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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第七章 聖歌公国・後編 ダンジョン編

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29階層のボス

前回のあらすじ


三人が『地球』の単語に反応した事実に絶句する。あり得ないと思うが、こんな偶然も考えにくい。話し込みたいが、休憩時間の終わりをタイラー卿が告げる。続きはここを切り抜けてから。兵士たちは29階層のボスと対峙した

 隊列を組みなおし、いよいよ『ボス部屋』へ侵入する兵士たち。晴嵐・ルノミ両名の姿もある。誰もが身を固くし、緊張の面持ちで門扉をくぐる。何人かの脱落者や逃走者を含めても、まだ百名近い人間が戦闘を行える状態だ。大人数と呼んで差し支えない集団を、ボス部屋は悠々と収容し……全員が侵入すると同時に退路が断たれた。

 自動ドアのようにボス部屋の門が封鎖。慌てて最後尾が確かめるもピクリとも動かない。ルノミからすれば『そういうもの』と納得のいく仕掛けだけど、新兵を不安にさせるに十分だった。

 ざわつく彼らに対して、教官役のタイラー卿の音声おんじょうが響いた。


「退路を確認する判断は良し! だが……敵の罠や計略により、退路封鎖される状況は怒り得る! 実戦であれば、少数の斥候を出す事を忘れるな! 今回はダンジョン探索……特例事項故に致し方なし!

 知らぬ者に説明すると……タウン直前の大部屋は、戦闘開始すると完全に封鎖されてしまう性質を持つ。今回のケースでは斥候を出した場合、分散した兵を各個撃破される形になりかねん。故に全軍での進出を選択した。

 一つ覚えておけ、諸君。奇策のみに配慮し傾倒する者は三流、基礎のみを習得した者を二流と呼び、常道と詭道、その二つを会得体得し、自在に扱える者が一流と呼ばれる。何事にも基本と例外がある事を留意し、偏らぬように留意せよ!」


 基礎と特殊、常道と異常。時に相反する要素だが、それを正しく判断し、使い分けるのは難しい。が、その柔軟性を身に着けるのが、鍛錬の大きな意義なのだろう。容易に出来れば苦労はしないが、訓練しなければ一生出来ぬ。厳しい教官な面が目立つが……タイラー卿の指導に、晴嵐は内心で舌を巻いていた。


「さぁお喋りの時間は終わりだ! 総員抜刀! 備えろ!」


 号令を受け、兵士たちば得物を抜く。及び腰新兵がモーニングスタを構え、ドワーフ旗持が立体旗ホロフラグを展開。ルノミも四本腕を展開しつつ、通常の手に鎧蜘蛛の槍を装備する。回復役の獣人が小型の杖を握りしめ、ヤスケは盾の腕甲とロットを取り出す。魔法を起動して氷塊を作り、氷の頭を持つメイスを生成。

 晴嵐も……若干の損耗が見られるカトラスを抜き、左手で投擲用のナイフを隠し持つ。程なくして黒い霧が、室内中央の空間に立ち上った。


「フハハハハハハ……‼」


 分かりやすい悪役ボイスを携えて、29階層の『ボスキャラ』が登場する。全身が骨なのは24階層の雑魚兵士共と似ているが、身に纏う装備が違った。暗い紫色のローブを羽織って、手には闇色のステッキを握っている。以前のは『兵士』の風体だが、今回のは『邪悪な魔術師』と呼ぶにふさわしい。


「貴様らも我が配下に加えてやろう! せいぜい踊るがいい‼」

「うわぁ……またベタな……」


 ここまで分かりやすい『悪役』も珍しい。ルノミのぼやきに、何人か頷いているのが見えたが、構っている暇はない。髑髏の顎をカタカタと鳴らし、水晶のはまった杖を振りかざすと、兵士たちのいる地面が隆起し、土気色の手がぬるりと生えた。


「ひぇぇぇえっ‼」


 どこぞの新兵が悲鳴を上げる。腐りかけた手に足を掴まれ、死体の手の冷たさにゾッとする。反射的に振ったモーニングスターが命中し、なんとか難を逃れたようだ。


「何だ何だ!? 足元から!?」


 初見の兵士たちは反応が鈍い。未知と初体験の現象に恐怖している。目を離せない彼らの前で、うめき声と共に奴らは現れた。


「ァァァアァアア……」

「ウァー……ッ」

「ひぃいっ! ひゃあぁぁああっ‼」


 骨と異なる生ける屍……腐り果てた肉を身に纏いながら動くアンデット『ゾンビ』が、次々と出現した。


「ひぇぇっ! どどど、どうしよう!?」

「まずは……比較的安全な場所を確保しましょう!」

「どうやるの⁉」

「外壁に走れ! 全方位から襲われるのを避けるんじゃ!」

「わかりやした! ゼット! 全軍に伝えてくだせぇ!」

「おうよ!」


 ドワーフ旗持が立体旗を強く光らせ、会話の内容を全体へ通達。その間にもボス部屋外壁に向けて、晴嵐たちは駆け抜けた。地面から次々生えてくるゾンビを避けつつ、外壁近くまで移動する。そちらにも『エネミー』が湧きつつあった。


「ネイル‼」


 ルノミが気迫を込め、追加腕部を空中に発射。魔力の刃を形成し、湧き出た敵の頭部を貫く。すぐに7班の面々が彼に続いた。


「壁面付近の敵を掃討する! 周囲の安全を確保するぞ!」

「頭じゃ! 頭を狙え! あるいは首を落とせ!」


 晴嵐がカトラスを振りかぶり、真一文字に薙ぐ。腐乱した頭部がゴトリと落ちれば、エネミー特有の消滅が始まる。有効と判断した皆が、己の得物でゾンビと対峙した。


「おっ……らぁっ‼」


 氷のメイスが、モグラ叩きの要領で潰した。


「こここ、こっちにくるなぁ!」


 鎖のついた鉄球が、鎖骨から上へと飛んでいく。ゴリッと顎と顔面を削られて、ぐったりと敵も倒れた。


「肉がある分、骨より面倒だけどよ……!」


 旗持ドワーフの棒術は、一撃で粉砕に至らないが……何度も同じ場所へ攻撃すれば倒せる。他の班も壁際に移動し、現れたエネミーの掃討が終わったころには、ある種の陣形が出来ていた。


「ぬぅ、やるな!」


 髑髏魔法使いは部屋の中央に浮き、その足元と周辺に『ゾンビ』が出現。一方の新兵たちは部屋の壁面を背に展開。ドーナツ状に全方位から包囲する形だ。比較的早く陣形を整える事が出来たからか、脱落した者もいない。


「ならば……これでどうだ?」


 空っぽの眼窩が杖をかざし、妖しい光を強く放つ。骨の魔法使いが放ったソレは、兵士たちの動揺を誘った。

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