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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第七章 聖歌公国・後編 ダンジョン編

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夕暮れの海と陸の情景

前回のあらすじ


不届き者のマダイを引き渡し、臨時収入を喜ぶ人魚族たち。そのまま海中の養殖・産業について聞き出す晴嵐。意外にも、魚の養殖業は陸の面々と共同でやるらしい。互いに得意な面を生かし合っているようだ。

 長らく養殖業を手伝い続けていると、空の色が変わり始めた。正確な時間は分からないが、働く人魚族の顔から緊張が解けつつあるように見える。


『さて、そろそろ仕事上がりにするか?』

『レイ、ちょっと早くない?』

『いやいやいや! だってホームステイの彼から話を聞きたいだろう! それに、まだ慣れてないだろうし……なぁセイラン! セイラン?』

『……』


 職業体験中の晴嵐は、珍しく景色に見とれていた。

 夕焼けは海中の波間に揺れて、養殖場へランダムに光を注ぐ。海中から見る景色は、陸の民族には……そして海との付き合いの少ない晴嵐には新鮮に映るもの。

 茜色の陽光が、養殖貝に反射してきらりと光っている。付着した海藻が影色になり、夕暮れの海中にコントラストをもたらす。芸術などに興味のない彼だけど、それでも……初体験・初見の光景に見入っていた。


『セイラン。疲れたか?』

『え? あ……いや、そうじゃない。感動していたんだ。この景色に』

『えぇ? いつも通りだがなぁ……?』

『はっはっは! ほら彼、私の所でホームステイ中だから』

『目に映るすべてが新鮮ってか!』

『あっはっはっは……』


 人魚族はみんなこうなのだろうか? レイだけがグイグイ来るかと思いきや、同じ養殖場の面々も距離感が近い。そのまま矢継ぎ早に質問が殺到した。


『ところでセイラン! 君はどうしてホームステイに?』

『……ユニゾティアの歴史に興味があってな。各所の史跡を巡っておる』

『ほぅ! じゃあ今回のホームステイも?』

『う、うむ。まぁそんな所だ』


 本当は『不幸な玉突き事故で仕方なく、ほとんど成り行きで』なのだが、それを素直に言ってはいけない。こちらが海中に興味を持つように、人魚族たちは陸の話を聞きたがった。


『って事は……色々知ってるって事かい!?』

『なんか聞かせてくれよ!』

『えー……亜竜種の武人祭とか、緑の国の城壁都市とか……興味あるか?』

『おぉ! ぜひぜひ!』


 一気に沸き立つ人魚族たち。集中する視線がむず痒いが、話すまで逃げられそうにない。彼自身も表現力に自信はないが、晴嵐が見たユニゾティアの光景を彼らにも語った。


***


『つ、疲れた……』


 飛び出したのは本音。大勢の相手に向けて、分かりやすく話すようなスキルは晴嵐に無い。商談や交渉、対面する相手と言葉で駆け引きは出来るけど、演説や弁論には全く別のスキルが要求される。不慣れで不得手な事をしたためか、晴嵐は相当に気疲れしていた。

 ぐったりとする晴嵐に、レイが労うように肩を叩いた。


『いや悪いねセイラン! みんな君の話に夢中になってしまったようだ!』

『わしもここまで大事になるとはな……』


 夕暮れの赤色は、既に夜闇へと変わりつつある。就業間際だったとはいえ、結構な時間を消費したが……誰も文句ひとつ言わない。それどころか人魚族たちは、どこか少年めいた目の輝きで晴嵐の話を傾聴していた。


『しかしレイ、こんな語り手で良かったのか? 自分で言うのもなんじゃが、わしはこういう『物語』を人に伝える経験がほとんどない。もっと適任の奴がいるじゃろ……?』

『はっはっは! 確かに、陸の事を『物語』として謳う吟遊詩人ぎんゆうしじんはいるよ。人気が出た楽団や個人は、陸の都市ての公演に呼ばれることだってあるさ』

『なんとなくじゃが、イメージできるな』


 これは晴嵐の……いや、滅亡前の地球人なら連想する事だろう。人魚と歌の組み合わせは、妙に親和性が高い。だったらますます、晴嵐が語る必要なしでは? と疑問を深めていると、レイが真摯に、朗々と答えた。


『しかしそれはそれとして……陸で生き、陸で暮らす人の話を、いわば物語の原液を聞きたい気持ちもある。そういう意味では、逆に良かったよ』

『なる……ほど』


 晴嵐はただ、ここに来るまでの道筋を話しただった。

 グラドーの森で嗅いだ新緑の匂い。城壁都市レジスの堅牢な壁。亜竜自治区での闘争と熱気。近場ではあるが、ダンジョンの恐ろしさ――

 それらを語っただけ。しかも晴嵐の話し方は決して上手くない。話を盛ったり、誇張したり、抑揚をつけて喋ってもない。自分で言うのもなんだが、面白みのない語り手だったと思うが……逆に『作り話臭さ』が無くてウケたようだ。


『疲れたと思うが、ホームステイの通過儀礼だから許してくれ』

『一度はこの展開になるのか……』

『全く無い方が珍しい。それに……一方通行の異文化交流なんて、面白みがないだろう』

『違いない』


 相手の事を知るために、根掘り葉掘り聞くのもいいが……こちらから自分の事を話すのもまた交流。他の人間の反応や感じ方を見るのも大事か。

 それに、貰ってばかりも晴嵐のしょうに合わない。物事には対価が必要。ギブ・アンド・テイク。タダより高い物は無いと、終末世界の交換屋トレーダー事業で身をもって学んでいた。

 そして……需要があるなら、より良い形で提供したい。変な所で、晴嵐の商人根性が刺激されたようだ。


『脚色は無しにしても……もう少しだけ、流暢りゅうちょうに喋れるようにしておくわい』

『それがいいだろうな! 陸の経験を話すのは、これが最後ではないだろうから』

『……やれやれ、じゃな』

『これも経験経験。でも、もう遅くなったし……お喋りは終わりだ、おうちに帰ろう』

『あぁ。ぐっすり眠れそうじゃよ』


 肩をすくめる晴嵐に、人魚はカラリと笑う。貝の養殖場を背に、二人は帰路を目指した。が。

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