表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終末から来た男  作者: 北田 龍一
第七章 聖歌公国・後編 ダンジョン編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

674/738

緊急対応

前回のあらすじ


意識を失っていた晴嵐は、洞窟の中で目を覚ます。過程を思い出すうちに、身体の一部の様子がおかしい。視界を足元に向けると……なんと彼は人魚族の姿に変わっていた。

 目を覚ました救助対象者が、取り乱す事はよくあるらしい。事前に先輩シーフロートから聞いていたのに、いざ直面すると慌ててしまう。新米シーフロートにして人魚族のクマノは、情けない事に気圧されていた。


「何が……何がどうなったんじゃ……⁉ わしは……わしはこれから、人魚として生きねばならんのか!?」


 目を覚ました男性の表情は、危うさが全面に出ていた。パニック状態の彼につられそうになるが……一度深呼吸したクマノは、自分自身にも言い聞かせるように声を発した。


「え、えぇと……と、とにかく落ち着いて下さい。ちゃんと一つずつお話しますから」

「本当に大丈夫じゃろうな……⁉」


 放つ気配が殺気に近い。彼自身も危うい様子だが、それ以上にクマノは身の危険を感じた。最初からそのつもりだけれど……彼女は拙いながらも、誠実な対応を心掛ける事にした。彼が持つ暗い気迫を察知し、危害が及ぶ予感がしたのだろう。真っ先に彼が気にしている事から話し始めた。


「まずは……『何故あなたが人魚族になっているか?』からお話しましょうか?」

「……ちゃんと元に戻れるのかを知りたい。その方法も」


 いきなり別種族になってしまった事に、彼は大変驚いているようだ。緊急避難の措置とはいえ心苦しくなる。重い身体を引きずって、クマノは彼の首元を指さした。


「今あなたは……首に下げた輝金属の『マーメイドの抱擁ほうよう』で人魚族に変身しています」

「これか……それで元に戻るには? 首飾りを外すのか? それとも念じればいいのか?」

「元に戻る時は首飾りを外して、一時間ほど待ってから……ヒレと胴の付け根に指を入れれば『ヒレが脱げる』そうです」

「ズボンを脱ぐように?」

「多分そんな感じだと思います」


 元に戻る方法を知って、彼は大きく息を吐いた。新人のクマノが界隈の常識を知らなかったように、この事態になるまで、彼も何も知らなかったのだろう。勝手ながら、彼女は親近感を抱いていた。


「出来れば許可や同意が欲しかったが……緊急の事だったか」

「そうですよ。覚えてないですか?」

「海に落ちて、何とか海面まで上がろうと藻掻もがいた所までは覚えている。その後は人魚の誰かに口を塞がれて、そのまま意識を失って……この状況なら、緊急避難でこうするのも仕方ないか?」

「口を塞いだのも私ですけど……」

「なんだと?」


 彼の目が据わる。先ほども感じた圧が強くなる。もし後ろめたい事があったなら、目を背けていただろう。自信が無いなりにクマノは釈明した。


「だって……どう見ても溺れているようにしか……急に海に落ちた人が、パニックを起こして暴れる事はよくありますから。だから肺に水が入る前に押さえ込んで、意識を絶ってから首飾りをかけるのが基本……って、先輩シーフロートから習いましたよ?」


 傍から見れば……この男性が落ちた直後の行動は水難事故に遭った人間のソレだ。言い分を聞き入れ、本人も冷静になったのか、男は目を逸らして頭を掻いた。


「…………そんなに泳ぎ下手じゃったか?」

「知識のある人なら……水に落ちたら何もせずに、身体が浮き上がるのを待つものですよ? 変に暴れる方が溺れる危険が高まります。着衣水泳の訓練も受けていないようでしたし」

「誤解を生むのもやむなしか……」

「海に落ちる前、何があったんです?」

「戦闘に巻き込まれていた。だから水面に顔を出したら、悪魔の遺産に狙われかねない状況だったんじゃよ」

「えっ?」

「えっ?」


 お互いに言葉を聞き返す。特にクマノは混乱した。


「だって……あなたただの乗客ですよね? 戦闘に巻き込まれる事なんて……」

「あー……船と船が衝突した時の衝撃でふっとばされ、海賊船側に乗っちまった」

「……そんなことあります?」

「あの時ばかりは運命を呪ったわ」

「で、でも私掠船の人たちと話をすれば、保護してもらえたんじゃ……?」

「言い訳が通じる空気じゃ無かったわい。交戦せざるを得なかったよ」


 なんてことだ……とクマノは髪を振り乱した。ただの自分の独断専行、新入り特有の早とちり。それで済むかと思いきや、かなりややこしい事になってしまった。

 一縷いちるの希望を掴むべく、男に向けて質問する。


「……私掠船と海賊の違いって分かります?」

「全く分からん」

「ですよねー……どうしよう……」


 クマノは泣きそうだった。何ならちょっとだけ涙が出てしまった。自らの失態と不安から生じたストレスに、涙腺が耐えきれなかったのである。


「じ、実はその『私掠船』というのは……非正規ですけど軍隊なんです。『悪魔の遺産』を使う海賊に、同じ武器を使って対抗するための組織でして」

「客船側と会話している節があったが……あんな荒々しい事やっといて国の傘下なのか?」

「ガラが悪いのも確かですけど……海上の警察と呼んで差し支えありません。ですから、私達シーフロートとも連携しますし、客船側も救援要請する魔道具もあります。不審船を発見した段階で、船長さんが通報していたのでしょう」

「だからタイミング良く到着したのか。って事はわし、もしかして味方を?」

「……そうなります」


 知らなかったとはいえ、大変な事をしてしまった……さらに面倒な事態は重なっており、これから伝えなければならないのが心苦しい。洞窟の中、二人して頭を悩ませていた。

用語解説


マーメイドの抱擁ほうよう

白い貝殻を模した首飾り。身に着けるだけで、人魚族に変身させる道具。主に溺れている人物を救助するために用いられるようだ。

元に戻る時は、外してから一時間ほど待てばズボンを脱ぐように外せるらしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ