積極交流
前回のあらすじ
しばらく海で生活する事になった晴嵐。行く場がない彼は、人魚族の元へホームステイする事になった。ユニゾティアを旅していた彼は、比較的肯定的に状況を受け入れていた。
急なホームステイの決定にも関わらず、晴嵐が世話になる家庭……ホストファミリーは当日に見つかり、とんとん拍子に話が進んだ。
このスピード感は、晴嵐個人としては少し不安になる。ホームステイがそういう制度とはいえ、赤の他人を自分たちの家庭・生活圏に招き入れるのだ。もう少しこう、慎重に検討すべきではないだろうか……と、警戒心の高い晴嵐は考えてしまう。シーフロート二人にも探りを入れたが、むしろ晴嵐の反応に首を傾げられてしまった。
彼らとて、きれいごとだけで世界が回らないと理解している筈。けれど人魚たちの感覚は違うらしく、ホームステイの他種族は積極的に受け入れていく方針のようだ。
『おぉぅ、君がセイラン・オオヒラ君だね? 中々荘厳な面構えじゃないか。私は『レイ・アトラ』! 一か月の間、よろしく頼むぞ!』
実際、受け入れ先の人魚族の家主、男性人魚と顔合わせの第一声がコレである。しかも肩をバシバシと叩きながら、初手で『気に入った』と言わんばかりの反応だ。一定の距離を持って相手と交流しがちな晴嵐は、いきなりグイグイ来られるのは少し困る。
『え? あ、あぁ……うむ、いや、ハイ。よろしくお願いします……』
『どうしたそんな顔して!』
『えぇと……あー……色々あったもので』
『人間、生きていて何もない方がおかしな話だ。陸にも波はあるだろうしな!』
『陸? 波?』
『人魚族の諺だよ。別の種族であろうと、困難や苦労はあるのだ。と言う意味だ。早速一つ勉強になったな?』
『あ、あぁ……はい、そう……ですね』
始まりは不幸な事故とはいえ、今はホームステイ先で世話になる立場。弁えた晴嵐は、らしくない敬語を使って立ち回る。対してレイは、お構いなしに距離を詰めて来た。ぎこちない彼の様子を勘違いしたのか、ますますグイグイと寄って来る。
『遠慮しなくていいんだぞ?』
『むしろ初対面なのだから、幾分か気を使うのが普通では……?』
『はっはっは! 時間が無いのだから腹を割るのは早い方が良い! お互い性格が分かった方が付き合いもしやすいだろう?』
『それは……確かに? そういう考え方もある……かもしれません……ね』
……苦手なタイプだ。晴嵐は心からそう思った。
人間なんて裏表があって当たり前。腹に抱える物があって当たり前。他者を疑うのが当たり前の晴嵐としては、こういう豪放な人種は理解に苦しむ。
加えてこの手の人間は……自分に抱える物がないから、ガツガツと他人の内面に踏み込んで来る所も嫌な部分である。何より困るのが、相手側に全く悪意ある意図が感じられない点だ。悪気なくこっちの触られたくない所に、隠すな見せてみろよと寄って来るのだ。……カンベンしてほしい。
多分だが、今晴嵐の表情は引きつっている。なのにお構いなしに『何だ君、気難しい奴だな!』と、堂々と言い放つのだからもう笑うしかない。誰が見ても苦笑いなのだが、この人魚が気にする訳もなく……早速海の中を泳いで先導した。
『さ、まずは私が住む都市に行こう。ついてきてくれ』
『……』
『どうした?』
知的生命体である以上、住居や街を作って当たり前。なのだが、晴嵐は一度も住居や都市らしきものを見ていない。人魚に変身してから移動しているけれど、全く見かけないのは不自然に思えた。
『ここまで一度も……都市どころか、村規模の建造物群さえ見かけなかっ……見かけませんでしたが』
『昔はそうだったらしい。海底の窪みを探しては、わざわざ豪奢な建造物を建てていたと』
『勝手ながら……わしもそんなイメージを持っていました』
『……変わった一人称なんだねぇ君』
『え、あー……そうかも、しれませんね』
若い外見、中身は老人。ユニゾティアに来てからも、晴嵐は特に口調を変えていない。特に誰にも指摘しないが、周りからはそう思われていたのかもしれない。あるいは、あまりに彼の性格や振る舞いと馴染んでいたからだろうか? 今は無理に敬語を使っているからか、それともこの人魚の性格か……多分後者だろう。
海底が見える距離を維持して、晴嵐とレイが泳ぎ進む。ホームステイ先の人魚は足が……いいや泳ぎが早く、意識して速度を上げなければ見失ってしまいそうだ。時折振り向いてはくれるのだが、速度を緩めたりしない。
『早く泳ぎに慣れた方がいいぞ!』
『は、はい……頑張り、ます』
『おぉ素直だねぇ……根を上げる人も多いんだけど』
『これぐらいが標準の移動速度ですか?』
『ちょっと早いぐらいかもしれないな!』
だったら緩めて欲しいが、晴嵐を鍛える意図もあるのだろう。体力・筋力はすべての基礎。あるに越した事はない。頭上の魚群を通り過ぎ、砂か泥が堆積した海底を進む。一定間隔で金属ポールが立っており、先端部に照明が灯っている。時折泡を吐き出すそれに沿って進んでいくと、円柱状の光と『水密扉』が見えた。
『あれは?』
『都市の入り口だよ』
『あんな厳重に封鎖しているんですか?』
『近くにあるボタン一つで開閉するから、見かけほどじゃない』
『なら解放していてもいいのでは……?』
『毒を持った魚や、サメに入られたら困るだろう?』
『なるほど』
害のある生物の侵入を防ぐために、出入り口は閉じられている。実際に男性人魚が手を伸ばし、軽く押し込むとバルブハンドルが勝手に回り出す。すぐに開いた内部は、軽く金属で補強されたトンネルがあった。
『この先が我々の都市だ。きっと見て驚くぞ!』
どこか誇らしげな様子のレイが、トンネルの中を潜っていく。狭い海中トンネルは、人によっては恐怖を覚えるかもしれない。埋め込まれた輝金属の照明に導かれるまま、開けた場所に出ると――




