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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第七章 聖歌公国・後編 ダンジョン編

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水揚げ

前回のあらすじ


海中で分断され、一人集中攻撃を受ける防衛側の人魚、クマノ。ジリジリと追い込まれ、このままでは……と嫌な予感が胸をよぎる。海中からの援護は厳しいが、彼女を救ったのはまさかの船上の者達。滅多に命中しないハープーンが、敵の一体を貫いていた。

(多少期待値を上げられるとは言ったが……まさか最初で直撃させるとはな)


 ハープーンを放った帽子の無い船員。その隣に立つ晴嵐が鎖の先を見つめていた。

『同じルートで跳ぶ人魚がいる』と見抜き、たまたまちょっとした知り合いになった船員に伝えて、十分な観察の後に実行して一発成功。少し出来過ぎではないか? なんて言葉が頭をよぎるのは、晴嵐が拗ねた人間だからだろうか。周囲の船員からは、驚きと歓声が広がっていた。

 本当に『滅多に命中しない』ものなのだろう。水中を高速で泳ぎ回り、サイズも人並みで知性もある。加えてこちらは艦船に備え付けられた、取り回しの悪いバリスタ……悪条件だらけの中、よくぞ的中させたものだ。


「あ、当たった……」


 命中させた船員も……自分がもたらした結果が信じられないらしい。眼前の投射機が巻き取る鎖が、魚を釣り上げた竿のように振動していた。

 カリカリと巻き取られていく銛は、今までと比較してずっと遅い。何せ人魚一人分の質量が加わっている。その分巻き取りは遅くなっている。気にした晴嵐が目を向ければ、水面下の情勢も伝わって来た。


「包囲されていたシーフロートは!?」

「脱出しています! 現在船下で防衛陣形を……いえ、待ってください! 通信入りました! 繋ぎます!」


 波間に見える水中は、すぐ近くなのにまるで情報が取れない。荒れる波、通らない視界、辛うじて視認が叶うのは魚影のみだ。水中を行きかう人魚に直接聞けるなら、その方が早いのは事実だろう。


『命中をこちらでも視認した! セイレーンどもが引いていく!』

『所詮は海賊崩れ……小遣い稼ぎ感覚で仕掛けて来ていたんだろう。ハープーンでの見せしめが効いたみたいだ!』

『相手は散り散りです! 深海うみへと引いていきます!』


 期待値の低い、旧式の武骨な兵器……しかしだからこそ、与えられる威圧感がある。人数からしても、組織力や統率力が低い野党のような存在だった……のだろう。分かりやすい恐怖を与えてやれば、仲間を見捨てて一目散に逃げだす訳だ。

 ……晴嵐も亜竜自治区に向かう際、他の乗客を見捨てて逃亡した記憶がある。彼が襲う立場だとしても、集団が瓦解してしまったら同じことをするだろう。

 海中に伸びる鎖に目をやれば、水面に人魚の影が浮かび上がる。赤く染まった海面は、肉食魚類に襲われた人間の光景を想起させた。


「ひぎぃぃぃいいぃぃいっ‼」


 海面から人魚を引き上げた瞬間、哀れにも見捨てられたセイレーンが、寒気のするような絶叫を上げる。下半身の魚部分に、深々と突き刺さったハープーンが痛々しい。じっとりと血が滲んでいて、上げられるのは悲痛な叫びばかり。改めて見ると、中々えげつない。

 しかも陸に上がってからは……重力が強くかかり負担を増している。相手が賊とはいえ、少しばかりの同情は禁じ得ない。ちらりと晴嵐を見た船員が、彼や周囲に促した。


「こっちに降ろす。手伝ってくれ」

「……良かろう」


 ――昔の晴嵐なら、滅びゆく世界を生き抜いた直後の晴嵐なら、少し眉をひそめる程度の反応だったと思う。何せ相手は自分たちを襲った賊だ。もし奴らの思い通りに進んでいたら……船が沈没するとか、自分たち船員と乗客を人質にして金品を要求するとか、ロクでも事態に陥っていただろう。因果応報。貴様の自業自得だと罵られても、文句も言えはしないだろう。

 だが……ユニゾティアに来て、少しずつ晴嵐も丸くなったらしい。こうも痛苦を訴えられ、銛が深々と貫通していれば、普通の感性であれば同情するだろう。彼も加わり慎重に手を伸ばせば、船員たちが拒まなかった理由も分かった。


「……重いな」


 帽子の無い船員と晴嵐、応援でやって来た船員二名、合計四人でやっと抱えられる重さだ。船の甲板部へ慎重に降ろすだけでも一苦労。思わずため息を吐く彼に船員が声をかけた。


「助かった。この重量なもんだから……」

「何キロくらいだ?」

「個人差もあるが……平均で百キロ越えって所かな。海の中ってのは重力が薄いから、その分筋肉が詰まっているそうだ」


 イルカやクジラが巨大なのと、似たような理屈か。一度水揚げしてしまえば、もうまともな抵抗は出来まい。重厚な身体を横たえ、船員の何名かが奥へと引いていく。こんな状態でも犯罪者だ。拘束具でも取って来るのだろう。それはいいとして……晴嵐は一つ気になった。


「で、この銛はどうするんじゃ?」

「そりゃ抜くしかないだろ。ほっといたら化膿しちまう」

「まだ人手は必要か?」

「……正直に言えば」


 男は無言で問えば、船員はセイレーンの身体を押さえるように指示。何をするかを理解し、他の船員と共に下半身を強く押さえ込む。痛みと恐怖に歪む人魚に、出来るだけ淡々と伝えた。


「今から銛を引き抜く。また激痛が来ると思うが、歯を食いしばれ」

「ひ……! か、カンベンしてくれよぉ……」

「それともこのまま一生を共にするか? こいつと」


 突き刺さったままの銛を示せば、目に涙を浮かべて人魚が天を仰いだ。最初から選択肢はない。どれだけ嫌でも腹をくくるしかない。晴嵐が船員にある物を要求し、すぐに頷きは手渡す。恐怖を目に宿す人魚に、渡されたタオルをおもむろに近づけた。


「舌を噛まんよう、しっかり咥えておけ。水揚げの時と同じか、それ以上にキツいのが来るぞ」


 セイレーンは青ざめながらも、晴嵐の言葉を聞き入れる。船員たちが止めない事から、この程度の慈悲、配慮は許される範囲のようだ。そして彼の予測が間違っていないのも、周囲の態度が暗に示していた。

 他の船員たちが包帯とポーション、そして捕縛用の荒縄を用意した所で……やや体格の良い船員が刺さった銛に手をかける。

 強張る顔色。息をのむ者達。恰好の違う晴嵐が混じっているが、人手を欲する今は誰も指摘しない。全員が強く体を押さえ、一気に刺さった銛を引き抜いた。


「―――‼ ――‼ んんんん~~~っ‼」


 布を噛んで尚、抑えきれぬ絶叫が漏れる。激痛に暴れ狂う人魚の身体を、その場にいた全員で何とか抑制する。引き抜かれた銛は血に濡れ、傷口から鮮血があふれ出し甲板を汚した。

 思ったより出血が激しい。咄嗟に晴嵐が縄に手を伸ばし、傷口上側を手際よく巻いて強く絞めた。出血部より心臓寄りを圧迫する止血方法……医療を担当する船員がポーションを傷口に流し込み、強引に塗り込むと、また一際強く人魚がのたうち回りそうになる。


「大丈夫だ。ポーションも注いだし、これから布を当てがってやる。死にはしない」


 医療担当が強い声色で慰め、大きめの布地を添えつつ、上からさらに医療用テープで止める。患者となった人魚は脂汗を流し、息も荒いが、どうにか処置は終わったようだ。

 頃合いを見て、晴嵐は縄の行く末について目線で問う。医療役の「そのままで」の指示を聞き、船員は別の縄でセイレーンの腕を縛りつつ宣言した。


「これからお前は、法の下に罰せられる。今の痛苦は換算に入らないから覚悟しておけ」


 気の毒に見えたが、元々こいつは船を襲ったセイレーンの一人。例えるなら、強盗が人様の家に押し入ろうとしたものの、抵抗によって大怪我をしたような状況だ。同情は長く続かず、第三者からすれば自業自得と罵られて当然。

 しかしわざわざ、口にするまでもない事。どちらかと言えば船員側が、割り切った応対をするために宣言した……と感じるのは穿うがち過ぎだろうか?

 ぐったりと肢体を投げ出した人魚は何も言わず、ただただ俯くばかり。

 これからも続く苦難の時間に、目を落としているように見えた。

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