出陣
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日露開戦の報はこの頃、発達目覚ましいメディアを通じて国内に伝わった。
「号外! 号外! 日本ついに起つ! 日露開戦だッ!」
街では配達員が宣伝し、号外を求めて人集りができる。国内における受け止めはほとんど肯定的なものだった。ロシアの横暴は目に余る。ゆえにこれは正義の行いだと。予てからメディアが煽りまくっていた通りの主張だ。念のため言っておくと政府はほとんど介入していない。勝手に主戦論に傾き、行きすぎたのでブレーキをかけたくらいだ。
そして緒戦となる仁川沖海戦と旅順港雷撃戦。ともに日本側が勝利したことで各地はお祭り騒ぎとなる。戦勝万歳。日本万歳。そんな声で溢れていた。
だが、我が家は世間の空気とは違って重苦しい雰囲気に包まれている。次男を除き男衆が出征するのだからさもありなん。とはいえいつぞやのような抵抗はなかった。予期されていたことで、ある程度は気持ちの整理もつけていたのだろう。まあ、覚悟は決めているがそれでも心配はしてしまうわけで。
「大丈夫かしら?」
誰がとは言わなかったが治のことだとはわかる。新聞では旅順に対して連合艦隊の戦艦隊が砲撃を行ったと報道されていた。治は大尉に昇進すると同時に戦艦尾張の分隊長となっている。尾張は連合艦隊の旗艦であり、治がそこにいただろうことは容易に想像された。
「こればかりは祈るしかない」
立場があるので大っぴらには言えないが、子どもに死んでほしくないと思うのは当然だ。大丈夫だろうと思いつつも無事を祈った。
ロシアに対して攻撃したことが明らかになったので、一連の欺瞞行動は必要なくなり中止された。天皇や政府首脳は東京へ戻っていく。私は広島に留まり出征に備えていたが、そこへ帰京間際の桂たちが訪ねてきた。
「いよいよロシアとの戦になりました」
「ああ。今回の戦は従前のものとは異なる。国の総力を傾けた戦争――いわば総力戦だ」
「閣下の持論でしたな。ええ、骨の髄まで叩き込まれております」
参謀本部を事実上取り仕切っている児玉が苦笑する。ロシアとの戦争が考えられたとき、私は普通に戦ったのではかなり分が悪いと言った。まあそんなことは誰もが理解している。当時の児玉は参謀たちの認識として、
「どう好意的に評価しても彼我の形勢は四分六分といったところ。それを戦術、戦略を駆使して五分五分、できれば六分四分に持ち込みます」
と表現した。私はその認識に賛同しつつ、軍拡の他にもやるべきことはあると言った。
「一本の矢はすぐに折れるが、三本ならば簡単には折れない。――これは藩政時代に広まった寓話の類だが、裏面では真を突いていると思う」
元ネタは元就公が三人の息子に出した『三子教訓状』である。矢の話は登場しないだとか、三本あっても力込めれば折れるだろとか天邪鬼が言いそうなことだが、そんなこと言えば何もかもが成り立たない。兎にも角にも込められたメッセージに注目すべきだ。
日本人はしばしば一意専心を美徳とする。何かひとつに打ち込むべきというもので、現代でいうと部活動を複数掛け持ちすることはあまりいい目で見られない。それが一般的なアメリカの学校を見て違和感を覚えるのと似ている。価値観は人それぞれなのでそれでいい。個人の自由だ。だが、国家となれば話が違ってくる。
軍事一本足だと何かあったときに盛大にコケかねない。人間のように二本、何なら杖をついて三本足で立てればそう簡単に転ぶことはないはずだ。そんな考えの元、二本目と三本目の軸を用意した。
一本目の矢はもちろん軍事で、二本目は経済と産業。私はこれを「国の体力」と呼んでいる。兵器を揃えるのも兵士を養うのもタダではない。だからこそ、特に平時から整備できる戦力は必然的に経済力の制約を受ける。
例えばかつての日本のように防衛費をGDP1%にした場合、元の値が250兆(1980)なら2.5兆となり、600兆(2024)なら6兆となる。倍以上であり、それだけ装備などを充実させることができるのだ。まあ物価の変動などは考えない単純すぎるシュミレーションだが。
とにかく、経済力をつけて国を富ませることを目標とした。富国強兵は時代が進むにつれて軍事に傾きすぎた嫌いがあるが、現世ではきっちり富国にも力を入れる。実態としては四分六分といったところだろうが、心持ちとしては六分四分くらいであった。
経済力をつけるためには何と言っても工業化である。既に紡績や製糸といった軽工業の分野では工業化は達成されたと言っていいだろう。だが、軽工業は儲からない。製糸はまだしも紡績は利益率が低かった。早期に重工業をメイン産業に育てたいところだ。
重工業化のために身近な倉屋で色々やっているが、早くに効果を上げるために軍事と関連づける。つまりは造船だ。ひとまず汽船は作れるようになり、小型艦を手始めに巡洋艦も建造。そして、
「お喜びください閣下。山本軍務相とも相談し、戦時予算に以前から提案されていた将来戦艦(アルファ艦)の建造費を盛り込むことにしました」
「そうか!」
遂に戦艦も建造する。しかも従来艦ではない。弩級戦艦だ。前回の訪英時、フィッシャー提督に弩級戦艦のアイデアを提供した。あれから日英合同で設計が行われ、イギリスは予算の目処もついた。ところが日本側は予算がつかず、同時に起工しようと合意していたためにあちらからかなり急かされていたのだ。結局、発表が同じならいいだろうとイギリスが主張し、一番艦の建造をスタートさせた。日本は予算が出ないのでどうしようもなかったが、ようやく建造できることになった。
ひと安心と思っていたら後日、とんでもないことが明らかになる。海に予算が出たから建造を始められるぞと言ったら、
「それなら始まってるわよ」
と言われた。意味わからなかった。
話を聞けば、イギリスが抜け駆けしたけどどうする? と現地から伺いが来たらしい。フィッシャーは並々ならぬ熱意を持って建造しているらしく、ポーツマスの造船所では凄まじい勢いで作業が進んでいるそう。結局、八ヶ月で進水させたらしい。
これに海は、
「代金はこっちで持つからやりなさい」
と命じたという。現地の作業員も作業員で、
「イングランドの連中には負けられん!」
と張り切りハイペースで建造。同じく八ヶ月、イギリス艦からは一ヶ月遅れで進水したとか。現在は艤装中だという。とりあえず国内で建艦競争するのは止めろ。
「いや何してんねん」
「いけなかった?」
「怪我の功名にはなったが、竣工するまでに予算がつかなかったらどうする気だったんだ?」
艦齢が経って受け取りを拒否されるかもしれない。そう考えなかったのかと言ったが、海はあっけらかんとこう言い放った。
「そのときは最悪、イギリスに売るわ」
「そう簡単に……行きそうだから怖いな」
フィッシャーがにっこにこで受け入れる様が思い浮かぶのはなぜだろう。
このことを桂たちに伝えたら困惑した様子だった。だが戦時に出来合いの船があるのはありがたいと細かなことは不問にすることにして買い取りを決断。後に安芸と命名され竣工後、直ちに日本へと回航された。また同型艦も発注され、こちらは呉で建造される。
話がかなり逸れたが、造船を皮切りに軍需を中心に重工業化を図っていく。他にも自動車や飛行機といった産業を育て、戦後のアメリカやソ連のように武器輸出をしていきたいところだ。極東においてはまだ裕福な国なので先進技術を駆使して商売するチャンスはある。
そして三本目は国民教化。いかに軍事力や経済力、産業力をつけたとしてもそれに従事する国民がいなければ話にならない。国家の目標を提示してそこに国民を駆り立てるのが政治のあり方だと思う。そのような認識から学校教育やメディアを通じたプロパガンダに力を入れていた。
「現地でも注意するが、国内でも報道には注意してくれ」
戦時に伴い情報統制がかかる。その徹底を国内組には依頼した。防諜の他に国民教化の一環でもある。部隊が出征したことは隠せないが、行き先や損害の程度は隠すことが可能だ。ロシアとの戦争となれば清国のそれとは比較にならない損害を受けるだろう。それを馬鹿正直に報道して厭戦気分が蔓延なんてことになっては困る。戦中は世に出る情報を可能な限りコントロールする必要があるのだ。
「心得ております。それに伴って法案を提出する予定です」
政府内ではこれを国家総動員法と名づけていた。史実のそれと同様、議会の承認を得ることなく政府がヒトやモノを統制、運用することになっている。法律よりフットワークの軽い勅令によって運用される予定だ。ただ、内示された原からは「議会が失職する」と苦情が出ていた。政友会との調整の末、開戦直前に妥結する。
内容はこうだ。総動員法に基づく勅令は原則として議会の承認を受けることとした。ただしこれでは勅令が議会によりひっくり返される恐れがあるため、有事には両院からそれぞれ正副二名の代表者(投票で決定)を無任所大臣(班列)とすることで事前に調整し、簡単にはひっくり返せないようにしている。
「――この辺が落とし所かな?」
議会を設けて立法権を委ねている以上、その権能は維持しなければならない。戦時では多少の制限は加わるものの、議員をして「失職」と言わしめるほどに抑制したのでは三権分立の意味がないのだ。桂たちもそうした方が結果的には早いことを学習して上手いことまとめていた。
そして戦時ということで臨時会が開かれると総動員法が内閣から提出される。法案の噂はあり今回世に出たわけだが、特に規制を受ける経済界の反発は想定よりも少なかった。というのもリアクションが二極化していたのだ。歓迎する動きとそうでない動きとが綺麗に分かれている。
軍需産業が強いところは賛成していたが、そうでないところは反対する傾向にあった。労働力を差し出せ、必要な物資には統制をかけるというのだからさもありなん。もちろん議会からも反対の声が上がる。ただ、時間とともにその声は萎んでいった。
『陛下のために』
『前線を支えよ』
『我ら銃後の担い手』
そんな文字が入ったポスターが駅前や商店街など、人の往来がある場所にデカデカと貼られていた。新聞には政府が同様の広告を出す。後に宣伝三種の神器と呼ばれることになるプロパガンダポスターだった。
『陛下のために』は国旗を背に、老若男女が拳を掲げる姿が描かれている。一致団結していこう、というメッセージを簡潔に伝えていた。
『前線を支えよ』では戦場の兵士と、戦場へ向かう列車に乗り込む兵士とがコマ割りされて描かれている。主に男性へ向けて兵士として戦うべしというメッセージを発していた。ちなみに海軍バージョンもあり、こちらは海戦中の船と出港時の見送りの様子が描かれている。
『我ら銃後の担い手』は農作業に工場労働、男のいない家庭の様子が描かれていた。『前線を支えよ』が兵士を対象としたのに対して、こちらはそれ以外の層へ向けて戦争参加を呼びかけている。戦場で戦うだけが仕事ではなく食糧生産や(主に)軍需物資の生産に子どもの養育。日々の生活もまた戦争を支える。戦時になれば何もかもが戦争と関わることになるのだ。
これらのポスターは目新しさもあって人を集めた。特に街頭のそれは鮮やかに彩色されており、たちまち噂として広まり見物人まで現れる。実は軍部で図案は考えられており、開戦が既定路線になった時点で極秘裏に発注していた。
ちなみに受注したのは倉屋だ。水無子が頑張っていた。そしてこんなものを考えつくのは私で、もちろん娘の救援要請を受けてネタを提供している。プロパガンダといえば社会主義。ソ連のものを参考にした。
さらには各道府県につき最低ひと組の宣伝隊を組織。彼らは映写機を持って各地を巡り、夜に映画を上映する。ただし本編の前には倉屋が製作したプロパガンダ映像を流す。もちろんポスターも掲出した。見られるだけでなく見せていくスタイルで単純接触効果を狙う。
このような努力の結果、民衆へ戦争に協力すべきという意識を植えつけることに成功する。取り込めた層は一般大衆。制限選挙であるため彼らに選挙権はない。だが、彼らに支えられている有権者は完全に無視するわけにもいかなかった。結果として政党もやむなしという感じでトーンダウン。法案は可決され衆議院を通過した。貴族院でも反対の声はあるものの通過して成立。待ってましたとばかりに政府は即日、これに基づいた布告を出して軍需動員を開始した。
東京の桂たちからは各所での宣伝が奏功したとの評価とともに、それを主導した私を称賛する手紙が届く。参謀長として渡海する予定の川上も同様に称えてくれたが、私は申し訳なさでいっぱいであった。
「桂には悪いことをした」
不思議そうな顔をする川上。誰が見ても大成功である。そういうリアクションもおかしくはないが、それはあくまで短期的な視点で見たときだ。より長い目で見れば人々の支持――それはすなわち期待と言い換えてもいいものだが、それを満たせないといとも簡単に反転する。そのエネルギーは凄まじいものだ。
そしてこの日露戦争は国民の期待に応えられる戦争ではない。つまり反転した国民の負の感情――平たくいえばアンチが大量発生することは確定しているも同然なのだ。それが遠くない将来に桂たちを襲うだろう。火をつけておいて火消しを任せることに申し訳なさを覚えたのだ。まあ川上も桂ほかもいまいち理解できてない様子だったが、いずれ知るだろう。こうした煽動政治的な手法は厳に戒めなければならないことを。
桂内閣の前途は明るくないだろう。派閥の後継者に悪いことをしたという思いはあれど、こうでもしなければ大国ロシアと事を構えることなんてできない。こうなることを知りつつ、そこへ向けて各方面へテコ入れしてきた。その責任をとるべきだが、戦場でとるか政治の舞台でとるか考えて前者を選んだ。より大きなウエイトを占めている方で責任をとるべきだ。それに戦い方の模範を示すことで後世に戦訓として伝わる。国の将来のための選択だ。
国内で戦時体制への移行が進むなか、大陸へはピストン輸送で兵員が送られてどんどん戦線を拡大していく。
海軍が大連を一時的に占領するという荒業で旅順港への航空偵察を実施。旅順艦隊がほぼ港内にいることが確認された。連合艦隊主力は出口を監視することで封じ込めを行い、その間に陸軍戦力を大陸へ送り込む。
日露開戦に伴い、先発した第五師団は京城近郊のロシア勢力を駆逐。さらに海軍が旅順港を押さえるなどして圧力をかけ、二月末に日韓議定書を結ばせる。こうして補給体制を改善すると、広島に待機していた残りの戦力(第四、第十師団)も輸送。これを以て第一軍を編成した。司令官の黒木為禎も渡海している。
「速やかにロシアを朝鮮より駆逐して見せましょう」
出発前、挨拶に来た黒木はそう言っていた。まるで敵を侮ったかに聞こえるが、私はただの決意表明であると解釈する。彼はそういう人物だ。
さらにその輸送船団が戻ってくると、今度は九州と四国にある港から第二軍に属する各師団が出発した。彼らが目指すのは遼東半島。金州を攻略して一個師団に守備させ旅順にいる敵の北上を封じる。彼らは第三軍の到着を待ち、残りは満州方面へ進軍することになっていた。司令官の奥保鞏は既に九州におり、師団とともに渡海したそうだ。
第二軍は緒戦でちょっとした問題を起こしつつも計画通りに進撃。三月末に第三軍が渡海することとなり、私も彼らとともに海を渡ることになった。東京から見送りに児玉が来ている。まあ、彼の目的は私より第三軍司令官の乃木希典だろうが。
「しっかりやれよ」
「おう。お前も息災でな」
児玉が乃木を激励する。乃木もまた親友の無事を祈った。その児玉は戦地に行くわけではないのだからと言ったが、乃木はその智謀は戦に必要だから健康には気をつけろと言葉を重ねる。こそばゆいのか児玉は誤魔化すようにこちらへ水を向けてきた。
「山縣閣下。乃木のことをよろしくお願いします」
自分は戦地に行けないので、と児玉。ついでにこの男は命じられたことは意地でも完遂するので、旅順の要塞も必ずや陥落させるでしょうとも言い添える。
「心配なのは、那須から出てきたばかりで勘が鈍ってることですが……」
「何を言うか。演習には足を運び具に観察してきた。もちろん戦闘教義もだ」
乃木はムッとした様子で答える。休職中とはいえ演習があると聞きつければ那須から足を運んでは熱心に観察している姿が目撃されており、軍内でもよく知られていた。私もそれは心配していないと信頼を示す。
「乃木くん。要塞は堅固だろうが、君なら必ず攻略してくれると思っている。既に計画はあるが、臨機応変にやってもらいたい」
そして満州における最終決戦では、麾下に乃木の第三軍がいると確信していると言えば、早急にお側に参りますと心強い返事をしてくれた。
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