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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第七章 聖歌公国・後編 ダンジョン編

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変わった船と変わらぬ海原

前回のあらすじ


出港直前に船に乗り込む晴嵐。乗り込む前、船長と人魚族の会話に聞き耳を立てる。身内か専門用語かは不明だが、まだまだ知らない事も多いと改めて自覚する晴嵐。船員に促されて奥に引き、彼は聖歌公国の港を後にした。

 船上の景色もまた、地球とさしたる差が無いのだろう。絶え間なく潮風が吹き付け、波しぶきの音がする。時々周囲に海鳥たちが旋回して、マストの上に足を降ろす。彼らにしてみれば、人間の船は目立つ休憩場のような物。無理に追い払いもしないから、ますます鳥たちは安心して立ち寄って……そんな仲間たちの姿を見て、ますます海鳥は船の上部を休憩所として使うのだ。


「ほとんどイメージ通りじゃのー……」


 晴嵐にとって初めての船旅だ。ユニゾティアではもちろん『前の世界も含めて』乗船した記憶は……あるようなないような、曖昧な記憶の彼方かなたにしかない。少なくても、成人してからは船旅に行く機会は無かったと思う。高校生か中学ごろに、修学旅行やら遠足で乗船したかどうか……と言った所か。

 だから、感覚的としては初体験に近い。海原を征く船の揺れも、真っ青に広がる一面の海原も、それらすべてが新鮮だった。

 惜しむらくは……なまじ現代人な分、船旅の映像や創作物を知っている事か。さほど娯楽に浸っていない晴嵐だけど『船旅とはこういうもの』というイメージは持っている。あの手の創作は、幾分か脚色が入る事も多いのだが……どうやら船旅は、大きく創作とズレないらしい。

 とはいえ、全く完全に同一でもない。ふらりと船のへりに手を置き、じっと軽く視線を落としてみれば、船の周囲に流線型のシルエットが見える。イルカやシャチ……ではない。下半身はそれら海洋哺乳類を思わせるが、上半身は人間と同じ姿形をしている。もちろん衣服も身に着けており、スポーツ用の水着に形状が近い。

 そう……出発前に船長と話していた人魚族が、船の周りを並走するように泳いでいた。


(詳しくないから良くは分からんが……水泳選手が着用している奴か?)


 人間が遊泳するために身に着ける様な、華やかな色合いや装飾はない。余計な機能を削ぎ落した、そっけないよそおいだが……機能美を突き詰めた形状は自然と精練され、逆説的にある種の美しさを魅せる。実用性に重点を置く気質の晴嵐の目には、特に好ましく感じられた。

 けれど晴嵐は疑問に思う。何故わざわざ彼ら人魚族は泳いでいる? あまり内陸で見かけなかったから、水中に適応した種族と予想がつく。かといって、船と同じ速度で長時間泳いで大丈夫なのか? 人間だって、長らく歩いていれば疲弊する。不安になる晴嵐の隣を、船員の帽子が風に煽られて飛んで行った。


「あ! やべっ!」


 何らかの作業中だったのか、それとも注意が逸れてしまったのだろうか……焦った声と帽子が海原に吸い込まれていく。風に流れて後方へ消える帽子に目をやると、水面の人影がすぐに追いついた。

 手慣れた様子で船側に追従し、あっという間に追いつく人魚。水面を泳ぐ彼らの動作は、陸に生きる自分たちと比べ物にならない。茶髪を潮風に晒した船員が晴嵐の隣に立つと、人魚が帽子を掲げていた。


「大丈夫です。回収しましたよ」

「いやぁ悪い悪い! 今日は風が強くてな……乗客のも落ちやすいだろうから、注意してくれると助かる!」

「分かりました。仲間たちにも伝えておきます」

「それともう一つ知らせだ。どうも風の向きが悪くて、ちょっと到着まで遅れそうだ。長丁場になるかもしれない。しっかり交代しながら頼むぞ! シーフロート!」

「かしこまりました」


 あの人魚たちの仕事は、海に落とした物の回収か。確かに海上は風が強いし、何かを落としたら回収は不可能に近い。だが船の周囲に人魚を配置していれば、落とした直後に拾う事ができる。人魚族だからこそ務まる仕事か。

 一連の流れを見ていた晴嵐に、船員は照れたように笑いながら声をかけた。


「情けない所見せちまったかな」

「文句ならイタズラな風に言うべきじゃろ」

「それが言えないんだな。船乗りは。風の機嫌が悪くなったら、ずっと向かい風ばっか吹いちまうよ」

「はは、ソイツは困るな」

「ホントに困る。急ぎでもなきゃ、推進器は使いたくねぇし」


 男二人が帆を見れば、今は角度をつけた帆が見える。風向きの関係で、今はこうせざるを得ないのだろう。目を逸らした海原では、何かか着水した時の音がする。晴嵐が気にすると、船乗りが苦笑しつつ答えた。


「今拾ってくれた人魚の姉ちゃんが、船底に向かったんだろうよ」

「船底?」

「人魚族が船と出入りするための、専用のハッチがあるんだよ。船にも手すりがあるけど、腰降ろしての休息も必要だしな」


 出港前に見た、船の奇妙な突起物を思い出す。ヘリやスノーモービル、ソリを思い起こすような形状だったが、なるほどあれは『人魚族が掴まるための手すり』だったか。船と並走するにしても、ただ泳ぐより疲弊はしない。一つ謎が解けたが、新たな疑問が晴嵐に浮かんだ。


「しかしそれなら、並行して泳ぐ必要あるのか?」

「あるに決まってるだろ。海賊やセイレーンどもを見張って貰わないと困る。海上はともかく、海中は船上から見えねぇからな……」


 またしても出て来た謎の単語『セイレーン』……海賊と同列に並べている事からして、恐らくは『招かざる客』なのだろう。

 ここで詳しく船員に聞くのもアリだが、晴嵐の好奇心は別の選択肢を彼自身に促した。


「お主もお主で仕事せんと、船長にどやされるぞ」

「接客中だしカンベンしてほしいぜ」

「安心せい、クレームを入れる気はない。ちょっと話したついでに……今の下に行った人魚から、お主の帽子を取ってこよう」

「え? いいよいいよ。客に仕事させちゃ、それこそ同僚に言われちまう」


 陽気に振舞いつつも、規律はしっかりと順守する船乗り。彼の陽気が移ったのか、晴嵐は軽く片目を瞑って見せた。


「なに、好奇心じゃよ。ちょっくら人魚と話してみたくてな」

「そっちが本音かーい!」


 そう、人魚族と話してみたい。まだまだ知らない事情を知るには、直接人魚族から聞き出すのが早いから。船員も船員で仕事もあるだろうから、持ち場を離れずに済むのは、悪い事ではあるまい。

 かくして晴嵐は、陽気な船員に船底までの道順を教わる。

 初めての人魚族との対話に、彼の足元は少し浮ついていた。

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