最終話.そして……
それはなんてことのないゆったりとした剣であった。
何万回とタニアの剣を受けてきた洋介は、目にも止まらぬ音速の突きや、気が付けば刃がすり抜けている神速の払いなどを毎日のように見てきたため、むしろ違和感だらけの一撃であった。
怖くはなかった。だいたい洋介は、最初の最初を除いて、一度たりとも剣聖タニアの剣を怖いと思った事はない。だって絶対に外れるんだもの。
だが、今度の一撃は何かがおかしかった。
洋介の加護があれば、いかなる剣戟も自らを傷つけることはない。剣聖タニアの剣は軌道をずらされ、勝手に外れるはずであった。
それが、ゆっくりとした剣は一度も軌道を外れずに、ゆっくりと洋介の頭のてっぺんを通過し、そのまま下へとへと通り抜けていった。
あれ? なんかおかしくね?
洋介の疑問に答えるように、タニアが口を開く。
「あなたの中にある神を切りました。」
魔王ナザリスが「お見事!」と一言言葉を添える。
へ、へぇーっ。神を切ったんだ。
洋介はよく分からないまま、その一言を頭の中で繰り返す。
神を切る。神、神をきりました。
……神ってなんだっけ?
ずるり。
何かが滑る音がして、洋介の視界が奇妙にずれてゆく。
あれ? あれ?
痛みもなく、恐怖も感じず、ただ洋介は急速に視界が暗くなっていく感覚に戸惑いを覚えた。
あれれれれ?
意識が拡散し、考えがまとまらずない。
そのまま世界が暗転し……。
洋介の身体は真っ二つに切り裂かれ、洋介はそのまま息絶えた。
剣聖タニアは満ち足りた表情で天を仰いでいる。その目元にはきらりと光るものがあった。思えばここまで長かった。
生まれて初めて出会った『切れない相手』という恐ろしい壁。
幾度となく挑戦し、そのたびにはねのけられ。
最初はがむしゃらだった。
次には恐れが支配した。
おのれの無力さを嘆いた事もあった。
思わぬ気付きに小躍りした事もある。
切れる、という感触は始めは疑念の渦の中の妄信のようなものであったが、様々な工夫、知恵、気付き、経験、努力、幸運などの積み重ねを経て、やがて確信へと育っていった。
これが極まった瞬間、自然と洋介は切れていた。
ああ、剣とはこうも素晴らしいものであったか。
タニアは「ほうっ」と感嘆のため息を一つ吐き出す。
本当は小躍りでも始めたい気分であったが、それにしてもどう身体を動かせばいいのか思いもつかないのだ。
だからただただ、空を見上げ、流れゆく雲を目の端で捉えるくらいしかすることがないのだ。
まさに感無量であった。
「それにしてもすさまじいものじゃな。よもや本当に神を切ってしまうとは。」
魔王ナザリスもタニアの横に並び、感慨深げに天を見上げた。
「どうやら女神も死んだようじゃ。先ほどから奴の気配が感じられん。そなた、神殺しの栄誉に値するぞ。」
「えっ?」タニアはびっくりした表情になり、思わずナザリスの横顔を見つめてしまった。
だがそんなタニアに応えず、ナザリスは「ふふふ」と楽しそうにいつまでも笑うばかりであった。
さてその後の世界について少しだけ触れておこう。
世界は神不在のまま長く放置されることになったから、魔王ナザリスはここぞとばかりに世界を征服し、人族は全員が魔族に奴属、人族に加担したエルフやドワーフ、獣人族などもこれに準じた立場となり、世界はイビル一色に染まった。
だいたいそもそも異世界というのは魔族や竜人族といった一部種族が強すぎるので、女神のような管理者が適時介入しなければ、これらがあっという間に世界を支配してしまうのは自明の理なのである。
だからこそ弱っちい人族などを適当にチートやギフトで底上げしてやり、均等な戦力バランスを作って長く対立構造を維持してやらねば、世界は衰退する一方なのだが、バランサーたる肝心の女神がいなくなってしまうとこれはもうどうしようもない。
だから悠々と魔王は世界を支配し、神の居ぬ間に暴虐の限りを尽くした。
だが、この異世界には後任の神がなかなかやってこなかった。
誰あろう、神殺しの剣聖タニアがいるからである。
いや、実は一人だけ赴任してきた神がいるのだ。ビビる女神たちの前で格好をつけようと、ある男神が「ボクに任せてよ!」などと言いながら管理者についた瞬間だった。
「む、神の気配!」なにやら超常の力に目覚めたタニアはおもむろに懐の大太刀を振るかざすと、エイヤとばかりに空を切る。
何も切れていないように見えて、否や。次の瞬間、先の男神は身体を真っ二つに切り裂かれ、そのままずるりと朽ち果てた。
これを目の当たりにしてゾッとなったのは女神たちである。こんな恐ろしい異世界は死んでも管理したくないと、上司の再三の声掛けに関わらずみんなしてあれこれ理由をつけて断り続けた。
とにかくタニアがいる間は誰も管理職につきたがらなかったのである。
そんなタニアであったが、しぶとく120歳くらいまで生きつつ、老衰で最後はあっさりと死んだ。
タニアの神殺しの御業は誰も継ぐことが出来なかったから、女神たちは安心して新しい管理者を世界に送り込むことが出来るようになったが、その時にはすでに魔王が世界を滅茶苦茶にしてしまっていたため、残念ながらこの異世界は破棄されることとなった。
結果として放置されたこの異世界から新たなる人類の萌芽が生まれ、世界は女神の支配を越え塗り替えられていく結果となるのだが、本編とは特に関係がない与太話なのでここは割愛させていただく。
なにはともあれ神たちにとってこの世界の出来事は大変苦い教訓となり、失敗事例として今では異世界管理研修の際の題材に選ばれるほどである。
その教訓はといえば、「面白半分でテキトーなギフトをプレゼントしてはいけない」というものであった。
ちなみに作者としてはプレゼントは食べればなくなる消えもの系が後腐れがなくて一番良いと思う。新人女神の皆様においては、異世界転移者や転生者を迎え入れる際には十分に留意してもらいたいものである。




