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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第八章 海上編

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人魚族とシーフロート

前回のあらすじ


この世界で初めて船に乗り、変わらない海の雰囲気と、明らかに違う人魚族たちの様子が交錯する。妙な感傷に浸っていると、船員の一人が帽子を落としてしまった。海中の人魚が拾い、水中から行き来するための底部ハッチに移動したと言う。晴嵐は船員の帽子を取りに行くと言いつつ、本命は人魚との対話にあった。

 船員から聞いた通りに道順を進み、晴嵐は船の下部デッキに降りていく。何人か船員とすれ違ったが、特段注意される事も無かった。

 船底部に歩く道中で気が付いたが、他の乗客も船底と行き来している。その中で晴嵐が移動しても、船員が注意したりしない。どうやら人魚族と交流しようとするのは、晴嵐だけでは無いらしい。

 冷静に考えてみれば、順当な流れだろう。船に乗って移動する人物は大別して三つに分けられる。仕事で物を運ぶなど必要性に駆られてか……観光や旅行での船旅か、晴嵐のような根なし草の移動かのどれかだ。

 どの理由で乗船しているにせよ、情報収集や知識欲、興味本位などなどで、乗客が他者に声をかけるのは自然な事。ましてや『人魚族』は、ユニゾティアでも内陸にはあまり姿を見ない種族だ。晴嵐だけでなく、こちらの住人にとっても『海近辺でしか会えない珍しい種族』の認識か。船底に近づくにつれ、誰かの話し声が聞こえて来る。特に警戒することなく扉を開けば、一回り声は大きくなった。

 談笑するのは亜竜種とオーク、獣人に人魚三名の並びだ。一瞬だけ視線を感じたが、すぐに彼らは自分たちの会話に戻る。……船員の帽子を持った人魚は、奥の方で座椅子に腰掛けていた。


(変わった構造じゃのぅ……)


 ぱっと目についたのは足元。そこだけ木製ではなく、海の色に近い金属製だ。部屋に入ってすぐ、スロープと数段の階段が目に入る。海水に濡れた床を見、次に海水に濡れた人魚族を見て、おおよその理由を晴嵐は察知した。


(人魚族以外が居座る空間に、海水を逆流させないために高さをつけている訳だ)


 室内はほんのりと磯の匂いがする。閉鎖空間で、海水に濡れた人魚たちが居座ればそうもなろう。水量が多いのは船室中央のへこみ部分、丸いバルブで固く閉じられた箇所だ。あれは確か……核シェルターなどに使われる密閉扉か? この環境で評するなら、水密扉の方が正しいか。恐らく人魚族はあそこから、海中と船内を出入りするのだろう。

 ゆっくりと帽子持ちの人魚に近づきながら、観察と推測を進める晴嵐。考えるのはここまでにして、そろそろ直接会話に移るとしよう。


「あー……そこのお主、良いか?」

「はい? 何でしょう?」


 話しかけた人魚は女性。上半身から臀部までの『黒を中心にした、金の差し色を縦にいれたスポーツ水着』で覆われている。髪色は淡いピンク色で、瞳は日系人よりも黒い真珠のような色合いだ。ぴっちりと張り付いた衣服だからか、身体の線がはっきりしている。……自分の中身が老人で良かったと思う。年頃の男には、主張する胸部は目に毒かもしれない。


「船員の使いで来た。その帽子の持ち主に頼まれて……と言うのは建前じゃな。今、時間あるか?」


 途中から人魚の目つきが不信感を帯びたので、正直に『話をしたい』と白状した。人魚は警戒を解いて、帽子を見せつつクスクス笑った。


「あまり長話は出来ませんけど、少しだけなら」

「そうだな。お主も仕事中じゃったっけか」

「えぇ。帽子を届けるついでの小休止ですね」


 船員の帽子をくるくると指先で回すと、周囲に水しぶきが飛び散った。一部が晴嵐の着衣にかかってしまい、反射的に彼女は謝罪した。


「あっ……すいません、濡らしてしまって」

「気にするな。これぐらいすぐ乾く」

「いえ、まだ陸での作法がまだまだで……」


 しゅんと縮こまる彼女の所作は、素直というか無防備というか。少し前に別れたゴーレムが思い起こされる。世間知らずな印象を受けたが、むしろ話を聞き出すに好都合と捉えよう。


「これも含めて経験って事にしておく。見た所、陸に上がっている方が珍しいのじゃろ?」

「そうですね。陸と海では感覚が違い過ぎて……多くの人魚族が水中で暮らしますから。肌に水が触れてないの、すっごく不安でして。一応、陸での他種族交流マナー講座も受けたんですけどね……」

「座学だけで身につけられるなら、誰も苦労はしないわな」


 彼女ら『人魚族』も、自分たちが他種族と違うのを自覚しているのだろう。その上でユニゾティアに適応しようと努力している。でなければ『マナー講座』を開いたり、研修を受ける人物もいない。続けざまに晴嵐は聞いてみた。


「お主の職は……『シーフロート』で良いのか?」

「はい。新人のクマノと言います。お見知りおき……になるかは微妙ですね」

「船旅でたまたま同じ船にいただけ。じゃからなぁ。ま、だからこそ気楽に話せる事もあろうて」

「それもそうですね。……旅をしているのですか?」

「あぁ。ユニゾティアの歴史を調べておる。東国列島固有のモノもあると聞いての。期待している」

「あそこの文化も独特みたいですからね。私達人魚族も、よそ様の事は言えませんけど」

「だからこそ出来る仕事もあろうて。お主が拾ってくれなかったら、今頃その帽子も海の底だった」


 濡れた帽子に目をやると、人魚のクマノは謙遜した。


「ちょっとした親切、雑務ですので……」

「そうは言うが、他の種族だったら放置するしかあるまい。帽子一つのために、いちいち船を止める訳にもいかん」

「こんな事でも、お役に立てているのなら何よりです。でも、一番の仕事はやっぱり『セイレーン』への対処です。……同胞がすみません」


 またしても出た単語に、晴嵐は口を閉ざす。いったい『セイレーン』とは何なのだ? 晴嵐が問いただそうとした直後、けたたましい鐘の音が船底に響き渡った……

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