人魚同士の水中戦
前回のあらすじ
罠が作動したのを確認し、客船に襲い掛かる『セイレーン』達。人魚の海賊が迫り来る中、人魚族の護衛者『シーフロート』が応戦を始めた。
人魚の下半身、すなわち魚部分にも、もちろん神経や感覚は通っている。人間で言うなら足に当たる部位だ。そこを負傷するのはかなりの痛手と言える。太い血管が通っているし、下手に傷つければ命を落とす危険もある。仮に軽傷だとしても戦闘継続は困難だ。移動の度に痛苦が走り、負担をかければ傷口の重症化も起こり得る。下半身の負傷は事実上、無力化と呼んで差し支えない。
『痛ぇ……! 痛ぇよ……! やりやがったな……ッ‼』
恨めしくこちらを睨むセイレーンの一人に、視線を送る者はいない。略奪行為に走っておいて、反撃されたら被害者面……同情する人物などいないだろう。愚痴を吐きながら後退する敵を捕縛したい気持ちもあるが、今は残りの脅威を排除することを優先だ。
『えぇい野郎ども! 怯むな! 五人のシーフロートなんか沈めちまえ!』
『アイアイ!』
中心に居座る人魚の掛け声が、残り六名の襲撃者を奮い立たせる。高速移動を続けながら、単純にして鋭い攻撃を繰り返す。流れる様な突撃こそが、敵に取られられず、敵を消耗させる基本戦術だ。
ならば『シーフロート』の者達も、同じ戦法を取ればよいのでは? そう思う者もいるかもしれないが、出来ない理由が二つある。
『アラン隊長が復帰するまで耐えましょう!』
『奴らの狙いはコレか……!』
その一つは、廃船を利用した罠によって部隊を分断・一部を無力化されてしまっている事。単純な数的不利が、基礎的な戦闘を難しくしている。もし全員が無事であれば、敵と同数を攻勢に出し、余剰の人員で守りを固められた。
しかし現在は数的不利。遊撃に出れば、明らかに船の守りが手薄になる。再び様々な角度から迫るセイレーン達へ、盾の腕甲を構えつつ、槍を指向し牽制した。
『おらァンッ‼』
『!』
荒々しい声と共に、次々と泳いでは突撃するセイレーン。一方の防衛側、シーフロートは慎重に立ち回っていた。
『底部ハッチから離れるな!』
彼らが攻勢に出ないもう一つの理由は『シーフロートが防衛側』な点だ。雇われ先の艦船の防衛こそが仕事。迂闊に攻撃に人数を割けば、船に侵入される恐れがある。
底部下部ハッチは人魚族の出入り口だが、同時に致命的な弱点でもあった。魔法をかけてあるから、短時間の開閉であれば浸水しないが……長時間解放されればその限りではない。構成する魔法を破壊される危険もあるから、死守すべき要所だ。
なら『出入り口に陸の人員を待機させて、侵入した瞬間に袋叩きにするなり、ハッチをガッチリ封鎖してしまえば良い』と思うかもしれない。けれどこれも上手くいかない。船員側は『上がって来た人魚が敵か味方か?』の識別をしなければならないからだ。
命のやり取りの場において――判断を下す一瞬の『間』は致命的な隙になる。船員が思考・判断をする時間で、セイレーン側は容赦なく攻撃してくるだろう。何せ攻め手側からすれば『人影が見えたら確定で敵』なのだから、何の躊躇も無しに攻勢に出れてしまう。周囲を無差別に攻撃する魔法を使われてしまえば、人数を割いていたとしても守り切れるか怪しい。むしろ下手に密集させると、被害が広がりかねないとさえ言える。
かといってハッチを封鎖してしまうと、味方のシーフロートの撤退先がなくなってしまう。逃げ込むつもりが袋小路だった……なんて、全く笑い話にもならない。故に船底の守りは、シーフロートに任せるしかないのである。
『船の近辺に固まれ! 角度を限定するんだ!』
しかし不利な要素ばかりでもない。船底部を背にすれば、攻撃側の突撃を抑制できる。船を障害物にすれば、迂闊な突撃は出来ない。攻撃側は絶えず移動を続け、勢いを殺さないように心掛けなければ、防衛側の集中攻撃にさらされる。攻撃側は船を取り囲み、防衛側は船を背に守るような陣形が自然と形作られた。
『しゃらくせェッ‼』
それを突破する手段を、セイレーン達も仕掛けてくる。錐もみで身をひねりつつ、泳ぎ回りながら狙いを定める。防衛側の槍を潜り抜け……通り魔よろしく高速で泳ぎ抜けるセイレーン。受け流しきれなかったのか、人魚の一人が船からやや離されてしまう。水中は地上と比べて重力の影響が少ない。それすなわち、慣性の影響を受けやすい環境と言える。攻撃を受けたのが新入りなのもマズかった。陣形の外へと追い出され、目ざとくセイレーンが狙いを定める。
『ヒョーッ‼ 孤立したぞ! 狙えッ‼』
すぐさま突撃を仕掛ける襲撃者側。突撃の方向が自由になれば、受け手側はすべての方位を警戒しなければならない。しかも仲間からも引きはがされた。これではカバーも難しい。
『クマノ……!』
呼ばれた彼女が顔をこわばらせる。孤立した人魚に向けて、容赦なくセイレーンは襲い掛かる。さながらシャチの群れが、獲物を取り囲むかのよう。仲間を助けようにも、迂闊に飛び込めば囲まれる人数が増えるだけだ。もしそれで船を守れなくなっては……本末転倒になってしまう。
『串刺しにしてやるぜェ~ッ‼』
敵の一人が声を上げれば、真下と右手から敵が迫る。
キラリと光った水面が、殺意を鈍く反響させていた。




