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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第七章 聖歌公国・後編 ダンジョン編

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「なんじゃあこりゃあ⁉」

前回のあらすじ


海賊の襲撃を退けた私掠船が、客船の面々と対話している。彼らなりの事情を語りつつ、行方不明の乗客にも話題が移った。不幸な行き違いがあった事は確かだが、獣人は直感的にまた会うだろうと確信しているようだった。

 水の音が聞こえた。洞窟から垂れる水滴のような音が。

 ぴちょん……ぴちょんと額に触れる冷たい水滴。下にいるのは一人の男性。意識を失っていた晴嵐が、うめき声を上げて身をよじった。


「う……うぅん……」


 身体は重く、だるいったらありゃしない。もう一度眠ってしまいたい。まだ休みたいと訴える身体に鞭打って、回らない頭を強引に動かす。彼は必死に、意識を失う前の事を思い出していた。

 確か自分は……海賊船に投げ出され、そこでの戦闘に巻き込まれた。脱出を試みて失敗し、真っ逆さまに海へと落下してしまった。何とか泳いで逃げ出そうとしたけれど、衣服が絡みついて思うように泳げなかった。そうこうしている内に人魚族に囲まれ、海中に引きずり込まれて……それでどうなった?


「なんじゃ……? 何が起きた? そもそもなんで生きて……?」


 当然だが、晴嵐は人魚族ではない。陸を二本足で歩き、肺で酸素を取り込み呼吸する。水に引きずり込まれれば溺死は確実。なのにまた目覚めた。何かあるとすれば――


(魔法か何かで保護した……ってのはありそうじゃが)


 この世界特有の『魔法』という技術形態。便利な事も多く、晴嵐も部分的に活用はしている。溺れた人間を救う魔法があったとしても不思議はないが……何の説明も無いのは少々怖い。聞いたところですべてを理解出来はしないけど、できれば一言欲しいものだ。少なくても一つ明確な事項があるのだから。


(人魚族の誰かに連れて来られた……それだけは確かじゃ。しかし誰が? どうして?)


 理由が読めない。状況も不明。ただ、とりあえずは現状を把握しておきたい。ゆっくりと晴嵐が目を開け、身体の状態を確かめようとする。垂れる水滴がヒヤリと冷たいが、目覚まし代わりと考えよう。

 視界を開くと、やはりここは洞窟のようだ。頭上には育った鍾乳洞と、ゴツゴツとした岩場のベットが腰を苛む。全く、年寄りをこんな所に寝かせるんじゃない。文句を言いたかったが、目を開くと周囲に人の気配はなかった。


(荷物は……そこにあるか)


 身に着けていた衣服と物品が、彼の隣にひとまとめに置かれている。取り上げていないって事は、人質に使う気は無さそうか。にしても放置するのはどうかと思う。色々と不用心に思えてならない。意識を取り戻していく晴嵐は、いくつか妙な事に気が付いた。

 ……衣服が畳まれて置かれている。つまり晴嵐は、誰かに脱がされた訳か。しかしその割には肌寒さを感じない。くしゃみの一つもする気が起きなかった。

 二つ目は、首に見慣れないネックレスがかけられている事だ。白い貝殻を模したソレは金属の冷たさを放っている。多分だが輝金属製だろう。

 最後は……さっきから脚の感覚が妙だ。

 拘束はされていない。縄や鉄が身体に食い込んで、動きを抑え込むような感触がないから。なのになぜか『両足を別々の方向に動かせない』のを確認している。脚を広げようとしているのに、片方側にしか動かないのだ。


(なんじゃこれ?)


 まさか両足を失った? あるいは片足を? しかしそれなら重症のはずで、誰も傍にいないのはおかしい。それにこんな洞窟ではなく病院とか、清潔な場所に寝かせられていそうなものだ。見知らぬ天井で目覚めるにしても、鍾乳洞の真下であるはずが無い。海に落ちる前も、脚に負傷はしていなかった。

 身体の状態が分からず、不安を覚えた晴嵐が身体を起こす。ちらりと見えた上半身は、彼の想像より古傷が少なかった。この体が、終末を迎える前の若い頃の自分だからか? 改めてまじまじと見ると、貧弱に思えるのだから不思議なものだ。

 ――そんな呑気に物を考えられたのは、自分の腹より下側を見るまでの事だった。


「え……は? え?」


 上裸の晴嵐、彼の視線の先、自らの下半身を眺めて、完全に思考が固まった。

 足が無いなら、まだ何とか彼の脳は処理をしただろう。不幸だとは思うし、苦難を感じながらも、これからの事を考えただろう。裸だとしたら……少し羞恥を感じたかもしれない。しかし彼が目にした現実は――そんなチャチな話では無かった。視界に映った晴嵐の下半身は『灰色の大きなヒレ』に変化していたのだから。


「え? えぇ? あぁん⁉」


 足を上げる様に力を入れてみれば、クイッと自分の意思でヒレが動く。まるで最初からそうだったかのように、人が自然に歩くように、身体にくっついた異形が、何の違和感もなく動く。試しに指でつついてみれば……肌よりは少し感覚が鈍いけれど『触られた』事を感じられた。

 要は――海から落ちて目が覚めたら、晴嵐は人魚族になってしまっていたのである。


「な……なななっ! なぁっ⁉ なんじゃあこりゃあぁあぁああっ⁉」


 洞窟内に反響する大声。腹を銃撃されたのではないか? と誤認されかねない悲鳴が響く。いきなり下半身が魚になった……信じがたい現実を体験させられ、彼のキャパシティを超えてしまったのだ。目が覚めたら人魚になっていた自分に、肉体の変質・変異についていけず、軽い錯乱を起こしてしまっている。

 晴嵐の悲鳴を聞きつけたのか……洞窟の一角、水たまりから人魚の一人が顔を出す。パニック状態の彼を見て、慌てて彼女が陸に上がった。


「良かった……気が付いたんですね」

「ま、全く何も良くないわい! 説明しろ! 今すぐッ‼」


 現れた人魚は、一応は知った顔なのだが……発狂中の晴嵐は余裕が無い。

 ――新米シーフロートの人魚族・クマノは、ピクリと肩を震わせていた。

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