陰の戦い
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戦争とは何だろう。
別に哲学的な問いを投げかけているわけではない。単に漠然と戦争という言葉を聞かされて何をイメージするか、ということだ。
多くの人は具体的な戦いを挙げるだろう。桶狭間の戦いや長篠の戦い、関ヶ原の戦い。この日露戦争でいえば奉天会戦や日本海海戦といった具合だ。
なるほど、これらの戦いは確かに戦争の一形態であろう。そう、一形態。物事には多様な側面があるのと同じく、戦争にも違った側面――軍事力の激突とは違った形での戦いも存在するわけだ。本当に様々な形があるので、これらを一括して陰の戦いと呼ぶ。
実態からかけ離れているとはいえ、最もイメージがしやすいのは諜報戦。要はスパイだ。英国のスパイ映画が大変有名だが、現実にはあんな派手なことはしない。もっと地味に活動している。
日露戦争では明石元二郎による明石工作が有名だ。最終的にロシア革命に至るこの工作が果たした役割は大きいが、実はそれ以外にも陰の戦いが行われていた。
二〇三高地の攻略と旅順艦隊の無力化を見届けた私は第四軍とともに北上。先行している第一軍と第二軍との合流を目指した。
「はいやっ!」
その途上、宿営地を護衛とともに出る。移動のためではなくレディを走らせるためだ。こうしないと機嫌が悪くなる。
満州の原野を嬉しそうに駆け回るレディ。私も乗馬は好きなので苦ではなかった。むしろ一緒になって走り回る。そんなとき、とある一団と出会した。
「× × × × × ×」
銃と剣を持つ男たち。黄色人種なのでロシア軍ではないが日本軍でもない。彼らが中国語らしき言葉を喋っていることだけは辛うじて理解した。
「何て言っているんだ?」
私は護衛に訊ねる。陸軍では中国語が話せる者も多い。護衛にも語学として学んでいた者がいるはずだ。果たしてひとりが通訳に名乗り出る。
「日本軍の福島を訪ねてきた、と」
名字だけじゃわかんねえよと思っていると、その通訳が補足してくれた。
「閣下。彼らは馬賊です。恐らく福島少将のことではないかと」
「ああ、なるほど。誰か、呼んできてくれ」
その声に反応してすぐさま司令部に兵士が走る。福島を待っている間に馬賊と通訳を介して話をした。いい馬だとレディを褒められ、少し走らせて見せればとんでもない駿馬だと驚かれる。それに気をよくして馬について色々と話していた。そうこうしているうちに福島がやってくる。
「随分とお楽しみですな」
「馬について意気投合してな」
「なるほど。確かに彼らは馬の専門家ですからね」
馬賊は治安の悪い中国東北部における自警団が元となっている。それがやがて盗賊みたいになった。部族や集落ごとに馬賊が編成されており、日露双方とも彼らを使って様々な工作をしていた。史実では日本軍に協力する馬賊を満州義軍と呼んだ。
現世でも親日的な馬賊を編成しており、彼らを現地協力者と呼ぶ。当然だが戦時国際法に抵触するためその存在は秘匿されなければならない。ゆえに当たり障りのない名前が与えられていた。そしてその元締めが福島なのである。
ちなみにロシア側に協力する馬賊もいて、そのひとりが張作霖。日本軍に捕まって処刑されかけたところを田中義一に救われて関係が生まれた……というのはよく知られた話だ。
ともあれ、こうして馬賊をまとめて動かしている目的は様々。専ら情報提供だが、一部は直接戦闘も含まれている。例えば得利寺の戦いにおける追撃戦でも親日馬賊が撤退するロシア軍を襲撃した。日本の公式見解としては現地人が勝手にやったことだが、実際は指示されてのことだ。証拠は残さないがね。
馬賊は福島としばらく話し込んだ後、来た道を引き返していった。話は終わったらしい。
「何を話していたんだ?」
「今度から行う狼作戦の話です」
「そういえばそろそろか」
狼作戦とは、馬賊によるロシア軍の兵站襲撃作戦の呼称だ。馬賊に鉄道の破壊や物資の略奪を行わせる。それによりロシア側の補給を締め上げることを目的としていた。
今回、ロシアと戦争するにあたって私が目をつけたのは彼らの補給線の長さである。ロシアは東西に長いが、その中心はヨーロッパ側だ。現代でもその傾向はあるものの、この時代はそれ以上だ。ゆえに兵員物資の類はシベリア鉄道を通じて送り込まれる。ここにダメージを与えられれば極東におけるロシア軍の補給を寸断することができるわけだ。
発想の根本は世界大戦で日本やイギリスが苦しめられた通商破壊である。それを極東の大地でやろうというわけだ。馬賊は潜水艦に相当する。秋山好古が提言した騎兵挺身隊の発想にも影響されていた。
この他にも、航空機によるインフラ破壊(兵站爆撃)と機雷戦術も予定されている。陸軍で機雷? と思われるだろうが、こいつが絶大な効果を発揮することになった。
北上中に連絡を受ける。ロシアの動向に関する報告だが、今回は極東のことではなくシベリアに関することだった。
「シベリア鉄道で機関車の爆発事故が起きました!」
「それは『機雷』によるものか?」
「はい」
おおっ、と司令部がどよめく。『機雷』が発動したのだ。
「明石が動いたか」
欧州で対露工作の総指揮をとるのがスウェーデン駐在武官(日露開戦後は参謀本部陸軍部に所属する欧州駐在参謀)である明石元二郎大佐だ。彼は以前から構築していた人脈を駆使してロシア国内の反体制派を支援。その働きぶりは十個師団(長岡外史)とか二十万人(ヴィルヘルム二世)とか言われている。
現世でも変わらずロシアの動向を探りつつ、国内を動揺させて継戦困難にすることが任務として与えられていた。その一環として企画されたのが機雷作戦である。仰々しい名前だが、やることは至ってシンプル。石炭を貯炭庫に運ぶだけだ。ただし、その石炭は特別製なのだけれども。
特別製の石炭は石炭ではない。ガワこそ石炭だが、その中身はニトロセルロース――つまりは火薬の塊だ。石炭爆弾というやつである。第二次世界大戦において連合国が鉄道やエネルギーインフラを破壊するために編み出されたものだ。
ぱっと見は石炭だが、そう思って火に焚べると火に敏感なニトロセルロースが爆発。機関車は大破するし、線路にもダメージが入る。発電所に運ばれればこれを停止させ、エネルギーを供給していた工場も停止させるというシンプルでありながら効果的な代物だった。私の発案だが、聞いた者は「悪鬼」とか「悪魔」とか言っていたそうな。さもありなん。
仕込む方法は簡単だ。現地協力者にこれ(石炭爆弾)を貯炭庫に入れておいて、というだけ。クリミア戦争での敗北をきっかけに近代化の必要を感じたロシアは農奴制を廃止したものの、彼らは領主に代わってミールという農村共同体の監督を受けた。耕作地も以前より狭められ、痩せた土地を割り当てられた上に与えられた土地の代金支払いを求められた人々は困窮する。ロシアの内情はイメージより遥かに中世的だった。
農奴制の廃止はロシアの工業化をもたらしたという面もあるが、やはりマイナスな側面が強い。以後も農民による暴動が頻発し、溜まり溜まった不満がロシア革命へとつながっていくのである。
このように多くのロシア人は貧乏であるから、ちょっとお金を渡してお使いを頼めば意外と聞いてくれる。この辺のスキームは現代の闇バイトなんかと似ていた。だから格差を広めないようにして人々の幸福度を高めておくことは政府の使命なのだが、それはまた別の話。
反体制派に資金や銃火器を渡して抵抗運動を活性化させる。史実では鉄道破壊も目論んだもののこれは阻まれてしまう。だが現世では石炭に偽装した爆弾を使用してこれを成し遂げた。
「これでしばらくロシア国内は大騒ぎだろう」
機関車の爆発事故は戦時ということもあり破壊工作を疑われるだろう。だが、まさか石炭に細工されているとは思うまい。警備を強化しても施設点検をしても事故は収まらず。原因の究明にはかなりの時間を要するはずだ。
そしてこの手法の悪魔的なところは、もし石炭爆弾の存在が明らかになっても効果が薄れないことだ。むしろよりコントロールしやすくなる。
そもそも大量の石炭に紛れ込んだ石炭そっくりの爆弾を見つけることがまず困難である。ひとつひとつ鑑定するなんてことも現実的ではない。ゆえにいつどこに紛れ込むのかわからないという恐怖に怯えることになる。混入を防ぐために警備を強化するにしても、そのコストは計り知れない。
こんな状況で官憲へ「どこそこで石炭爆弾が混入されたらしい」と通報する。すると上へ下への大騒ぎ。止まるかどうかはともかく、運行にかなりの支障をきたすことに代わりはないだろう。強引に運行してハズレを引けばドカーン。機関車は失われ鉄路は機能不全となる。修理費用も馬鹿にならない。
「いやはや、改めて聞くと恐ろしいカラクリですな」
「まさしく悪魔のよう」
川上がくわばらくわばら、と厄除けをする。東條は私が発案したことを知りつつ敢えて「悪魔」と言った。こいつ実は私のことが嫌いなのだろうかと疑問に思うが、長い付き合いなのでこれが彼なりの称賛であると理解していた。
「しかし、これでロシアの輸送が滞ればこちらも随分とやりやすくなります」
田村が評したように、補給不足でロシアがジリ貧になれば戦況は日本側に有利となる。状況は太平洋戦争で孤立無援で島を守った日本軍だ。大陸での戦いなのでそのレベルにまで補給が途絶することはまずないだろうが、常に残弾を気にしなければならなくなると戦略の幅も狭まる。考えれば考えるほど補給の重要性を認識させられた。
「そのためには早く北の拠点を確保しなければならないな」
「遼陽ですね」
その言葉に頷く。哈爾濱から分岐して旅順に至る東清鉄道が通過する都市で、満州における戦略的要衝だ。当初から同地の攻略が予定されていたが、ロシア側も戦争計画において遼陽を第一線とすることが予定されていた。攻防双方の意図が交錯する地が遼陽であり、両軍第一の決戦地となるのも無理からぬことだった。
日本軍は遼陽を確保して北部の拠点とし、物資の集積や飛行場建設を目論んでいた。特に飛行場ができれば同地で航空作戦が展開できる。既に単発機で構成される第一飛行隊が大連に展開しているが、陸軍にはこの他に双発機で構成される第二〇一飛行隊が存在した。
この飛行隊が保有する三六年式双発機は双発化により搭載量が増加。それに伴い爆弾搭載量と航続距離が増している。第一飛行隊が装備する三四年式単発機は航続距離がおよそ二〇〇キロ程度。一方の三六年式双発機は五〇〇キロ程度だ。こいつであれば遼陽や奉天の後方にある鉄道線を爆撃して帰ってくることができる。
三六年式双発機は胴体下に五インチ砲弾を四発装着できる。六インチ砲弾三発、八インチ砲弾一発というオプションもあった。設計を担当した二宮忠八によれば、もう少し出力が増して機体設計を弄れば十二インチ砲弾も搭載可能とのこと。そちらは技術の進歩を待つしかない。
二〇一飛行隊は目下錬成中で内地に留まっている。とはいえ最終段階にあるらしく、近いうちに戦場へ向かうとのこと。まず大連の飛行場で組み立てと整備を行い、遼陽に飛行場が完成すれば鉄道線に沿って飛行しつつやってくることになっていた。暇な間は試験飛行とともに、旅順要塞への爆撃に使われることになっている。
「とはいえ旅順で十分に戦果は上がっている。焦らず、確実にだ」
国際金融市場における戦いもまた陰の戦い。二〇三高地や樺太の攻略により日本側が有利と見られていた。ロシア側は旅順艦隊は生きているし、要塞も陥落していないと主張して抵抗している。日本ではこれを崩さんとする計画が持ち上がっていた。
鍵になるのが三六年式双発機。エンジン出力に余裕があるため撮影機材を載せ、機上から旅順港の写真を撮影しようというのだ。目下、二〇一飛行隊のパイロットに仕込んでいるらしく、先発隊にこれをやらせるのだとか。
「これでロシア側の嘘が暴かれれば、今後の主張も怪しくなります」
そこを突いてロシアの評価を下げてやる、と計画を考えた児玉源太郎からの手紙に書いてあった。こっちもかなり意地が悪いが、嘘つきのレッテルを貼って攻撃するにあたってこの上ない材料になることは確かだ。
このように実際の戦闘以外にも戦いは随所で繰り広げられている。それらが順調に進むことを祈りつつ、私はゆっくり着実にロシア軍を寄せていく。さながら将棋のように。
天王山となるだろう遼陽をめぐる戦いをどう進めるのか。私は思案を続けるのだった。
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