冒涜は許さない
前回のあらすじ
殺意に飲まれて暴走する晴嵐。それを見たルノミが違和感を覚える。自分に見えている人物通りなら、あんな風に怒りはしない。仕方ないと口にしながら、淡々と処理するように思えた。兵士の一人、ヤスケが飛び出し『知った顔』を倒す。ルノミにもやっとトリックが暴けた。奴は『親しい人間をゾンビに見せる』幻術を使っていたのだ。
左手の指二本を失ってなお、晴嵐の殺意は止まらなかった。
片手で握った大振りナイフを主武器にして、投げナイフの投擲本数も一本のみ。それで均衡を保てているのは……誠に遺憾ながら、彼の背を守る騎士のおかげと認めざるを得ない。二刀流の騎士は濃い緑色と、黒に近い赤色の片刃剣を使いこなしていた。
「うおぉぉおおぉっ!」
真正面から唐竹割りを食らわせ、ゾンビの一体が縦方向に真っ二つに。逆サイドから伸ばされた腐った手を切り捨て、がら空きになった胴体を一閃。流れるように奥の一体に刺突を食らわせ、最後はバックステップを挟みつつ切り払う。ぴたりと張り付くように背かなを預け、不愛想な晴嵐に声をかけ続けていた。
「……大丈夫か?」
「…………気にするな」
「そうはいかん。君のような英雄的ふるまいを兵士たちに『良し』と学ばれても困る。見捨てるのも同様だ。悪い学習はさせられない」
教導する立場の者として、晴嵐の行為を看過できない……タイラー卿の言い分を、普段の晴嵐であれば聞き入れただろう。だが今の彼は止まらない。
「わしを学習? できるものなら……やってみろ」
先ほどのように……宙に浮く骸骨魔法使い側のゾンビに狙いを定める。またしても足を潰して、もう一度屍の山を築く算段だ。その際に何度が打撃を受けたようだが、彼は全く怯んだりしない。引っかかれようが、指が痛苦を訴えようが止まらない。邪魔だと判断した相手だけを処理して、倒すべき敵だけを見つめている。
返り血は無い。ただただ彼自身の出血が重なる中、痛々しい姿でも……呼吸は少しも乱れない晴嵐。彼を見たタイラー卿の嘆息は、あえて聞こえるようにしたのだろう。
「まるでユキ・ネギシロだな。多少言葉が通じるだけマシだが」
「…………こんな奴が他にいてたまるか」
「『彼女』を見た時、私も同じ事を思ったよ!」
騎士の二刀流も見事なもので、次々と敵を仕留めていく。適切に急所のみを狙い、一撃のもとに切り捨てて消滅していく『エネミー』達。包囲されているとは思えぬほど、タイラー・ヴェインは冷静だった。彼らの『外』が騒がしくなったのを察知したのだから。
「兵たちも『トリック』に気づいたようだ。イレギュラー要素も多いが……ま、及第点としよう」
ルノミ達が暴いた『親しい人間をゾンビに被せる幻術』の手品の事だ。教官役なだけあり、彼は最初から知っていたのだろう。剣を振るいながら、手慣れた様子で敵を蹴散らし、喋り続けた。
「普段の流れなら、このまま彼らにボスを掃討させる。奴に押されるようなら、教官役の兵員で仕留める予定だ。もっとも、今回はかなり早い段階から破綻してるが。君のせいで」
それが『ダンジョンを利用した訓練』の、本来の仕上げだったのだろう。晴嵐がここまで暴走しなければ、おおよそ予定通りに進んだ筈。愚痴めいた言い分を、今更明かして何の意味が? うっすらと残った晴嵐の思考が、タイラー卿のお喋りの理由を考え出す。
すぐに察した。要は……色々と言葉を交わす事で、晴嵐へ理性を取り戻させようとする試みなのだろう。
「反応の速さからして……初手で気づいていたのだろう? 奴の見せる物が、まやかしな事に。何が君をそこまで駆り立てる?」
「――奴は、アイツらを冒涜した」
「何?」
晴嵐は敵を見る。幻術は未だに解けておらず、生ける屍は彼の知人の姿を模っている。死者が怪物となって蘇る世界で、寄り良い未来を目指して歩き続けていた……お人よし共の姿をしたゾンビが。
「終末世界復興組は……あいつらが掲げた理想は、甘っちょろかったのは事実だ。が、小賢しいわしでさえ、希望って奴を見出せるモンじゃった」
独白の内容は、この世界の人間に分かるまい。ルノミでさえ眺めている立場だったから、彼の内面深くにある感情を、正しく理解はしていないだろう。
誰にも見せる事の無かった、吐き出す事の無かったモノを……分からない事をいいことに勝手に喋った。
「……現実はいつだって厳しい。んな事は、ちょっと人生に打ち込みゃすぐ分かる。その上で夢だ理想だを追う奴らの姿は……擦れちまった奴からすれば、馬鹿馬鹿しく見える」
戦いに身を置く者ならば、嫌でも自覚せざるを得ない事柄でもある。聞き耳を立てる気配はあった。男も『そんな人々のゾンビ』をナイフで切り捨てながら、割り切れない心の底を吐き出した。
「だが……それでもアイツらが上手くやれていれば、救われたモノは確かにあった。きっとわしですら救っただろうな。けれどアイツらは、クソったれな現実に押しつぶされて死んだ。救おうと伸ばした手の先にいた人間どものせいで……貶められて、死んだ」
救うべきでない人間は、確かにいる。救われるべきではない人間がいる。薄々は感じ取りながらも、それでも理想に手を伸ばして……届かなかったどころか、救いかけた相手のせいで、死んだ。これ以上の――
「これ以上の冒涜は無い。これ以上の辱めは無い。自分たちが破滅した理由が、腐れ果てた人間を救おうとして……そうして救われる立場にいた奴によって、死んだ。
もう、十分すぎるほど冒涜されたよ。――わしの目の前で、生ける屍として蠢いている奴らは。あぁ、いっそこんな風に蘇る事が出来たら良かったのに。だって……死して尚も誰かを殺せるなら、自前で自分の怨念を晴らせただろう?」
努力が報われるどころか、努力した事で破滅を招いた者達。それも美しい理由で研鑽を積んで……そのせいで、汚物に塗れて死ぬしかなかった者がいる。見ている事しか出来なかった晴嵐。ああはなりたくないと思いながら、手を伸ばさなかった過去を酷く後悔している自分もいて……
恐らく、一言で説明するのは無理だ。いや、どれだけ言葉を尽くしても不可能だ。軽蔑と羨望、諦観と自責、憎悪と現実に対する思いが、複雑に入り混じっている。
それだけ重い感情を抱えている経験を、そのきっかけとなった人々の姿を……こんな軽々に利用するのならば、代償は払わせなければならない。で、無ければ。今自分の奥底で渦巻いている感情が、薄れてしまうような気がして……
「半分どころか、ほとんど理解が及ばないが……君の軽々しく触れてはならない領域へ、奴は無遠慮に踏み込んだ。そういう事か?」
「そうだ」
だから殺さなければならない。ツケを払わせなければならない。これは決定事項だ。誰にも曲げる事さえままならない。大平晴嵐の抱えたドス黒い決意だけは、辛うじてタイラー卿も理解した。




