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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第七章 聖歌公国・後編 ダンジョン編

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水中呼吸の難しさ

前回のあらすじ


海底都市のポートでメールを受け取ると、送り主はスーディア・イクスだった。少し前の戦争で、意識を失っていた晴嵐の知人である。感情を揺さぶられた晴嵐は、丁寧語が剥げてしまいいつも通りの口調に。それで良いとホームステイ先の人魚に背中を押され、そのままの勢いで住居にお邪魔した。

『固った……』


 人魚族の住居へ、ホームステイ制度で世話になる事になった晴嵐。住居に到着したはいいが、呼吸するための部屋を開けるのに苦戦する。錆びているのではないか? と錯覚するほど固いハンドルが道を阻む。思いっきり力を込めなければ、まともに開きそうにない。あまり弱音を口にしない晴嵐だが、そんな彼でさえ文句が飛び出すほど……きっちり密閉されていた。


『ここまでする必要は……ある、のじゃろうな。わざわざ不便にする訳もない』


 吐きかけた愚痴を、晴嵐は途中から引っ込めた。魔法の技術で、諸々を便利にしている世界だ。必要性が無ければ、こんなクソ固い入り口にしないだろう。晴嵐の所感にレイは肯定した。


『万が一魔法が機能不全に陥ったら……気密が保てなくなってしまう。もしそうなったら、下手をすればこの建物全体が崩壊しかねないのだ』

『そんな危険な状態になるのか?』

『水圧・気圧の力をナメてはいけない。酷い大事故が起きた話はいくつもあるんだ。そこから学んで、魔法が無くても封鎖出来る設計にしてある』


 魔法か機械に頼り切れば、非常事態が起きた時に打つ手が無くなる。緊急用の手動操作は必要な仕組みだ。万が一への備えを怠ったがために、大惨事を防げなかった事は多い。地球でも科学や技術が発展しても、最後の安全装置セーフティーは手動で行えるような仕組みも多い。納得できる部分もあるが、晴嵐はこんな疑問も覚えた。


『しかしこんな出入りをしにくくしていたら、急に息を吸いたくなったらどうするんじゃ……?』

『大丈夫だ。そんな急激に息苦しくはならない。空腹だって軽く感じてから、本格的に『腹が減った』となるまでに猶予はある。それに、緊急時用の手段だってあるからな』


 レイが水着の横、腰にぶら下げたポーチに手を伸ばす。アクセサリーを括りつける様な金具で、衣服と繋がった小物入れから、小さな錠剤タブレットのような物を取り出した。


『これが酸素を補給するための錠剤だ。口に含むと、五分ほど呼吸できる。とはいえ、あまり頼るのは良くない。何せ結構値が張る』

『ちゃんと呼吸室を用意した方が、ずっと安上りな訳じゃな』

『それに問題点はまだあってね。高い頻度や長時間使うと、酸素中毒を起こしかねないんだ』

『……酸素中毒?』


 晴嵐にとって初めて聞く単語だ。意味を測りかねる彼の前で、固く閉ざされた扉が開く。一瞬、水流が強く外へ押し流そうとする気配があったが、きっと魔法の力なのだろう。荒れる水は鎮まり、何事もなく扉が開いた。

 レイも呼吸室に入りつつ、後から晴嵐も水密扉を閉める。封鎖する分には、さほどハンドルを強く回さなくてもいいらしい。ある程度回せば、後は自動で強く閉じてくれた。

 久々に見える水面は明るい。これも多分、普通の水面を模して作られているのだろう。先に顔を出すレイに続いて、晴嵐も海中から顔を出した。


「ぷはぁ~~っ……」


 久々に吸う空気の、なんと甘美なものか。息苦しいと感じていなかったが……肺いっぱいに取り込んだ酸素に、肉体が喜んでいる。深呼吸の際に得られる安らぎを、数倍濃縮したような穏やかな高揚が胸を満たしていった。


「ふぅ……呼吸のありがたみが臓腑に染みるわい……」

「そうだろう、そうだろう」

「さっき『酸素中毒』とか言っておったが……もしや、この感覚に夢中になっちまう事を差しているのか?」


 彼の問いかけに対し……人魚はきょとんとしてから苦笑を返す。「面白い事を言うなぁ……これも交流の醍醐味だな!」と笑って、彼の誤解を解いてくれた。


「酸素は毒にもなる……と言ったら、君は信じるか?」

「毒? いやいやいや……今も吸っておるじゃろ? 全然苦しくない」

「そりゃあ、安全な濃度まで調整しているからね」

「濃度……?」


 ちんぷんかんぷんな晴嵐。彼には地球由来の知識があるけれど、酸素濃度については知らなかった。もしも彼に『ダイビング』の趣味があれば、察しがついたかもしれない。


「これも昔にあった事故の一つでね……実は比較的早く、酸素を作る魔法は開発されていたんだ。けれどそのせいで、酸素中毒は発生してしまった」

「酸素を作る魔法……この部屋の空気も?」

「あぁ。今も使われている。水を二つの空気に分離して、片方を酸素として生成する仕組みなのだが……魔法で生成したソレは『高純度の酸素』だった」


 それの何が問題なのか……素人には分からない。知らないからこそ、晴嵐の発言を『面白い』と人魚は返したのだろう。


「当時は知られていなかったが……酸素は濃度が高すぎると、致死性の猛毒になるのだ」

「そうなのか……?」

「あぁ。高すぎる濃度の酸素は、肺を壊してしまう。普通の空気の中にある酸素は、大体20%らしい。これは人魚族に限った話ではないが……『呼吸』は、肺は、その空気を前提とした作りになっている。だから――高い濃度の酸素は適応外なんだ」


「じゃあ……ここの空気はどうしておるんじゃ?」

「陸と同じ空気になるように、窒素を適切な濃度で混ぜている。だから美味い空気を、海中でも吸えると言う訳だ」

「なるほど」


 言われて少しだけ思い出した。確か、大気の多くは『窒素』が占めていると聞いた気がする。人の身体も、人魚族も、その空気を前提に形作られているのだから……それより濃すぎる酸素はかえって危険になる……か。


「もしや、この酸素タブレットも?」

「うむ。調整はしているが、どうしても濃度が下げきれないらしい。だから連続で使うと酸素中毒の危険がある」

「……心得た。頼るのは本当に追い込まれた時だけにしよう」


 呼吸一つでここまで違うか。文化や習慣、生活様式がまるで通じない。

 あぁ、だからこそ……陸の者もまた人魚族への『ホームステイ』に魅力を感じるのだろう。半分は成り行きで、やむを得ぬ形だったが……異文化交流の妙を、晴嵐も感じていた。

用語解説


酸素を作る魔法


『水』から『酸素』と『もう一つの気体』を生み出す魔法。非常に便利な魔法なのだが、これで生成された酸素は濃度が高すぎて毒になり得る。


酸素中毒 (これは魔法やユニゾティア云々ではなく、現実の法則寄りですが……)


高濃度の酸素は、逆に生物にとって猛毒になり得る。例えばダイバーの酸素ボンベに入っているのも『高濃度の酸素ではなく普通の大気』が充填されているケースも。過ぎたるは及ばざるが如し、とはよく言ったものです。

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