数装備しているからだ。
以前から秋山は騎兵砲の類いを装備させてくれと要望していた。騎兵に随伴させるために軽量かつ容易に牽引できるものが望ましい。開戦が近いということで明治三六年四月に旅団長へと転任したのだが、部隊であれこれと実験していた。
実験により機関銃や火砲の砲架にゴムタイヤを採用。これを無限軌道装備の牽引車や自動貨車で牽引して移動する。極めつけは六輪自動貨車や半装軌車の荷台に機関銃や七五ミリ野砲(本格的な駐退復座機を装備した新型)を取りつけた自走式火砲であり、初歩的な機械化部隊といった様相を呈していた。
騎兵第一旅団は左翼の第二軍に所属している。東(右翼)は山地が多く狭いが、西(左翼)は平らな地形が多く騎兵が活躍できるからだ。機動力に優れ、火力を機動的に投射できる。来る戦いでは左翼の先鋒隊となるだろう。それを見越して配置も最左翼かつ、隷下に予備役ながら歩兵以下の連隊などを付属させ旅団戦闘団を成していた。通称、秋山支隊である。
そんなとんでも部隊になっている第一騎兵旅団だったが、だからといって以前からの任務がなくなったわけではない。彼らの仕事、その第一は偵察である。銃火器の発達により騎兵突撃はほぼ自殺行為。そのため日本軍では騎兵の任務を偵察、奇襲、追撃に偏らせていた。今回はそのなかでも偵察を命じる。
「旅順と違って航空機がないからな。君たちの目が全てだ」
「お任せください」
秋山は隷下の騎兵を四方八方に放ち積極的に偵察を行った。ロシア側も当然ながら警戒しており、斥候狩りに最強の騎兵であるコサックを投入。各所で小規模な遭遇戦が起きていた。日本騎兵は被害を出しつつも勇敢に偵察任務を遂行。続々と情報をもたらす。
「歩兵の籠もる塹壕の後ろに軽砲陣地、そのまた後ろに重砲陣地か」
「さらに歩兵の塹壕には機関銃が据えられている。厄介ですが想定通りでもあります」
偵察の結果、遼陽周辺に大規模な防御陣地の存在が確認された。さらに可能な限り詳しい配置も調べてくれている。それらから推測される火線はせいぜい十字砲火。これも凶悪だが、枡形門のように堡塁に飛び込んだら四方八方から銃撃を受ける、なんて構造は野戦陣地にはない。航空偵察をしなくとも必要な情報を得ることができた。
補給については概ね順調。占領地の線路を改軌していき、大連などの港から鉄路で物資を運んでいる。ロシア側の馬賊などに襲撃されることもあったが、さほど問題にはなっていない。
補給線が伸びるにつれて必要な車輌数も増えている。これについて海からの手紙に書かれてあった。計画では機関車は輸入、貨車については国内生産したものも投入することになっていた。しかし輸入できる在庫が無限にあるわけではない。いい機会だと新型に更新して余剰の機関車を売ってくれるところもあったようだが、このペースで需要が増えれば足りなくなる。そこで日本政府は倉屋に機関車も製造してくれないかと打診した。海はこれを受けることにしたそうだ。
「元々、自分たちで製造しようって話はあったし、戦争で鉄道部門は拡大しているから丁度いいかなって」
国家総動員により戦争関連の産業には徴兵されていない国民が動員されている。倉屋も関連する工場に徴用された人たちを受け入れており、軍需関連部門は規模を拡大していた。さらに桂から補助金の言質もとったので製造に踏み切ったとのこと。その辺はちゃっかりしているな。
元々、倉屋は客車や貨車の製造、輸入した機関車の組み立てなどを行っており車両製造のノウハウはあった。その蓄積を基に鉄道部門の技術者たちは輸入車を参考にした「クライチ」こと倉屋一号機関車を完成させる。これは即座に量産されて満州へと送られた。
どうしても生産できない精密部品を除いて国産にこだわったクライチはお世辞にも高性能ではなく、信頼性も高いとはいえなかったが逼迫する軍需輸送を支えた功労車となる。
遼陽攻撃へ向けて準備は整いつつあったが、懸念事項がひとつ。それはロシアの拙攻である。なぜそんなことをしたのか。しかもあれ以来、すっかり大人しくなった。陸軍国家であるロシアの拙攻は何か狙いがあるのでは? と勘繰ってしまう。
政府と大本営からは遼陽を攻撃すべしとの指示が来ていたが、背景がわからないと迂闊に攻められないとして無視していた。福島の下に編成された現地協力者も使い調べていたが、ようやく答えを得る。
「満州にクロパトキンが?」
「はい。例の騒ぎ(石炭爆弾)で足止めされていましたが、遂に着任したとのことです」
旅順の孤立、戦線の後退を追及されて極東総督のアレクセーエフは軍権を失ったそうだ。その時期はロシア軍の拙攻と一致している。
「なるほど。軍権を失うことを恐れたアレクセーエフが、クロパトキンの着任前に戦果を上げようとしゃかりきになっていたわけか」
「我々も随分と甘く見られたものです」
「まったくだな」
はははっ、と笑い声が司令部に満ちる。自信と慢心は紙一重。だが、これは自信からくるものだという確信があった。そして私は告げる。
「諸君、やるぞ」
何を、とは言うまでもない。全員が認識を同じくしている。スタッフはおう、と心強い返事を返してくれた。既に作戦計画は立案されており、作戦開始日を八月X日としてこれを各方面に伝達するのだった。
「面白かった」
「続きが気になる」
と思ったら、ブックマークをお願いします。
また、下の☆☆☆☆☆から、作品への評価もお願いいたします。面白ければ☆5つ、面白くなければ☆1つ。正直な感想で構いません。
何卒よろしくお願いいたします。




