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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第七章 聖歌公国・後編 ダンジョン編

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タイラー卿の本気

前回のあらすじ


 単騎飛び込んだ晴嵐を庇うオーク騎士、タイラー卿。ブチ切れた晴嵐に理由を問うが、その独白は彼にしか分からない内容だった。

 かつて、世界や人々を救おうとして、伸ばして掴んだ相手によって無残に死んでいった奴らがいたと。そんな風に死んでいった奴らを、これ以上冒涜する事は、許せないと。 

 もう晴嵐には『如何にあの骸骨魔法使いを潰すか』を最優先事項として頭に刻み込んでいる。周りの都合など知った事ではなく、周りの新兵どもが動こうか興味がない。純粋な悪意を爛々と輝かせ、憎しみに囚われた者に……何度目かのため息が聞こえた。


「イレギュラーな部外者は何人かいたが……君の事は、当分忘れられそうにない」


 剣戟で敵を退けつつも、聞こえる音量で話し続けるタイラー卿。呼びかけも虚しく、晴嵐を平時に引き戻せなかった。


「肩入れする義理は無いが、敵対もしたくない。お膳立てしてやる。奴は君が仕留めろ」


 言われなくてもそうする。とっくに決定した事柄に言及されても、彼の心は動かない。深々と嘆息を漏らした後で、タイラー卿は深紅の剣を前に構えた。


「予定と違うが……新兵や君に、口やかましいだけと思われるのも癪だ。少しばかり本気を見せるとしよう」


 輝金属製の武具ならば、何らかの魔法を発動できる。ユニゾティアの常識だが、タイラー卿が……いいや『ヴェインの血族』が継承し続け、現代まで残した『真龍素材武器』がその力を見せた。


「『活龍ヴァーヴ』――力の一端、お借りする!」


 憎しみに飲まれた晴嵐でさえ、空気の変化を感じられた。ただでさえ筋骨隆々のオークの肉体が強く脈打ったように見え――その次には、ただ土埃だけが残っていた。

 視線を土埃の先に向ければ、一息でゾンビの群れを切り払うオークの騎士がいた。目を見開いて驚く間にも、次の瞬間には次の敵集団へ突撃……いや、もはやこれは瞬間移動と変わらない。斬撃も早すぎて軌跡が見えず、袈裟切りで肩から腰まで斜めに切り裂かれたのだ……と言うのが、両断された敵の残骸を見て、やっと知覚する事が出来た。

 しかも深手どころではない。ばっさりと斜めに、腐った肉と骨を断っている。一体二体ならともかく、交戦した相手すべてを切断していた。明らかなオーバキル、力み過ぎと言わざるを得ないが――違った。


「行くぞッ!」


 周囲の敵を掃討し、安全を確保した所で上を向く。宙に浮く髑髏の敵と目を合わせ――『一息で』跳躍した。

 晴嵐が死体を踏み台にして、やっと届かせた高度へ……地べたに足をつけて、全身を騎士鎧に身を包んでいるのに、である。


「何!?」


 尋常ならざる脚力で重力に逆らい、全身を使った切り上げで髑髏を襲うタイラー卿。敵の背を逸らし、姿勢を崩したが、直撃は回避された。

 空振りの剣はそのまま天井に突き刺さり、ぶら下がるような形になる。見下ろしていた髑髏が視線を上げた時には、タイラー卿は天井に張り付いていた。

 深々と刺さった剣を軸に、両足を天井へひっかける。無茶苦茶な体制なのに、強靭な筋力で体を支え――そして天地を逆転させのように、今度は天井を蹴ってオークの騎士が再度襲撃。とんでもない速力で、今度は重力をも味方につけて襲い掛かった。


「ぐおっ!」


 二刀の斬撃はあまりに重く、直撃なら殺し切れただろう。渾身の一撃は杖で防がれたが、表面が削れてヒビを入れる。通り過ぎたオーク騎士の着地で、ボス部屋の一部が凹んだ。

 地響きは強烈。速力と重量からして妥当な衝撃。あり得ないのはタイラー卿の様子だ。これだけ無茶苦茶な挙動をしておいて、次の拍子には――右手側のゾンビ共を切り捨てていた。

 ――冷静でない晴嵐でも、これは流石に疑問に思った。身体能力が出鱈目過ぎる。それに加えて、肉体の反動負荷も気にしていない。力の行使は体の酷使。あんな馬鹿力を使えば、疲弊も絶対に早くなる。なのに――


「次っ!」


 二刀流の斬撃は、その破壊力を一切衰えさせていない。振り向きざまの斬撃一つで、バラバラに切り裂かれてエネミーが死んでいく。生身の人間であったとしても、ひとたまりもあるまい。

 一歩のステップを踏むだけで、少なく見積もっても五歩は距離を詰めるタイラー卿。超人的な機動力で戦場を荒らす中、通り過ぎに晴嵐へ囁いた。


「少し体を休めておけ。私が踏み台になる。奴に体ごと当たれ」

「――何故」

「私に触れている間なら、活龍の力を他者に分配できる。加減が分からないだろうから、真っすぐ正面から突き刺せ」


 最初に話しかけた時は晴嵐の右側から、問い返した時は左側からタイラー卿の声が聞こえた。往復しながら敵を蹴散らし、言葉まで交わせるとは。『活龍』と言ったが、今の彼の挙動はその力によるものか?

 だが、晴嵐は考えるのをやめた。どうでもいいと思った。あの空を飛ぶクソ野郎をブチ転がせるなら、何だって構わない。今も暴風の如く荒れ狂う騎士……その力の一端を手に出来るなら、確かに奴を仕留め切れるだろう。

 ……そうか。だから一度飛び上がって強襲したのか。今の晴嵐に言葉で説明するより、見せた方が早い。愛用のサバイバル・ナイフを握りしめ、静かに来たるべき時を待つ。一人無双し続けるタイラー卿が、周囲を取り囲む雑魚共を散らし……晴嵐に背を向け、指揮官として号令を上げた。


「今だ! 総員攻撃!」


 骸骨は動揺する。

 周囲の兵士たちはトリックを暴き、戦意を取り戻しつつある。タイラー卿の『本気』もあれば、宙を浮いていようと安全ではない。まるで全員に呼びかける様な言葉は……その実、たった一人に向けて放たれていた。

 合図を受け、迷わず駆ける。タイラー卿は右手を掲げ、左手を後ろに回している。ちょうど斜めに、脚をかけやすいように。

 地を蹴る。

 剣を踏み。

 肩に足をかけ――全身に奇妙な力が張る。

 確かに、加減は分からないが――

 どうするかは、心に決めていた。

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