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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第七章 聖歌公国・後編 ダンジョン編

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視点とトリック

前回のあらすじ


殺意に飲まれた晴嵐が、宙に浮く骸骨魔法使いを狙う。腕を自ら潰しながらも、彼の悪意は止まる気配がない。指揮官のタイラー卿が新兵を叱りつけつつ、晴嵐をなだめようとするが効果無し。諦めた指揮官は、彼を守りつつ利用する形にしたようだ。

 教官役のタイラー・ヴェインが、戦列に加わる直前……新兵集団は『知った顔のゾンビ』とにらみ合いつつ、晴嵐一人の戦闘を見届けていた。なりふり構わない捨て身の気迫は、誰が見ても異常に映る。その中で一人、別の意味で異常を見出す人物がいた。


(晴嵐さん……おかしい。あんな感情的になる人じゃない)


 ルノミは『目の前に広がる、ルノミの知った顔のゾンビ』の姿を見つつ、胸に湧いた疑念の正体を探る。今もゴーレムの視界に映る『タチバナさんやグリジアさんの生ける屍』の姿は心に来る物があるし……名前を思い出せないけど『見覚えのある地球の知人』も見て、良い気分にはならない。

 だけど……ルノミは思う。かといって晴嵐は躊躇したり、逆に今のように憎悪に身を委ねる様な性格か?

 言い切れる。あり得ない。21階層での『対人チュートリアル』で見せたような姿が、晴嵐の普段のスタンスだ。初対面の相手に対して距離を取り、厳しく油断なく立ち回るだろう。だからルノミの知人を見た所で……険しい顔をしながら「やるしかない」と淡々と戦う気がする。

 そこでふと、別の疑問符が浮かんだ。


(これって、僕と晴嵐さんだけに限った話じゃないような……?)


 誰かにとって知人でも、誰かにとっては赤の他人。特に『地球の知った顔』なんて、ルノミ以外知りようが無いはずだ。その人物に向けて、何故誰も兵士は攻撃を行わない? 衣服だって地球産のを参照しているものだから、この場じゃかなり浮いているのに……?


「何をしているか! 貴様ら‼」


 騎士鎧を身に纏ったオーク……タイラー・ヴェインの大音響が兵の頭を叩き起こす。傍観している場合ではない。最低限意識は下が、やはり手を出せない。新兵たちはなかなか踏ん切りがつかないようだ。


「で、でも、おっぁが……」

「親友を殺せってのか……? タイラー卿は平気なのかよ⁉」

「治癒魔法で治せる……ワケないか。どうすればいいの……?」


 誰にだって大切な人間はいる。それを盾に取られて、動揺しない方が少数派だ。ましてや経験の少ない兵士では、対応が鈍ってしまうのもやむなしか。かといって、敵に倒されたい訳じゃない。前衛を張るオークのヤスケが、氷のメイスをブチ込んでいた。


「そんな躊躇う事ないでしょうよ! ボイテグは……森の奥で腐って死んだ! こんなトコにいるなんてありえやせん‼ 脳筋の長だって、折を見てブン殴ってやりたい相手でしたし! あっしでさえ割り切っているんです! なんで他人の皆が手を出せないんですかね⁉」


 兵士たちは……ヤスケの発言の意味を理解しかねた。しかし、疑問を持ったルノミには値千金の発言。みんなが何に惑わされているのかを察知した。


「そういう……事か!」


 ルノミが一歩踏み込み、ヤスケの隣に立ち……彼が盾で抑え込んでいた『ゾンビ』を殴りつける。鉄拳制裁を受けたソイツが吹っ飛び、僅かに間が生じた。横目でゴーレムの彼を見たオーク兵に、疑念を確信に変えるべく問いかける。


「ヤスケさん! 今僕が殴った人は誰ですか!?」

「? あっしがワルだった頃の顔なじみでさぁ!」

「そうですか! 僕には……僕の故郷ふるさとの人に見えていました! 僕たち共通の知人なんていませんよね!?」

「!?」


 確かめるまでも無い。ルノミは知らないが、ヤスケはグラドーの森内部で、蛮族化したオーク集団に属していた。

 ルノミはルノミで地球出身。見えている人間は『こっち』との接点を持ちようがない。やっと暴いた手品の種を、彼は新兵たちに共有する。


「幻覚……いや幻術です!」

「何!? 何を言ってる!?」

「僕にとって大事な人でも、誰かにとっては赤の他人じゃないですか! なのに誰も、ゾンビに攻撃をしようとしなかった! よくよく考えてみれば、都合よく『目につくところに自分の知った人がいる』なんて都合が良すぎる! それに『ゾンビ』が地面から生えたての頃は『ただの敵』と認識していた筈です!」


 そうだ。29階層に侵入した直後は問題なく戦えていた。戦意を失ってしまったのは……陣形を整えた後、宙に浮いた『ボスキャラ』が杖を振りかざした後だ。


「あいつが……あいつが『ゾンビを知った人に見えるようにする』魔法を使ったんです! それで誰も攻撃しなかったんだ!」


 自分の知った相手は攻撃できなくとも、他人の知人なら殴れる奴だっている。なのに誰もそうしなかった……違和感の正体はこれだ。


「『知人をゾンビにしてやった』発言はブラフです! 幻術で敵の恰好が、僕ら一人一人に大切な誰かに見えてたんだ! 正体は――最初に出て来た時の、ただのゾンビのままだ!」

「「「「‼」」」」


 他にない。ルノミの見る『地球出身者のゾンビ』を見て、誰もその目立つ格好に指摘をしなかった。全員が攻撃を躊躇っていた違和感の正体はこれだ。

 多人数で相対して、認識の違いでやっと気づけるトリック……チーフな手品だが、心構えの甘い者には効果的か。


「旗持の人! この情報を全体に共有してください!」

「――了解した!」


 これで援護出来る。真っ先に敵陣に切り込んだ晴嵐を助けにもなる。屍の群れの先、タイラー卿と共に戦い続ける彼をちらりと見た。

 恐らく彼は、彼にも、地球の誰かの死体に見えているのだろう。その光景は晴嵐の過去、滅びてしまった終末の光景と被っているのだろう。死んでしまった誰かが、化け物になって襲い掛かって来る世界……だからこそ彼は即座に刃を振るい、敵に対して怒り狂っているのか?

 ――一瞬だけ見えた彼の眼光は、煮えたぎった感情で澱んでいた。

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