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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第七章 聖歌公国・後編 ダンジョン編

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未遂だらけの結末

前回のあらすじ


一瞬の隙をつき、晴嵐を脅していた獣人を人質に取る事に成功する男。頭に銃を突きつけられているにもかかわらず、色っぽい言動を繰り返す。理解できない女に呆れるが、声に諦めが無いと察し警戒する。

 敵対する奴らの一人、組み合った相手の金髪エルフの目つきがおかしい。晴嵐の方を見ているようだが、彼とは焦点が合っていない。そう、自分より少し後ろ――ちょうど客船側、晴嵐の背後を見ているように思えた。


(後ろに回り込まれてはいない筈――)


 銃器を奪い、船首側に近づくに際に確認したから間違いない。では一体どこを見ている? 晴嵐と女の後ろにあるのは、船首と元々彼が乗っていた客船側――

 結論をはじき出した次の瞬間、凄まじい悪寒が背筋を走った。この金髪の視線の先に、逆転があると確信する。確かこいつら、客船側にも人員を割くと言っていた――

 強烈な敵意を感知し、何が起こるか、どこから狙われているかを察知した晴嵐。ほとんど反射で女を突き飛ばし、リボルバーを奪い取る。同時に、体を思いっきり逸らして転がった。

 刹那、発砲音。危険信号で活性化した彼の目が、飛翔する鉛玉をはっきり視認する。もし反応していなければ、銃を弾き飛ばされていただろう。落とさせ、無力化するための銃撃か。振り帰れば客船から――オークの大男が長筒を構え、先端から紫煙を吐いていのを確認。瞳を晴嵐にあわせたまま、二つの目は大きく驚愕に見開かれていた。


 なっ!?


 声は聞こえなかった。けれどはっきりわかった。

 全く見事な狙撃だ。そんな古臭い銃で、揺れ動く船を挟んで……銃器をピンポイントで狙うなんぞ尋常ではない。少し間違えれば味方の頭を誤射する場面で、躊躇わない度胸も素晴らしい。

 しかし一方的に撃たれてはたまらない。どうせ当たらないだろうが、威嚇はしておかなければ。奪ったリボルバーを狙撃手のオークに向け、純然たる敵意を込めて晴嵐は引き金を引いた。


 カチッ! と勢いよく撃鉄が鳴った。

 弾倉部がくるりと回った。

 ただ、それだけだった。


「⁉」


 晴嵐の胃がキュッと縮んだ。自分が頼りにしていたのは、あの女を脅すのに使っていた武器は――


(弾切れ……だと……⁉)


 ふざけやがって。怒りが脳を突き抜けると同時に腑に落ちた。獣人の狂った態度は、銃器に弾が入っていないとするなら納得がいく。晴嵐も、周囲の船員も、一人残らず緊迫した場面を演じていたのに……この女だけは楽しんでいやがったのだ。全員が道化を演じさせられたと知り、心の底から晴嵐は吐き捨てた。


「クソがッ‼」


 銃を持ち主に投げつけ返してやる。他の船員が反応する前に、追加でお手製の煙幕を投擲。船首に近い位置で展開された白い煙が、他の奴らからの射線を遮った。

 もしかしたら……と期待していた事もあったが、すぐに狂った女が正しい指示を出した。


「射撃禁止!」

「アホ抜かせや! 姫にあんな狼藉ヤっといて許せへん――」

「違う! 粉塵爆発を引き起こすかも! ヒルアント! 水塊に吸わせなさい!」

「そういう事かいな!」


 射線を塞ぎつつ、あわよくば誘爆させて……と考えていたが、獣人にあっさりと見抜かれてしまった。散々狂った言動をしておいて、戦闘の判断は恐ろしく正確。そうでなければ幹部になれないのだろうが……忌々しい事この上ない。

 ならば打つ手は三十六計。向こうにも奴らはいるのだろうが、船員に協力を仰げば何とかなるかもしれない。全速力で船首に向け駆け、一切振り向かずに彼は進む。


「煙幕掃った! これで終わりやァ!」

「総員発砲は禁止! 殺害もダメ! 絶対に捕まえなさい!」

「相変わらずワガママやな姫ェ!」

「でも逃がしたらオシオキよ!」

「ワガママすぎるで姫ェ‼」


 後方からの声に背筋が寒くなる。捕まったら何されるか想像したくない。一段と足に力を込めて、やっと元いた船の姿が見えた。

 魔法の跳ね橋は残っている。これなら届くと急ぐ晴嵐。追想劇の行く末は、甲高い破裂音で途切れた。

 くらりとバランスを崩す逃走者。真っ先に反応したのは女獣人だった。


「誰⁉ 誰が撃ったの⁉」

「違うレオぇ! 船の火薬庫がまた――」

「とととっ⁉」


 海賊船は何かを積んでいたらしい。しかし証拠を隠滅するために、自ら火薬庫に火をつけたと言っていた。その消化が間に合わず、二回目の爆発が船体を揺らしたのだ。

 こればかりは――晴嵐にも運がない。

 魔法でかけた橋は細い。全力で走っていたのもあって、突然生じた爆発に対応できない。船首の先でバランスを崩し、脚を踏み外した晴嵐は――青い海へ投げ出されていた。


「く……っ! すぅーっ‼」


 空は自由に飛べやしない。真っ逆さまに飛び込むと悟った晴嵐は、堕ちながらも次の一手を考えていた。

 すぐに浮上するのは無い。海面に顔を出したところを蜂の巣にするなり、網を投げて捕縛するなり、ともかく最悪の展開が容易に想像できる。次に海上に出るとしたら、墜落箇所とは別の位置にするべきだ。

 向かうべきは客船側。移動できれば助かるかもしれない。少し深めの位置を潜れば、銃弾も殺傷力を失うだろう。必要なのは十分な呼吸、すなわち酸素と判断した彼は、一度きりの深い呼吸をして――海面に落ちた。


 ゴボン……! と濁った水の音が、三半規管を荒々しく撫でる。海水は冷たく着水の痛みを伴い、外套を荒々しく揉んで歓迎した。何とか姿勢を正そうともがくが、思ったように体が動いてくれない――!


(泳ぐのは久々だが……こんなに動けんのか!?)


 終末世界、内陸にいれば泳ぐ機会が少ないのは事実。だが彼を苦しめているのは『衣服』だ。水着での水泳と、着衣での泳ぎはまるで違う。水の抵抗は大きくなり、もがけばもがく程深みにはまる――専用の教室が開かれるくらいには、着衣水泳は特殊な環境なのだ。

 さらに悪い事は続く。海水が目に染みる中、視界の隅に『人魚』がちらついた。緩慢な彼の動きに対して、彼らの動きはあまりに早い。やがて一体が背後に回り、晴嵐を羽交い絞めにして海の底へ引きずり込んでいく――


(くっ……そ……)


 抵抗するが、勝負にすらならない。圧倒的な力で、水面みなもがどんどん遠ざかってしまう。

 ゴボッ……! と大きな泡を最後に吐いて、晴嵐の意識もまた沈んでいった。

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