旅とホームステイと
前回のあらすじ
シーフロートの上司、アランの元へ行く晴嵐とクマノ。晴嵐が乗船していた船は、既に予定地に移動してしまっていた。私掠船とのトラブルもあるから、変に合流するよりは、必要な手続きをしつつ、ほとぼりが冷めるのを待ちたい。その間は……晴嵐は人魚族の所に『ホームステイ』する事になりそうだ。
ユニゾティアの種族は多様に渡り、各々の特性にあった文化や生活圏を築いている。
長寿のエルフ、闘争を重んじ交流の一環とする亜竜種、柔軟に適応するヒューマン。男性だけが生まれるオーク、女性だけが生まれる獣人。山岳で鉄を鍛えるドワーフ、鋼鉄の身体に独特な感性と知性のゴーレム、不死の吸血種……どいつもこいつも一癖二癖ある種族だが、人魚族もまた例外ではない。
しかし他の民族の『性質』と比較しても、人魚族の特異性は『枠』が違うと言えるだろう。その理由は『生活圏の違い』だ。
他の民族が『陸上』を主な生活圏をするのに対し、人魚族は『水中・海中』を住処とする。これは様々な生活前提の差を生じさせてしまい、結果として各民族の融和の進んだ戦争後でも、相互理解や和解を難しくさせた。言語が通じたとしても……体験せねば分からない、理解が及ばない事はあるのだから。
そこで取られた方針が――『実際に体験してもらう』事。すなわち希望する陸の人物を招いて、魔法の力を使って人魚族に変身。共に生活する事で学びを得る……
異文化交流の形としては、ありきたりな方策ではある。けれどとても効果的な方法なのも確かだろう。
『ホームステイに偽装すると言ってしまうと、人聞きが悪いかもしれないが……』
新米シーフロートのクマノの上司、人魚のアランが晴嵐に確認する。面倒ごとに巻き込まれた形だが、晴嵐は鷹揚に頷いた。
『必要な事じゃろう。わしも私掠船の奴らと顔を合わせたくない。それに……わしはユニゾティアの史跡を巡っている旅人でな』
『セイレーン襲撃前に、私と少し話していましたね』
『うむ。船で東国列島に向かっていたのも、歴史について知るためでな。その前に人魚族の文明や歴史を学ぶのも悪くない』
『そうか……』
本来なら晴嵐は、今頃東国列島に到着しているはずだった。幾分か気を使った発言だが、全くの嘘でもない。ユニゾティアの歴史、もっと言うなら『千年前にやって来たであろう地球人たち』のしたことに興味がある。海中だと……正直に言えば期待は薄いが、もしかしたら何かあるかもしれない。だから彼の言葉は……何割かは気を使った面もあれど、全くの嘘でもない。それが通じたのか、上司の人魚も安堵を見せた。
『期間は……最短で一週間、長くても一か月あれば、君を入港予定地に送ると約束しよう』
『ありがたい。あぁでも、少し厚かましい要求になるかもしれんが』
『何かな?』
『早い段階で手続きが済んだとして……じゃがわしが思った以上に、ここでのホームステイが気に入ったら……延長してもらう事は可能か?』
『元々緊急避難で始める事だから……一か月以上に伸ばすのは難しいだろう。逆に言えば、一か月前後までなら融通は利く』
この事態は新米シーフロート、クマノの応対ミスから始まった事だが……比較的対応が早い事を考えるに、時々近い事は起きるのだろう。だからこそ手続きも早いし、ダラダラと長く引き伸ばしたりもしない……負担をかけるのも心証を損なうと判断し、晴嵐は無難な回答をした。
『それ以上を望むなら……またの機会に、正規の手続きで『ホームステイ』をすべきか。予約でいっぱいになる事とかあるか?』
視線を泳がせるアランの代わりに、隣にいるクマノが答えた。
『あまりないと思いますよ』
『ほう? そうなのか』
『人魚族からしても、地上の様子や文化を知るのは楽しみの一つなんです。ですから、受け入れ先が多いので……むしろ受け入れ先希望が多くて大変と聞いた事があります』
『積極的なんじゃのう』
『我々は、陸での生活に向いていない。けれど地上に興味が無いわけじゃない。人魚族であれば大なり小なり、好奇心は持っているだろう』
成り行きとはいえ世話になる。しかも金銭を支払った宿屋でもない。加えて未知の環境となれば、どうしても不安は拭えないが……受け入れる側も心得はある、か。一瞬だけ彼の表情に出ていたのか、晴嵐を気遣うような助言をしてくれた。
『はい。ですから……セイランさんの旅の事を話せば、きっと喜ばれると思います』
『ありがたい。色々見て回って来たからの。話せる事はある』
『そうか。巻き込んでおいて言えた義理じゃないが、順応してくれるのはありがたい』
偶然であり事後でもあるが……自分一人がワガママを言った所で、変えられる運命でもない。ならば環境や状況に適応していくしかない。もっと致命的で。絶望的な世界にブチ込まれた経験のある晴嵐だ。戸惑いもあれど、遥かにマシと感じている。気負わない彼の様子を見てか、アランはこれから先の事を少しだけ教えてくれた。
『ホームステイの内容だけど……生活に慣れてきたら、職業の体験などもあると思う』
『おいおい、わしもシーフロートをやるのか?』
『まさか。傭兵まがいの事はさせられないさ。やるのは海産物の養殖や漁……信用できると判断されれば『輝金属養殖業』の体験もあるだろう』
『?????』
前半はいい。海に暮らす知性生物なのだから、そういう事もするだろう。しかし最後の一文が晴嵐の脳を混乱させた。『金属を養殖する』とはいかなる意味だ? まさか輝金属が生物のように増殖するとでも? 理解を超えてしまった彼の様子に、男性人魚がニヤリと笑う。
その言外の意味を察して……少しだけ、晴嵐は気を引き締めた。




